【KAC20242】内見。

マクスウェルの仔猫

第1話 内見


「え! 本当ですかっ!」


 若くてイケメンの担当さん。

 思わず顔をガン見する。


 やだ、恥ずかしい!

 でも。


 い、いやいやいや。

 もしかしたら聞き間違いかも。


「ええ、本当です。お客様のお眼鏡にかなうであろう、お客様が出された条件が物件、昨晩営業担当より引継ぎがございまして。これから内見にご案内できますよ」

「で、でも……でもでも。お高いんでしょう?」


 まるで通販番組のコメントのような自分の言葉に、顔が熱くなる。


「お家賃はオーナー様のご意向で綺麗に使っていただけそうな方なら相談も可、だそうです。どうでしょう、内見をされますか? もしご不安なようでしたら他の物件を探しますが……」

「み、見たいです! 見たいですぅ!」

「じゃあ車を出しますので、早速行ってみましょう」


 キラリ、と輝く歯。

 爽やかな、年上のお兄さん。


 お名前は、大井哲生てつおさん。


 はうっ!

 何かがハートに直撃した。

 



 転職と、アパートの契約更新の時期が近くなった事をきっかけに、引っ越しを決めて部屋を探し始めた。


 そして、今日。


 休みのたびにネットや不動産屋さん巡りで物件を探している時にふと見つけた街の不動産屋さんにも飛び込んでみたのだ。そうしたら大当たりだった。


 申込書に書いた内容は、


・できれば1DK以上の間取り

・できればバストイレ別

・できればオートロック

・できれば駅近

・できれば敷金礼金ゼロゼロ物件

・できるだけ家賃は安め


 と、『そんな物件がある訳ないでしょう、ははは』って笑われちゃうような内容だった。けど、私だってそんな物件があるとは思っていなかったし、理由だってある。


 要するに、この条件の組み合わせの中から自分が一番気に入った物件を選びたかったのだ。


 次の仕事は前より勤務時間が短い割に給料がいい。そして最近始めた、無料投稿のサイトで小説を書く時間が多く取れるのでは、と考えたらワクワクが止まらなくなった。


 気に入った部屋で、趣味をめいっぱい楽しむ自分。最高じゃないか!



 現地に着いた。


「嘘でしょ……?」


 そびえ立つタワーマンション。

 ここの上層階だそうだ。


「どうですか?」

「はあ~……ため息しか出ないです……」


 最寄駅から徒歩5分。

 しかもターミナル駅。

 そしてここから新しい職場までドアツードアで20分。


 スマホで調べたら、少し歩けば大きな仲通り商店街に大型のスーパーがやホームセンターがあった。買い物にも不自由しないだろう。


 そして、そんな街並みの中にいくつも見えたお寺や古い町並み、観光名所がとてもステキだった。


 ああ、いいなあ。

 こんな街に住んでみたい。


「じゃあ、お部屋の方も見に行きましょう」

「はいっ!」


 担当のお兄さんと一緒に、常駐の警備だと言う人に頭を下げてエントランスを抜け、エレベーターに乗り込む。


 24時間体制だそうだ。

 さすがにここまでくると、自分に場違いな気がしてくる。


「いや〜もう、何から何までスゴイですね。私が住んでいい所じゃない気がしてきました」

「そんな事無いですよ。どうですか? ここに住んだら執筆意欲が湧いてきそうですか?」

「きっとめちゃくちゃ湧きますよ! 今も書きたい事、既に色々と浮かんできてますもん」


 そう、さっき。


 余りにも気分がアゲアゲになった私は、趣味で小説を書いている事を言ってしまっていたのだ。


「僕も読みたいですね」

「本当ですか!」


 素人とはいえ、一生懸命に書いた物語だ。読んでもらえたら嬉しい。何か恥ずかしいけど!


「ペンネーム、えーっと……『マクション大魔王』さんでしたっけ」

「そんなお鼻がムズムズしそうな名前じゃありませんっ!」


 ちくり。


 私の中で違和感が産声を上げる。


「あはは、勘違いしましたすみません。さ、この階です」


 エレベーターの扉が開き、大井さんがまるで執事のように『開く』ボタンを押しながら、うやうやしく頭を下げてくれる。


 私はその様子にまたワクワクと気を取り直し、部屋へと案内される。


 そう、これが前振りだったとは気づかずに。



 スーツのポケットからキーケースとカードを取り出した大井さん。


「カードキーなんですね!」

「ええ、カードとキーの二段階でロックがかかってます。扉の横のモニターを使って網膜認証も設定できるのでセキュリティは安心ですね」

「おおお……! カッコいい!」


 カードをかざす大井さんに反応して、ピー、と機械音が鳴った。何か可愛い。い奴愛い奴!


『アニメに出てきそうな設定ですね!』という言葉をグッと飲み込んだ私。ステキなお兄さんの前では猫を被り続けたいのだ。ダメダメ。この向こう側に機体なんてないのだよ。ナイナイ。


「今、オーナーさんからの引継ぎや設備に関する書類を用意するので、中をご覧いただいて結構ですよ」

「わあ!」


 扉を開けた。


 ぷしゅうううううううう、と作動音が鳴る。

 何の音?


 視線を前に向けると、そこにはコックピットがあった。

 

 右側には座るとこ。

 左側にはレーダーや電子モニター、タッチパネル。


「は?!」


 何これ!

 慌てて扉を閉めた。


 私、夢でも見てるの?!


「お、お、お、大井さん!」

「はい、どうしました? お部屋に入らないんですか?」

「い、今! 扉を開けたら! コックピットが!」


 そう、コックピットが。

 しかもこれ、最近どっかで見た……あ。


『自由』……いや、違う。

モニターに浮かんでた、あの文章。

『的中』の方だ。


 いやいやいや、私大丈夫?

 勧められてハマって、3回も観に行ったから?


「ははは、ご冗談を。そういえば最近評判ですからねえ、新作のガ」

「名前に出しちゃダメぇ!!」


 世の中には著作権というものが……!


「そうなんですか? まさか、扉を開けたらコックピットのモニターに『General・Unila……』」

「そこは本当にやめてえ! それをフルで書ききったら私、登録早々アカウントがBANされちゃうじゃないですかあ!」

「いいじゃないですか。心機一転出来て」

「もう切り替えなきゃいけないの?!」



 そこで目が覚めました。

 そんな夢を見たことがあります、というオチでした。


 ちなみに私の視点はキャラ側ではなく、遠くでドラマを見ているような感じでした。何か物語に……できませんねこれΣ(゚Д゚)

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

【KAC20242】内見。 マクスウェルの仔猫 @majikaru1124

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ