第6話 助け
姉さんが何かやばそうな雰囲気の男に絡まれている。
そう教えてくれたのは、恐らくは僕の友人だっただろう。けれどその声の正体に気づく前に僕は駆け出していたから、確かめる余裕もなかった。
ただ一目散に、姉さんがいたという場所まで早歩きで向かう。
最大限出せるスピードで、自身の足が出せる最大限の歩幅で。普段から身長を高くしたいと考え伸ばそうとしていたが、その努力が現段階では役立っていないことにすら苛立ってくる。それでもその苛立ちを周りに当てるよりも、急いで向かった方が早い。その苛立ちを周りに当てる時間すらも勿体ないから。だからせめてその苛立ちが全て足に向かうことを注視しながら歩を進める。
そうしていれば見えた姿に、思わず彼女の目の前に居る男の肩を掴んだ。
そうして出た声は、普段出している声よりも幾段か低かった。
「おい」
こちらを振り向いた男の顔は、あまり覚えていない。というよりもきちんと認識すらされなかった。
「僕の姉さんに、何をやっているんだ」
男の肩越しに見えた姉さんは、目の端に涙を浮かべ、けれどこちらを見て安心しきったように頬を緩ませていた。
「慧琉……!」
その声に。その言葉に。尚のこと目の前の男への殺意が芽生えてくる。
けれどすぐに暴力で解決してしまうのはとても良くない。だからせめて。せめて社会的に殺す為に尽力しなくては。
その思いで彼の手から姉さんを離れさせる。そして姉さんの側に行き姉さんを背中に隠す。そうすれば姉さんは怯えたように体を震わせながら僕の制服を握っているから、思わず苛立ちや怒りが視線に表れているような気がした。実際表れているのか、男はこちらの視線に気づくと、「ヒィッ」という情けない悲鳴を上げながら、その場に蹲った。
「姉さんが、怖がっているだろ」
一つ一つの言葉を言い含めるように。全て区切って、彼に言い聞かせる。
「姉さんを、怯えさせるな」
目の前のこの男が、姉さんに近づきたいと思えなくなるように。
「お前如きが、姉さんに近づくな」
動けなくなっている男を退かせるために。言葉を続ける。
「だから今すぐこの場から消えてくれ」
そう言いながら視線で促すと、目の前の男は怯えたように肩を震わせながらその場を去って行った。
その姿を見ながら、後で鉄槌を下すことを忘れないように男の顔を頭の片隅に留める。正直気色悪くて思い出したくはないが、姉さんが苦しい思いをしない為だ。忘れないようにメモしながら姉さんに向き直る。
姉さんはこちらに顔を向き合わせると、ホッと安心したようにこちらを見て眦を下げていた。けれど姉さんなりの矜持か、震えた足のままその場に立っていて。その姿に、心がぎゅっと締め付けられる。けれどその思いは表に出さないようにしながら、姉さんと話を始めた。
「姉さん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。慧琉が来てくれたから」
「まあ、それならいいけど……」
「本当にありがとう、来てくれて」
「……別に。もう少し早く来ればよかったね」
「構わないわよ。来てくれただけでも有難いから」
「……姉さん、今日は一緒に本買おう。そして一緒に本読もう」
「あら、珍しいわね。いつもは嫌がるのに」
「……今日くらいはいいでしょ」
「ふふ、ええ、勿論」
「ほら、帰ろう」と姉さんの背中をゆっくり、優しく押す。そうすると穏やかに優しく姉さんは笑うから、赤くなった顔を隠す名目でゆっくりと彼女の背中を押した。
姉さんへの危害がこれきりになるように。誰に願うでもなく。というよりも自身に誓うように。そう心で思った。
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