第5話 彼女の特性

「ずっと、思わず目で追ってしまうくらいに白雪さんのことが好きでした! 付き合ってください!」

 夕暮れ時の校舎裏。授業も終わり後は帰るだけというところで今目の前に居る彼に声をかけられた。クラスメイトであること以外ほとんど接点のなかった彼は、単刀直入にそう口にする。彼のその発言に思わず言葉を迷ってしまうが、彼は私の返答を聞くまで下げた頭を上げる気はないようだ。恐らくは耳を澄ませて、こちらの言葉を待っている。

「え、っと……」

 何と言えば傷つけないか。何と言えば彼も心地よく去ってくれるか。そんなことを考えながら頭を働かせる。されど良い言葉は浮かばなくて、思わず視線をキョロキョロとうろつかせてから意を決してこう口にした。

「ご、ごめんなさい。今は好きな人とか、恋人とか考える余裕がなくて……」

 顔に笑みを張り付けながら、その後の彼の言葉を待つ。何分くらい経った頃だろうか。なんだか長い時間経っているような気がしながらも彼を待っていると、彼は一言だけ。小さく口にしていた。

 けれど何を口にしたかまではわからず、思わず強張った笑みをしながら首を傾げる。すると彼は勢いよく頭を上げてこちらを見ると、どこか怖く感じるほどに引き攣った笑顔で口にした。

「はは、貴方がそう言うなんて、思ってなかったです。また貴方への解像度が上がった気がします。ねえ、どうして僕の願いを断ったのですか? 貴方は断るなんてことしないはずなのに」

 最後に小さく聞こえた、「白雪絵羅という女性は、断ることをしないのに」という言葉に鳥肌が全身に表れたような気がした。

 どうしたら、いいのだろう。

 遅れて頭に響く警告音に、けれど体は動かないまま。

 助けを、求める? けれどどうやって。

 混乱した頭は、正確な判断をもたらしてなどくれない。だからこそ正確な対処法が頭の中に浮かぶことはなく、ただゆっくりとエマージェンシーという警告音だけが頭の中に響き渡った。

 そうして体も心も固まりながら、動くことが出来ずその場に立ち止まる。そうしていると痺れを切らしたのか、クラスメイトの彼はゆっくりとこちらに歩いてきた。

「ねえ」

 そう口にすると同時に手首を彼の手によって掴まれる。硬直したかのように動けずにいると、彼はどこか狂ったような表情でこちらに向かって笑い口を開いた。

「僕に、付いてきてくれませんか? きっと、断るなんてことしなくて済みます」

 だから、行きましょう。

 ここできちんと断っても、断らなくても。どちらを取っても近づいてきそうな破滅の音に、為す術もないまま。ただせめてもの抵抗でぎゅっと顔を縮こまらせた。

 誰か、助けて。そんな言葉はもしかしたら、届いていたのかもしれない。

「おい」

 耳に届いた聞き慣れた声に、固まっていた心が解れていった気がした。

「僕の姉さんに、何をやっているんだ」

 顔を上げ、クラスメイトの彼の肩越しに見えた弟の姿に、頬は緩む。

「慧琉……!」

 慧琉は、今までに見たことのないほどに怒っているような顔をしていた。

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