第3話 前世

 ぼんやりとした意識の中、とある風景が見える。

 雪の降る空の下。窓ガラス越しに見えた姿を、ぼんやりと見つめた。

 その姿はぼんやりと、けれどどこか悲しそうに窓の外を見つめている。

「――」

 聞こえた、恐らくは彼女を呼ぶ声に。「はぁい」小さく不満げに答えて窓から視線を外した。

 やって来たナース服を着た女性に、少女は簡易的な問診をされる。体温計を脇に差し込まれ、同時進行形で脈も測り。そして女性に体調について問われながら。

 その一連の行動が終われば、女性はその部屋から去っていく。付いていなかった部屋の電気を少女の代わりに付けて、丁寧に扉を、音を立てないように閉めて。扉が閉まるまでその様子を眺めていた少女は、また窓の外を見つめ始めた。

 そして、きっと静かで、些細な物音に当たって消えてしまいそうな声で。呟いた。

「おうじさまが、やってきてくれればいいのに」

 その部屋に誰もいなかったから、きっとその様子をぼんやりと見つめている私にしか届かなかっただろう。そんな私の姿も、きっと彼女には見えていないから。だから少女は、誰にも届かないことを願って呟いたのかもしれない。

 目から光の消えた少女は、しばらくの間窓の外を眺めると、近くにある机から本を取り出してページを捲り始める。

 その空間には、パラパラとページの捲れる音と、カチカチと時間を刻む時計の音だけが響いていた。

 暗転。

 そして明転。

 見えた景色をぼんやりと見つめる。

 今度もどうやら病室のようだ。

 けれどさっきまでのどこか静かな空間とは違っていた。

 その空間ではとても空気が騒めいていて、静かとは真反対だ。

 空間の中心には、少女が一人。苦しそうに胸を抑えている。

 そんな少女を診るように医師らしき人物が彼女を触診している。その医師の行動に抵抗することはなく。そもそも気力というものがなかったのかもしれない。少女はされるがままとなっていた。

 触診を終えた医師は、的確に少女に何かを話していく。

 その言葉達に、少女は苦しく喘ぎながら。ただ静かに聞く。そうして医師に問いかけられ、少女はただぼんやりと頷いた。

 少女は医師に渡された薬を手に取り、飲み込む。

 そして徐々にゆっくりと、苦しそうな様子が落ち着いていく。

 その姿を見た医師はそのまま少女のいる部屋を離れていった。

 ぼんやりとその姿を見つめ、また窓の外へ視線を向ける。窓の外は暗く重い雲が佇んでいて、雨がただ落ちていた。

 外の様子を眺めてから、少女は一言呟く。

「……いやだなぁ」

 ふと零れ出た切実なその思いは、誰かに届くことなどなかった。

 強いて言えば、少女の様子をぼんやりと眺めている私の耳に、強く残っていた。

 暗転。

 そして明転。

 見えた景色はどこかの家のようだった。

 とある部屋の中で、少女が寝ている。

 すぅすぅと。落ち着いた寝息は、傍らにいる家族に確かに届いているのか、家族はホッとしたような顔で少女を見ていた。

 そして少女の母らしき女性は、少女の頭を優しく撫でる。

 その横には少女の父らしき男性と少女よりも幼い少年がいた。その二人も片や穏やかに、片や心配そうに少女を見つめている。

「起きてきたら、ご飯にしましょうか」

 静かに女性から伝えられたその言葉に、男性と少年は頷く。その様子を女性は眩しそうに眺めてから、少女の方へ視線を向けた。

 そしてまた少女の頭を撫でる。

 その女性の手に少女は、気持ちよさそうに顔を綻ばせていた。

 暗転。

 そして明転。

 見えた景色は少女の面影を残した女性が、ベッドに寝転がっているところだった。

 恐らくは病院だろう。傍らには先程の人物達が彼女のベッドの傍にある椅子に腰かけ、女性に話しかけている。

 そんな彼らを眠たそうに目を瞬かせながら、女性は穏やかに見つめていた。

 少年の面影を残した男性は、楽しそうに。どこか恥ずかしそうに話をしている。

 そんな男性の姿を、先程よりも年老いた男性と先程よりも年老いた女性、そしてベッドに寝転がっている女性が話を聞いていた。

 何気ない、きっと彼らにとっては日常となった風景。

 実体がないように思えたはずなのに、何故だか涙が流れていた気がした。

 そして暗転。

 それ以降、何か景色を見ることがなく夢から覚めた。

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