第3話 無理難題メスガキプリンセス

「ぐすっ……しくしく」


「まさかムダ毛を剃る必要すらないなんて、さすが妹子くん。今は男の娘だから妹子ちゃん? うーんルーマニア語から『ソラ』ちゃんで」


「どこからどう見ても取り返しのつかないことをされた美少女にしか見えない。本当に男性だったのか?」


「取り返しのつかないことをした側がそれを言いますか!?」


「すまない。悪いとは思っている。でも後悔はない。男の娘であることが君を住まわせる条件だからな」


「えっ!? ちょっと待って! もしかしてずっと女装して過ごせと!?」


「その通りよ。いいじゃない。男の娘として過ごすだけで家賃が実質タダになるんだから」


「その『だけ』は代償が大きすぎるよね!?」


「ほらソラちゃん。お姫様とのご対面にいきましょう。たぶん気に入ってくれるから」


「陽菜ちゃんはマイペース過ぎるよ」


 再び陽菜ちゃんに手を取られて引きずられるように移動する。

 ついたのは廊下の奥の角部屋。

 ドア前からわかるほどガンガンにクーラーが効いており、足元が少しひんやりしている。

 防音になっているのか音漏れは少ないが、ドアの向こうから銃弾の発射音がかすかに聞こえてくる。

 これはゲームの音だろうか。

 陽菜ちゃんは慣れているのか躊躇なく、ドアを開け放った。


「瑠璃姫入るわよ」


 途端に鳴り響くパソコンの駆動音と銃撃戦の歓声。


「ざーこざーこ。よっわ。その程度でこの花倉瑠璃姫様を止められると思っているの? ざ〜こ」


「口の悪さは気にしないでね。瑠璃姫はコントローラーを握ると性格変わるだけで、普段は大人しいから。こらっ瑠璃姫! 今日は住宅の内見あるって伝えたよね。またクーラーをガンガンにつけて! それで身体冷やして寝込むのを何回繰り返すのよ!」


 陽菜ちゃんは部屋にずかずか踏み入ると、躊躇なくディスプレイの電源スイッチを切った。

 銃撃の音は続いているが、画面は真っ暗だ。これではなにもできないだろう。

 パソコンの電源を落とさないだけ良心的だ。


「あーーーーーっ!!! 陽菜ちゃん今いいところだったのに」


「ゲームよりこっちの方がいいところなのよ。今回は有望よ。認めてないのは瑠璃姫だけなんだから」


「えっ!? まさか涼ちゃんの殺人キックと、陽菜ちゃんの理不尽な審査を乗り越えたの?」


「そのまさかよ。ソラちゃんは私の幼馴染みでね。瑠璃姫が会いたがっていた待望の男の娘よ」


「男の娘? ガチで!?」


 ゲームチェアーが反転して、部屋の主が僕の方を見た。

 腰まである透き通るプラチナの髪にどこまでも深い碧の眼。

 その身体は小さく中学生ほどにしか見えないが、日本人離れした美は完成されていた。


 妖精。


 陳腐な例えだが、その言葉が目の前の少女ほど似合う存在をボクは他に見たことがない。

 表情はとても豊かで目を大きく見開いていなければこの世の存在とも認識できなかっただろう。

 けれどこの世の存在と認識できないのはお互い様で、瑠璃姫さんも女装したボクを見て困惑している。


「えっ? ええ? えええ? 女の子だよね?」


「戸籍上は男性よ」


「役所の間違い?」


「私の幼馴染。幼い頃から女の子と見間違うほど綺麗で、初対面だと八割女の子と間違えられていたけど男の子よ。涼も一緒に女装させたんだから知っているわよね」


「筋肉のつき方は中性的だけど、よく見れば骨格は男性のモノだよ。仕草や癖がとても女の子らしくてわかりにくいけど」


 陽菜ちゃんと涼さんのお墨付きをもらってしまった。

 素でも女の子寄りであると。

 全て姉のせいなのに。

 ボクが落ち込んでいると、瑠璃姫さんが俯いてわなわなと震え始めた。


 男性恐怖症だと聞いている。

 男の娘なんて無理難題ふっかけて、最初から試験なんてするつもりがなかっただけかもしれない。

 だとしたら急に女装した男性と面会させられているわけで。

 ボクの存在を忌避しても仕方がない。

 そう思っていたのだが。


「……り」


「り?」


「リアル男の娘キタァーーーーーーッ!!!」


 叫び出した瑠璃姫さんがその容姿から想像できないほど俊敏に動き、ボクの胸を鷲掴みにした。


「ひゃぁ!?」


「この揉み慣れた感触は確かにシリコン胸。けれど違う! 違うのだよ諸君! 道具として剥き出しの乳じゃない! つけた女の子に『偽乳だけどどうぞ』と差し出される乳でもない! 見上げれば恥じらいの顔がある! 感触ないはずなのに未知の感覚への羞恥の背徳感! これは本物を超えた男の娘の乳なんだよ!」


 ナ・ニ・コ・ノ・コ・コ・ワ・イ。

 胸を揉みしだかれながら陽菜ちゃんに助けを求める視線を送ると、あ然とした表情で固まっていた。


「……一ヶ月同じ家で一緒に暮らしていたけど、ここまで壊れた瑠璃姫を初めて見た」


 初めての事態に困惑しているらしい。

 近くにいる涼さんはというと。


「瑠璃ちゃんは男嫌いだから『男の娘』なんて不可能な条件つけて、男性とのホームシェアリングを断ろうとしていると思ってた。……ガチで男の娘が好きだから言っていたんだ」


 なぜか納得していた。

 その間も瑠璃姫さんはグルグルと周り、色々な角度からボクのことを撮影し始める。


「おぉ〜〜〜! 凄い! 凄いよ! 三百六十度全方位から見ても女の子にしか見えない!」


「あ……あの瑠璃姫さん? 撮影はやめてもらえると」


「待って! 夢を叶えさせてお願い!」


「夢?」


「瑠璃姫観測隊はついに誰も踏み入れたことのない秘境に足を踏み入れた! それじゃあ失礼して」


 ――ガバッ!


 ボクが戸惑っている間に瑠璃姫さんはなんの躊躇もなく、ボクのスカートの中に頭を突っ込んだ。

 ちなみに陽菜ちゃんに土下座して、ミニスカートからロングスカートにしてもらっている。


「おぉ〜〜〜カボチャパンツ。やっぱり普通の女性もののショーツだと無理だよね。縞パンだとポイント高かったけど」


 スカートの中から声がする未知の感覚に背筋がゾワゾワする。

 誰も動けない中で瑠璃姫さんは止まらない。


「それじゃあ失礼してタッチ! あっ……柔らかい。やはり男の娘も男の子なんだね」


 小さな手がボクの股間をまさぐった。

 小さな手がボクの股間をまさぐっている。

 次第に太ももの隙間からカボチャパンツの中に手を挿入し。


「きゃあぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


「ちょっと瑠璃姫!? なにしているの!? ソラちゃんのナニになにしている!?」


「瑠璃ちゃんいくらなんでもそれはダメ! 絵面が! 絵面が非常にマズい!」


 絹を指すような悲鳴が響いた。

 ……ボクの口から。

 暴走した瑠璃姫容疑者は現行犯として涼さんに拘束されて、ボクは中学時代と同じく陽菜ちゃんに保護された。

 瑠璃姫さんだけはなぜか満足気だった。


 




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