第4話 誰もが主人公
「隼人、アニメ見ないか?」
風呂上がりに牛乳を飲んでいると、リビングの父が、隼人を呼んだ。隼人がそちらに向かうと、父はテレビの前で正座していた。にこにこと隣を叩く。隼人はコップ片手に座った。
「今日はリアタイ間に合ったからな〜」
「よかったね。どんなアニメ?」
かわいい絵の女の子が、イケメンの男に皆の前で何か怒られている。どうにも男は脇にいるもう一人の女の子(この子も可愛い)をかばっているらしい。
「『前世は悪役令嬢でしたが今世も悪役令嬢です』って話だよ」
「へー?」
相槌を打ったものの、隼人の頭に疑問符が浮かんでいた。
隼人の疑問に、父はにこにこと説明を始める。オープニングが流れる間、話の内容と、これまでのあらすじを丁寧に教えてくれる。隼人はうんうんと興味深く頷いた。
「なるほど、この女の子は恋人に疑われて、殺されちゃうんだね」
中々しんどい話だなあ。隼人は女の子を悲しい気持ちで見つめる。
「そうだろう。でも、この子が幸せになれるように、神様が生き返らせてくれるんだよ」
「そうなんだ! よかった」
死んじゃったのに、よかったと言っていいのかわからなかったが、隼人はちょっと安心した。
「今度は幸せになってほしいね」
「そうだね」
ふたりでしばらく、アニメを見ていた。王子とヒロイン(らしい)が、主人公の女の子に怒っている。女の子もまた、彼らに怒っていた。
「今は、みんなが主人公になれるんだ」
父が言った。アニメの光が、父の優しい横顔を照らしている。
「皆が?」
「父さんのころはね、主人公っていえば、勇者とか、ヒーローとか。そうじゃなくても、どこか主人公らしい子が主流だったんだよ」
「うん」
「でも、人生そうじゃないだろう? 皆それぞれ意見があって、それぞれいいとこや悪いとこがあるんだ」
「うん」
多様性というやつだろうか。父の懐かしげな顔を見ながら思う。父が、「いい時代になったなあ」と言うのを、しみじみと見た。
「そうだね」
隼人は同意する。隼人の頭の中に小説のことが浮かぶ。
父の言うとおりだ。隼人は友達がいないし、ヒーローでもない。
けれど毎日、隼人はノートの中で主人公になっている。勇者にもヒーローにも、お化けにもなれる。
ちょっと父の言うことと違うかもしれないけど、そういうことにした。
「それにな、隼人」
「うん?」
父が優しい目で隼人を見ていた。
「こうして一人で心を養う時間が、けっこう若いときは大切なんだよ」
隼人は牛乳を吹き出しそうになった。
「えっ、何、なんで?」
父の目はあたたかい。
「それにな、好きなことがあるときっかけになるしな」
ははは……笑いながら、父はぽんっと隼人の背を叩いた。
いったい父はどこまで「わかって」いるんだろう。
一気にのぼせ上がりながらも、隼人はニコ! と笑みで返した。
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