第3話 ユーヤに目をつけられた?

 それから、隼人の静かな学生生活が変化した。

 幸い、いじめになることはなかった。ただ彼らは、隼人をクラスメートとして「気遣う」ことをやめた。


「っせえな、中条!」


 騒がしいクラスを一喝するとき、彼らは無言の隼人を怒ったり、


「はやく答えろよ」

「だせー」


 授業中、先生の質問に答えられずにいると、笑ったりヤジを飛ばすようになったり、


「からあげ、まじうぜー」


 隼人のいる前で、彼らのうちの隼人のあだなで、隼人をディスったりするようになった。

 幸か不幸か、彼らに悪気はなかった。ただ、彼らは場を盛り上げたいとき、制圧したいとき、隼人を「使う」のだ。

 ただ、残念ながら、隼人は、彼らとは圧倒的にノリの違う男だった。そのため、彼らのそれが理解できない。その上隼人は、彼らの態度にこびることもしなかった。


「うっぜー」

「本当空気読めねえよなっ」


 彼らはそのたび、隼人を「つまんねえ奴」とさげすんだ。しかし、使うことをやめはしなかった。

 悪意はない。しかし好かれてはいない。

 好いていない人間に、どうして構うんだろう?

 隼人はそれが不可解だった。



「すっげー! 何その頭!」


 雨の日にクラスに入ると、ユーヤに爆笑された。とにかくいらいらしている、それがわかる、とがった笑い方だった。


「すっげーでかくなってんじゃん! 何倍?」


 そう言って、隼人の頭をはたいた。勢いよく振り下ろされた手は、隼人の髪だけをつぶしていった。ユーヤはそれに更に笑った。


「やべー髪がエグすぎて手、あたんねえしっ!」


 自分の手をじっと見ると、また一発振り下ろした。


「何々、」

「朝からご機嫌だねえユーヤ」


 ほかの者も集まってくる。犬歯の男と、泣きぼくろの男だ。(それぞれ、ケンとマオと言った)


「お前らもやってみろって! 髪やばすぎて、あたんねーのっ」

「まじ~」


 ケンが前に進み出て、手を振りかぶる。そして思い切り打ち下ろした。ばすん、と音を立てて、ケンの手が下におろされる。


「まじだ! おもれ~!」


 今度は下から、手の甲で隼人の髪をはたきあげた。これにはさすがに恐怖を覚え、隼人が引こうとするとマオに阻まれる。


「マオもやってみろって」

「えー俺ぇ、潔癖だからあ〜」


 ぎゃはは、と自分をはさんで大笑いするケンとマオに、隼人はまったくついていけない。

 マオは、隼人の前髪に指をぶすりと突っ込むとぐいっと引っ張った。


「うわあ……」


 マオが引いた声を上げるのと、隼人が痛みにうめいたのは同時だった。


「汚っ……、指、とおんねーんだけど」


 マオは指を乱暴に引き抜く。ぶちぶちと髪が何本か抜けた。


「うわっ、なすりつけんなよ、マオ」

「だって汚えもん」

「やっといて言うなよな!」


 ケンとマオは、隼人を挟んできゃいぎゃいとじゃれ合う。周囲の女子たちは、それを羨ましげに見ていた。隼人は席につきたかった。しかし、ケンもマオもガタイが良くて、身長百六十五、小太りの隼人は動けずにいた。

 あんまりさわぐといじめられるかもだし、と弱気な自分を慰める。けれども隼人の内心は悔しさでいっぱいだった。


「どう?」

「いいかも……サビまだ?」

「もう少し。ユーヤ好きだと思った」


 ユーヤはというと、騒ぎの火付け人なのに、いつのまにかやってきたオージと曲を聞きあいっこしていた。


「って、置き去りしてるし」

「お前、ほんとそーゆーとこ!」


 ビシッ! と、ケンとマオがユーヤにツッコミをいれる。ユーヤは、「はぇ?」と間の抜けた声を上げた。


「なに?」

「お前がいったんだろ? 責任持てって」

「だって、もう終わった話だし」

「はあ〜?」

「ユーヤ、サビきてるぞ」

「えっ、あー! 聞き逃しちゃったじゃん!」


 ケンとマオがばらばらとユーヤとオージの元へ向かっていき、それでようやく、隼人は解放された。

 悔しい。

 できれば泣きたいほど悔しかったが、そんなことをすれば尚のことよくない。隼人は必死に耐えて、頬を痙攣させていた。


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