第7話 姉との買い物にて!?
おかしいよ、やっぱり!
荷物を両手両肩に、隼人が行進していると月歌に引っ張られた。
「隼人、ストップ! お菓子買ってこ〜」
言うなり、無印にinする。
今日は日曜で、終日予定のない弟を気遣った姉による、お出かけイベントだった。隼人は両手両肩に、たくさんの荷物を下げつつ、「お姉ちゃん、俺、わたがしがいい」とついていった。
「バウムと、黒棒と、干し林檎と〜」
月歌は軽快に、買い物かごにお菓子を入れていく。
「お姉ちゃん、富豪だね」
「テスト頑張りましたから♡あとおつかいも頼まれてるの!」
「そっか」
すごいなあ。月歌は頭が良くて努力家で、お小遣い歩合昇給制の中条家で筆頭高給取りだ。隼人はと言うと、可もなく不可もなく、「次こそ昇給」が口癖である。
「隼人も次こそ昇給できるよ」
「うん、期末こそ」
月歌に励まされながら、ついでにハヤトロクのノートも買っていこうかな、などと舌の根も乾かぬ内に思うのであった。
レジを目指し歩いていると、人の波におされて、隼人と月歌が離れた。
前を行っていた月歌が、男にぶつかられた。二人組の男は、チッと舌打ちした。
「すみません」
「ってーなブス」
ひどい罵倒の言葉に、月歌の顔が真っ赤に染まった。隼人はあわてて姉に駆け寄る。
「お姉ちゃん」
二人組がふんと笑う。
「弟はブタかよ」
「『お姉ちゃん』だってよ」
月歌の持っていた買い物かごのお菓子を覗いて、「ダイエットしろよ」と去っていった。
「お姉ちゃん、一人にしてごめん」
「隼人」
月歌の目には、じんわり涙がにじんでいた。
「俺のぶんのお菓子、たくさん買ってくれてありがと!」
隼人は、はっきりとした声で言った。月歌は自分と違って、すらっとしてるけど、あんなこと言われて悔しかったはずだ。皆に聞いてほしかった。
優しい姉を勇気づけるように、隼人は笑う。
「あいつら目おかしいんだよ、前も見てないくらいだし」
「隼人〜」
月歌は泣きそうな顔のまま、笑った。そのことに、隼人がほっとした時だった。
「何だテメエ」
「デブがよお」
さっきの二人組が、戻ってきていた。嘘だろ。隼人は月歌を背にかばう。
「隼人」
「お姉ちゃん、レジの方に逃げて」
隼人は月歌にささやくと、男たちをじっと見すえた。姉を守らなければ。正直、心臓はバクバク鳴っている。けどどこか冷静だった。
大丈夫、ここは店内だし、人もたくさんいる。殴られても酷いことにはならない。
人生二度目の胸ぐらつかみにあいつつ、隼人は腹をくくった。
「隼人!」
月歌が叫んだ。
「姉ちゃん、今だ!」
隼人は万力の力で、持っていた荷物を男に振り上げた。
「誰か……!」
その隙に姉が助けを呼びに走る。それをもう一人の男が追おうとする。
「この卑怯者!」
隼人は遠心力で、荷物を振り回し、その勢いで男に突進した。
ボンッという音とともに、タックルは成功した。男を倒すまでにはいかないが、足止め成功だ。そう思ったとき、後ろから襟を引っつかまれた。
「ぶひっ」
あっ、と思ったときには張り手を顔のど真ん中に食らわされていた。ぐらりと衝撃に頭が揺れる。痺れた鼻から、ぽたぽたと血が出た。
「なめてんじゃねえぞ」
もう一度、振りかぶられる。今度はグーだった。逃げようにも、タックルした男に、後ろ手を取られていた。連携プレーに、隼人は目を瞑った。これは絶対にモロに当たる――
「――あれ?」
しかし、いつまでも拳が振り下ろされることはなかった。代わりに男の悲鳴が上がる。隼人は目を開けた。
「痛え! 痛え、痛えっ!」
さっきと同じ男と思えないくらい、弱々しい、哀れな声だった。それもそのはず、男の手は、後ろからひねり上げられていた。
「やめろ」
ハスキーな低音が、辺りを支配する。
「龍堂くん」
隼人は思わず口にしていた。その人は、あの龍堂だったのだ。
龍堂は涼しい様子で、片手で男を制圧していた。もう一方の手に、買い物かごを持ったまま。わたがしとバウムとカレー、ジャスミンティーが入っている。何故かそんなことが目に入った。
「て、てめえ!」
隼人を拘束していた男が、龍堂に挑もうとする。隼人はとっさに「わーっ」と男の服をつかんだ。
「離せブタ!」
「離すもんか、人殺しー!」
「はあ!?」
ブンブン揺られながら、隼人は組み付いた。
「こっちです!」
その時、月歌の声と忙しない足音が、こちらに近づいてきた。
男たちの戦意が喪失する。
そのことに安堵を覚えながら、隼人は龍堂から目が離せなかった。
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