【KAC20242】罠付きホームシェアリング〜三人の美人女子大生+男の娘の同棲生活〜

めぐすり@『ひきブイ』12/15発売

第1話 住宅の内見マッチング政策をご存知ですか?

 新生活の始まり。

 進学や転勤による転居が多くなるこの時期。

 春は出会いの季節です。


 無能。増税したいだけ。子育て支援で増税して独身者を搾取したら結婚も恋愛も遠のくだけで、少子化対策になるわけないだろ。

 少子化推進したいのですね。

 新生児が減ればかかる税金も減るから。

 ……などと散々非難されてきた日本政府がようやくまともな少子化対策を打ち出した。


 それがこの婚活推進政策となる新生活応援の住宅の内見マッチングです。

 いわゆるルームシェア推進ですが、政府からの豊富な補助金が降りており、申し込めば完全リフォームした家具家電付きの広い住宅に格安で住むことが可能となります。

 もちろん住民には鍵付きの個室も与えられます。


 ただし、見ず知らずの男女が一緒に住むことになりますが。


 事前の書類審査という第一関門を突破すれば、住宅の内見という名のお見合いがスタート。

 女性達は先に新居に住んでおり、内見に来た男性を見定めて、気に入らなければ拒否権を発動できます。

 この新制度に気軽にお申し込みください。


 若者よ出会いを求めよ!


 ●   ●   ●


「――なんて怪しい政府の政策に申し込むことになるなんて」


 今年度、大学生となる男児、ボクこと小野妹子は内見する住宅の前で黄昏れていた。

 名前に触れてはいけない。

 ボクには小町という傍若無人な姉がいるのだが、幼少期からわがままプリンセスだった。


「弟ではなく妹がほしい」


 泣きじゃくる姉を説得するために、両親が苦肉の策として「妹子って男性の名前だよね」とつけた経緯がある。

 いずれ改名してやると心に誓っているが、弟の妹子という名前を気に入っている姉に逆らえず、未だ改名ができないでいた。

 今回の進学と上京も姉の魔の手から逃れるためだ。しかしトラブル続きで心が滅入っていた。


 すでに時は四月。

 大学進学を期に上京するのだから、新居を探すのには遅すぎる。

 残っているのは悪条件の割高物件か、事故物件か、住宅の内見マッチングの政策物件ぐらいである。

 つまり女性が住んでいる場所に「住まわせてください」と頼み込むのだ。

 それもこれも住む予定だったアパートが解体業者の誤認のせいで破壊されてしまったせいである。


「……なんでこんなことに。それに今もマッチングとして住宅の内見を募集しているところなんて、お断り前提だろ」


 今回の政府が行った少子化対策は、少しの成功事例と女性のみホームシェアが大量発生させたと言われている。

 一人でも男性を住まわせれば補助金は満額支給される。

 ただ女性のみのホームシェアでも、定期的に男性の住宅の内見を受け入れる姿勢を見せれば減額された補助金が下り続ける。

 ある意味制度の悪用だが、結果として男性を受け入れるつもりのない女性のみのホームシェアが急増したのだ。

 今回の内見先もどうせその口だろう。

 ただでさえ姉に虐げられて育ったせいで、女性と同居というワードにおびえているというのに。


「はぁ……ボクに選択肢なんてないんだけどね。このままだとホームレスだし」


 ――ピンポーン


 意を決してインターホンを押して挨拶をする。


「今回住宅の内見に来させていただきました小野妹子です」


『あっ! もう来たんだ。鍵開いているから玄関から入って』


 ピクっと身体が震えた。

 落ち着いた女性の声。

 言葉がきついわけではなく、表面上優しい声音が姉を彷彿とさせたのだ。

 この住宅には三人の女性が一ヶ月以上暮らしている。

 すでに住み慣れた我が家という感じだ。


「姉の影に怯えて声にビビってちゃダメだよな。よし、お邪魔します!」


 気合を入れ直し、元気よく挨拶しながらドアを開ける。

 スローモーション。

 玄関を開けると慣れ親しんだ暴力の気配した。

 右側頭部を狙う上段の回し蹴り。

 放ったのは黒髪ポニーテールの長身で美人のお姉さん。蹴りを放ったのに下半身も上半身もブレはない。体幹が鍛え上げられているのだろう。

 コントロールされたハイキックだ。

 狙いは寸止め。

 いや想定よりもボクの身長が低かったのか、急に下方修正した影響で少し頬に触れる軌道に変わっている。

 放った女性も少し焦っている。


 さて女性にハイキックされたときの作法だが、前提として避けてはいけない。

 空振りは女性が転けてしまう可能性がある。

 男性のハイキックならば避けて、転ばせて、地面に叩きつける流れだが、女性のハイキックは優しく腕と手の甲で受け止めなければいけないのだ。

 弾いたり、掴もうとするのもダメ。

 足腰の関節を柔軟にして、衝撃を地面に流すのがコツだ。


 ――パシンッ!


 玄関に響く衝撃音。

 元から寸止めの予定だったため、蹴りの威力も弱く、音もとても軽かった。

 黒髪の女性は受け止められたことに驚いているのか、少しの間固まったあと満足そうな笑みを浮かべた。

 ゆっくりと長い脚が下ろされる。


「ごめんね。当てるつもりはなかったんだけど」


「こちらこそすみません。ご想像より背が低かったみたいで」


「そこまで見えていたんだ。凄く目がいいんだね。そんな女の子みたいに華奢なのに、荒事に慣れているみたいだし」


「……荒事に慣れているわけではないんですけどね」


 慣れているのは姉のスパーリング相手をしていたからだ。

 ちなみに僕と姉が習っていたのは護身術として合気道で、蹴り技がない流派だったのに、なぜ姉が蹴りを多用していたのかは謎だ。


「私の名前は朝霧涼。今年度から大学生だけど、一年浪人してたから他の二人より一つ年上かな。えーとお……オノノくんも現役合格組かな?」


「オノです! 小野妹子と書いてオノイモコです。大変わかりにくい名前で申し訳ありません! ちなみに現役合格組です」


 ボクが食い気味で訂正すると、涼さんが苦笑いを浮かべた。


「色々大変そうな名前だね。えーとホームシェアの件だけど、私の試験はさっきので合格ね」


「さっきのってハイキックですか?」


「昔から私はストーカー被害に遭いやすくてね。去年、話したことがあるだけの男子が道端で暴行されたこともあった。浪人したのもそのいざこざのせいだったり」


「ストーカー被害!?」


「親からは一人暮らしはさせられないと言われて、ホームシェアにしたわけだけどね。一緒に住むなら自分の身を守れる男の子がいいと思って。そういう男の子がいれば他の女の子達のことも守るだろうし」


「そうですか……涼さんこそ大変そうですね。ボクなら不意打ちとかストーカーとかにも慣れているので大丈夫ですよ」


「あはは! 君面白いね。普通はドン引きところでしょ。その点も含めて合格かな」


 もしかすると周りを守れるか。いざというときに頼れるか。その意思確認が本当の試験だったのかもしれない。

 それに涼さんはいくら鍛えていても、姉の小町とは違う。か弱い女性だ。それなのに自分だけは守られる対象から外れているように話している。

 無自覚なのだろうが、そのことが少し悲しい。


「ただ私は合格でも、他の二人がなんて言うかだけど……ふむ」


「ど、どうかしましたか? ボクのことをジロジロと見て」


「いや。小野くんって名前や見た目もだけでなく、仕草まで女の子みたいだよね。これなら他の二人の許可も出るかも」


「……うぐぅ」


 姉のせいだ。

 昔から姉に妹として理不尽に扱われ続けた弊害がボクを蝕んでいる。


「それじゃあ共用スペースのリビングに行こうか。ついてきて」


「は、はい」


 涼さんのポニーテールに誘われて、リビングルームに移動する。

 すると思いがけない再会をした。


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