第6話 ウザいとは言ってない

「聞いてくれよ、ユーヤァ!」


 授業が終わって、E組に飛び込むなり、ケンが叫んだ。


「からあげがさぁ、ユーヤのことウゼーってよぉ!」


 クラスが一瞬、シーンと静まり返った。あとから入った隼人も思わず固まった。

 ウザいとは言ってない! そりゃ困るとは言ったけど!


「何それ?」


 ユーヤの隣にいた女子(マリヤさんとヒロイさんという)たちが顔をしかめた。ケンはユーヤの前の机をばん! と叩くと身を乗り出して「それがよ」と話し出す。


「何でユーヤに突っかかんだって聞いたんだよぉ! ユーヤいつも輪に入れてやってんのにムカつくだろ! そしたらよぉ、メーワクだって! ウゼーって!」


 全てにおいてニュアンスが違う〜!

 隼人はコミュニケーションの難しさを痛感していた。これでは自分は好意を無下にする薄情者ではないか。案の定、マオたちも怒りに顔を赤くした。


「何、ソレ!? ぼっちのくせに何様だよっ」

「だからぼっちなんだよ」

「人格ゆがんじゃってる〜」


 隼人を横目に睨んでの、口撃である。

 これは、弁解すべきか? 隼人は思う。でも、実際困ってもいるしな……迷いつつ話の中心である、ユーヤを見た。


「ユーヤ」


 オージがユーヤに声をかけた。優しい労りに満ちた声だった。ユーヤは俯いていた。しかしのぞく頬の色は、蒼白だった。傷ついた、という顔を必死に隠そうとしていた。

 これには、隼人は「あっ」と思った。てってと駆け寄る。


「あの」

「んだよデブッ!」


 違うよ、という言葉はケンに胸を思い切り突き飛ばされて消えた。「へぶっ」と声を上げ、隼人は後ろの席にぶつかった。


「きゃ!」

「やだー!」


 隼人は後ろの席に突っ込んだ。ガターン! と大きな音が立った。幸い無人で、被害は隼人しかなかった。


「最悪〜」


 近くにいた女子たちが、心底いやそうな声を上げる中、隼人は「ごめん」と謝り、席を直した。流石にみじめだったし、痛かったが耐えた。


「女子には謝んだなっ」


 後ろから軽蔑の声がかかる。隼人が向き直ると、ケンとマオの睨みにぶつかる。マリヤさんもヒロイさんも、軽蔑の目で隼人を見ている。そして、オージが一番、怖い目で隼人を見ていた。

 ユーヤとだけ、目が合わなかった。


「誤解だよ。俺、困ってるって言っただけで」

「お前、追い討ちかよ!?」

「やっぱ言ってんじゃん」

「性格わっる」


 ケン、マオ、ヒロイさんに責められる。マリヤさんは、「ユーヤくん、気にしちゃ駄目だよ」ととっても優しい声で言った。それには諸事情で、すこし胸が痛かった。


「誤魔化してんじゃねーよ。お前、まじでしめんぞ?」


 ケンが、隼人の胸ぐらをつかんだ。隼人にとって人生初のことだった。胸ぐらをつかまれ、凄まれたのは。流石に怯みつつ、何より襟が詰まって息がしづらくて、隼人は黙った。


「よせ、支倉はせくら


 オージがケンを止めた。オージの目は、ユーヤだけを見つめていたが、一瞬だけ隼人を見た。すごく冷たい――虫にでももう少し優しい目を向ける。


「動画とられて、拡散でもされてみろ。経緯を知らない馬鹿は、どっちを信じる?」


 オージの言葉に、ケンは顔色を変える。そして、隼人を離した。


「クソッ」

「大丈夫、気持ちわかってる。本当汚いよね」


 悔しげなケンを、マオがなだめる。隼人はゲホゲホとむせこんでいた。そもそも太っていると、上を向きづらいのだ。


「ごめんな、ユーヤァ……」


 ケンは湿った声で、ユーヤに身を寄せた。ユーヤは唇を震わせ、しかし「いーって」と笑ってみせた。無理しているのがはっきりとわかる、そんな笑顔だった。


「なんか、薄々感じてたし? ……信じたくなかったし、直接言ってくんねーのはショックだったけどっ」


 おどけた明るい声が、どんどんと小さくなる。周囲が、痛ましげにユーヤを見た。


「陰湿だよね」

「ユーヤくん悪くないよ。元気出して!」


 隼人はちょっと呆然とそれを見ていた。どうしよう、もう空気が出来上がってしまって、何を言っても野暮になってしまう。かといって、このまま席へ戻るのは違う気がする。隼人が立ち尽くしていると、ユーヤの肩を抱いたオージが、冷然とした視線を向けた。


「消えろよ。ウジ虫」


 隼人は唖然とする。と、同時に、数学教師のほしやん先生が、入ってきてしまった。


「ほら、皆席につけ〜」


 そこで一同解散となる。ほしやん先生にもう一度せかされ、隼人はぎこぎこと席に戻るしかなかった。

 席について、隼人は思った。


 はーーーーーーーーー!?


 ついでに、教科書も忘れていた。


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