第10話 俺がハヤトだったら
「なあ、なあ〜」
昼休み、教科書をしまっていると、マオが声をかけてきた。マオの目は、三日月状に笑んでおり、奥に嗜虐的な光を宿していた。隼人はそれに気づかず、「何ですか」と警戒もなく答えた。
「きのぉ一緒にいた子、ダレ〜? 彼女?」
よく通る声に、ひとつひとつアクセントをつけて、マオは尋ねる。周りに聞かせているようだった。
案の定、ケンとヒロイさんが、くるりと振り返った。
「え〜、彼女!? からあげに?」
「ありえね〜」
彼らの目も一様に、前と同じ光を宿している。はしゃいだ声だが、キリのように尖っている。
三人に取り囲まれ、隼人は困惑した。
「お姉ちゃんですけど……」
とりあえずこの状況を逃れるべく、事実を告げる。しかし意に反して、ケンとマオはヒートアップした。けらけらと彼らの大笑いが、天井にのぼる。
「なーんだ、やっぱそうかあ〜!」
「つーか『お姉ちゃん』て! シスコンかよ! きめ〜!」
こんなに尖った爆笑とはあるものか。あまりに楽しくなさそうだが、しかし隼人にとって好意的ではないことはわかるため、隼人は身の置き場がなかった。
「つーかマオ、『やっぱり』ってなんだよ」
「だってさあ顔そっくりだったもん」
「え〜!?」
ヒロイさんが、大仰に驚いてみせた。マオは、それに笑顔で応えると、ちらりと隼人を見た。その目がすっと残忍に細められる。
「うん、やせたコイツって感じ」
隼人は、目を見開く。好意的な意味で、言われていないことがわかったからだ。
ケンとヒロイさんは、隼人をちらちら見ながら、「うわ〜」と身を反らした。
「悲惨だな、そりゃ」
「かわいそうかも」
隼人は顔が真っ赤になった。羞恥ではない、怒りだ。
「お姉ちゃんをバカにするな」
考えるまもなく、言葉が出ていた。大きな感情に、声が震えている。
三人にとって、それは意外でもあり、それでいて、望み通りの反応でもあった。ケンの顔が、たのしげに歪む。隼人の顔を覗き込んだ。
「んだよ、お前。自分がいけてると思ってんの?」
ブース。
そう言って、頬をべちべちと叩いてきた。きゃはは……ヒロイさんの笑い声が響いたときには、隼人はケンに飛びかかっていた。
「ふざけんな!」
きゃーっと、どこからともなく、条件反射的な悲鳴が上がる。隼人は腕をぶんぶんと振り回して、ケンを攻撃する。
「うい、うい、効かねえなあ!」
ケンは余裕の表情で、隼人の拳をよけていく。隼人は息が上がってきた。
「もう限界かよ? ブータ!」
ケンがマオに目配せする。マオは、隼人の肩を後ろからつかみ、自分に一度引き寄せ、勢いをつけると、ケンに向けて突き飛ばした。
「うーい」
ケンは受け止め、マオに突き飛ばし返す。
「えーい」
二人で隼人を悠々とパスし合う。ふたりがかりの力に押されて、隼人はなすすべもなかった。ばいんばいんとボールのように、彼らの間を行ったり来たりするしかない。ヒロイさんが、お腹を抱えて笑っているのが目のはしに映った。
「ほら、何か言えよ」
「言いたいこと、あるんでしょ〜?」
ぼんぼんと突き飛ばされて、言葉を継ぐことも難しい。それでも息の許す限り、「姉ちゃんを馬鹿にするな」と叫んだ。
「ハァ?」
「何言ってっかわかんね〜!」
しかし、返ってきたのは、より大きな笑い声だけだった。隼人は悔しさで涙が出た。
なんで自分はこうなのだろう。ハヤトだったら、格好よく助けられるのに。
周囲に飽きが来る前に、ケンとマオは、隼人を教壇に突き飛ばした。周囲は、蜘蛛の子を散らすように、隼人をよけた。
隼人は段の上に倒れ込む。みじめな様子に、ひときわ大きな笑い声が立った。
「あ〜、疲れたっ」
「飯食お〜」
ケンとマオ、ヒロイさんが去っていく中、隼人は教壇にうすくまり、身を抱えていた。
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