第2話 幼馴染みとの再会

「えっ……本物の妹子くん!?」


「まさか陽菜ちゃん?」


「小野妹子なんてふざけた名前で住宅の内見に申し込みがあったから、絶対に偽名の悪戯だと思ってた」


「……ふざけた名前」


「もしかして陽菜ちゃんが昨日話していた小野妹子という名前の幼なじみ……本人だったの? そんな偶然ある?」


「あったみたい。私もびっくり……あれ?」


 陽菜ちゃんがボクの後ろを確認して首を傾げた。


「小町お姉さんはいないの?」


「どうして小町姉さんがついて来ていると思ったのかな?」


「いや、だって二人はセットというか小町さんは重度のシスコンだし」


「せめてブラコンと言って」


「じゃあイモコンで」


「……それが一番嫌かも」


 この編み込むセミロングのお嬢様然とした美少女は真昼陽菜といい、小学校中学校と一緒だった幼馴染だ。幼い頃から互いをよく知っている。

 ずっと優等生で中学では生徒会長。

 お硬い性格と思いきや、家が教育が厳しいだけで陽菜ちゃん本人は割とふざけた親しみやすい性格をしている。

 そのため男子からの人気も高かった。

 ……なぜかボクも男子からモテたので、陽菜ちゃんにはよく守ってもらっていた。


 ボクは姉から、陽菜ちゃんは母親からの束縛が厳しくて、ボクらの間には仲間意識みたいな連帯感があった。

 高校進学を機に上京して、難関高校に入学していたのは知っていたけど、まさかこんなところで再会するなんて。


「ねえ……小野くんにお姉さんがいるのはわかったけど、まさかお姉さんの名前は小野小町なの?」


「凄い姉妹でしょ!」


「なぜ陽菜ちゃんが自慢気? あと姉弟だから間違えないで」


「ご両親が歴史マニアとか?」


「壊滅的にネーミングセンスがないだけです」


 涼さんがすごく同情的な目をした。

 うん……慣れてる。

 名前の経緯を話すとだいたいこうなるから。


「うーん私の試験は私に変な幻想を抱かない。私に指図しないことだったんだけど、妹子くんならなにも問題ないか」


「幻想?」


「ほら私って美少女でしょ。しかもしっかり者イメージの」


「それ……自分で言う?」


「言うわよ。ずっとそう思われて生きてきたんだから。ようやくお母様が望む大学に合格して解放されたのに、変なイメージを強要されたくないの。目指せ自由なキャンパスライフ!」


「陽菜ちゃんは変わらないね」


 ボクがそう言うと陽菜ちゃんは瞳を輝かせて満面の笑みを浮かべた。

 お硬い外面の陽菜ちゃんはみんなの憧れの的だったかもしれないが、ボクが知っている陽菜ちゃんは少し子供っぽくて無邪気な少女だった。


「へぇ……二人はとても仲の良い幼馴染みだったんだね。私たちが陽菜と打ち解けるまでかなり時間が必要だったはずなんだけど」


「まあね。妹子くんもこの見た目でしょ。周りからイメージを押しつけられやすい似た者同士だったから」


「なるほどね」


「さて私の試験は合格ということで、最後の試験の準備をしましょうか。本来ならば合格不可能な無理難題のはずなんだけど……妹子くんならば余裕だろうし」


「……うん。まさかあの条件をクリアできそうな男の子が現れるなんて思わなかった」


「最後の試験? それに無理難題って」


「それは後で説明するから今はついてきて」


「えっ!? ちょっと!」


 ぎゅっと手を握られて、そのまま階段を上がって二階に誘導される。ドアプレートには『陽菜』の文字。ここが陽菜ちゃんの部屋なのだろう。

 後ろから涼さんもついてきている。


「どうぞ中にはいって。私の部屋だから」


「お邪魔しま……」


「相変わらず凄い部屋だな。また物が増えたか?」


「これまでの反動のせいでね。えーとどこに保管したかな」


 あまりに優等生陽菜ちゃんのイメージからかけ離れすぎた部屋の様子にボクは思わず固まった。

 別に散らかっているわけではない。

 衣類などもちゃんとしまわれているし、汚い印象はない。けれど物が多すぎた。

 ゲームに漫画に美少女フィギュア、あられもない姿をした美少女の抱き枕まである。

 これは俗に言うオタク部屋。

 中学時代の陽菜ちゃんはその手の話題が好きだったが、母親から所持を許されていなかったはずだ。

 母親の元から離れたことで抑圧され続けた欲望が大爆発してしまったらしい。


「あった! 備えあれば憂いなし。あってよかった女装グッズ!」


「どうして女装グッズなんか……女装グッズ?」


「さあ! 妹子くんこれに着替えて! この乳袋を搭載した十八禁ゲームの舞台である聖マリアーナ女学院の制服に! ちゃんと巨乳仕様のシリコン胸もあるから」


「えっ!? ちょっと! なぜいきなり女装!? 意味がわからないよ」


「それは三人目の子が出した条件が……男の娘なのよ」


「お、男の子?」


「たぶん違う。男のムスメと書いて男の娘。その子、花倉瑠璃姫って言うんだけどね。花倉財閥って知ってる?」


「名前くらいなら?」


 花倉は元々医療品メーカーだったが、バブル崩壊後日本で積極的にIT株を中心に海外投資し、莫大な富を築いた世界有数の富豪だ。

 精密な医療機器分野でも世界でトップシェアを誇っている。

 日本に住んでいれば名前くらい聞いたことがある。


「瑠璃姫は正真正銘、花倉のお姫様。だけど箱入り過ぎたのか重度の男性恐怖症でね」


「……そんな子がどうしてこのホームシェアに?」


「親の教育方針らしいのよ。可愛い娘には旅をさせろっていうの? 政治方面にも影響力あるから、このマッチング政策も花倉家が娘のために用意したものかもね」


「なんてはた迷惑な」


「それで瑠璃姫がホームシェアリングするにあたって男性につけた条件が男の娘」


「なんてはた迷惑な!」


 事情は理解した。

 陽菜ちゃんが女子の制服とつけ胸を手に握り寄って来る理由もわかった。


「幼い頃から一度妹子くんが本気で女装した姿を見たかったのよね」


「ちょ、ちょっと陽菜ちゃん落ち着い――」


 ――ガバッ!


 ボクが後ずさりして逃げようとすると、後ろにいた涼さんがボクを羽交い締めにした。


「えっ!? ちょっと朝霧さん!」


「私のことは涼と呼んでくれ。君が女装すればたぶん一緒に住むことになるだろうし、長い付き合いになるだろうから」


「いや……二人とも落ち着いて。ボクは男だから」


「今から男の娘にクラスチェンジするだけのことよ、安心しなさい」


「安心要素がどこに! ああぁぁーーーーーーーーーっ!!!」


 相手は女性。

 けれど戦いは数の勝負だ。

 前後挟み込まれた状況でボクに抜け出すすべは最初からなく。

 ボクは徹底的に女装させられた。

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