恋人たちの家探し~内見はしっかりと! KAC20242

ミドリ

第1話 新居の内見

 朝から、俺の恋人のひろしは浮かれていた。


久春ひさはる、早く!」

「こら、背中を押すな!」

「だって、ようやくいい物件を見つけたんだぞ!」

「あは、分かったって」


 俺と広は、所謂ゲイカップルって奴だ。同じ会社の同期で、俺はゲイであることをひた隠して会社生活を送っていた。


 だけど、たまたま遠征してみたゲイバーで、ちょっぴり顔が濃い目のイケメン同期、広とばったり出会う。


 顔見知り程度だった俺らだったけど、「カミングアウトってしにくいよなあ」「ここって微妙に田舎で過ごしにくいしさあ」「だよなあ」なんて苦労話をしている内にすっかり意気投合。


 気が付けばお互い惹かれ合っていて、お付き合いするに至った。


 なんだけど、俺らは片田舎にある会社の男子寮に住んでいて、壁の薄い部屋で堂々といちゃつくのも微妙。なんせ隣の部屋のテレビの声だって判別できるくらいだ。


 俺らが恋人同士の会話をしていたら丸聞こえなんじゃ? と思うと、好きの言葉もなかなか言えなかった。


 かといって、入社2年めの安月給の俺らが過ごせる場所はあまりない。近くにゲイカップルが入れるラブホもなくて、俺たちは清い関係のままだった。


 当然、鬱憤は溜まる。


 広は、「24時間いちゃつける場所が欲しい……!」と、とうとう俺に泣きついた。


 で、二人で必死に百万貯めて、一緒に暮らそうってことになったんだ。


 だけど、ここからがまた厄介だった。


 ゲイカップルに貸してくれる家がさ、まあないんだ。


 ダイバーシティって意味なんだっけ? ってくらい、どこも駄目。


 でも、広は頑張った。血眼に探して、ようやく見つけたのが今日見に行く物件だった。


 なんでも持ち主の人がゲイカップルだそうで、別の家に住むことになったから「ゲイカップル限定」で貸し出すことにしたそうな。


 自分たちがした苦労を若者にさせたくないってあれだろうか。何はともあれ、有り難い。


「設備が面白いんだよな」

「へえー」


 会社と寮がある駅からは少し離れたところにある駅の前で、不動産のお姉さん(俺たちが恋人同士だって聞いてから、滅茶苦茶協力的になってくれてる人だ。多分腐女子だと思われる)と待ち合わせて、いざ家へ。


 駅から徒歩15分の閑静な住宅街の一角に、その家はあった。


 敷地は極小と呼んでもいいくらい狭いけど、一軒家。完全防音が謳い文句のそこは、一階がリビング・キッチン。二階がお風呂とトイレで、三階が寝室のシンプルな作りだった。


 で、ひと言でいうと、「愛の巣」だった。


 キッチンは二人しか座れないカウンター。リビングにはプラネタリウムとかにあるカップル用のソファーがでんと設置されている。


 風呂はジャグジーになっていて、洗い場にはスケベ椅子が置いてあった。思わず「おう……っ」て声が漏れたけど、広は興奮気味に微笑んでいたのが印象的だった。


 そして、極めつけは寝室だ。


 まず、天井が鏡張りだった。


 次いで、真ん中にずとんと置かれたキングサイズのベッドはパイプ製。四隅から伸びている黒くて太い鎖と先端についている輪っかはなんだろう。考えたくない。


 ていうか、天上にもやけに頑丈そうなフックがふたつぶら下がっているんだが。まさかあそこに引っ掛けるの? え、何を? 考えたくない。


 それと、壁にはなにかを固定できるフックが付いていた。多分スマホをかちっとはめるアレだと思うけど、まさか撮影か。撮影するのか。いや何をだ。


「は、ははは……」


 俺は笑うしかなかった。いくらゲイカップル歓迎だって言っても、これって監禁プレイとか緊縛とかするアレじゃないか。俺はゲイではあるがそっちは至ってノーマルなんだ。ていうか殆ど経験ないし、いや、まじで勘弁してくれよ。


 何も言わず部屋を見回している恋人の横顔を、チラリと拝む。


 なんと、広は顔を赤らめながら微笑んでいるじゃないか。そして俺の視線に気が付くと、俺の肩を力強く抱き寄せる。異様な力の込め具合に、冷や汗をかいた。


 広が、不動産のお姉さんに尋ねる。


「あの枷の鍵はありますか?」

「お、おい、お前何を聞いて、」


 俺がぎょっとしているのも構わずに、お姉さんは喜々として答えた。


「はい! ちゃんとスペアもありますのでご安心下さい!」


 おい、なんでそんな嬉しそうなんだ。


「それはよかった」

「いやよくね……むぐっ」


 広が笑顔のまま、俺の口を手で押さえた。


「契約します。いつから越して来られますか?」

「むぐっ! むぐぐっ!?」


 おい! 俺の意見は!?


「即日入居可です! では早速契約を!」

「はい!」

「むぐううう!(俺の話を聞けー!)」


 こうして俺は、監禁プレイも楽しめちゃう防音仕様のラブホのような家に広と住むことになった。


 広は念願だった俺との生活を、それはそれは楽しんでいるようだ。毎日肌艶がよくて結構なこった。


 俺?


 ……毎日寝不足で辛いけど、愛されている実感はすごいあるよ。


 広がいつも調子に乗り過ぎて、俺の有給日数の目減りが半端ないけどな。しかも俺の癖がどんどん広とこの家によって捻じ曲げられているのが恐ろしくて仕方ないが。


 気付かなかった変態設備を発見した時の広の嬉しそうな顔ったら、写真を撮って見せてやりたいくらいだ。


 家の内見は、細部までしっかりと。あと、自分の意見はしっかりと主張すべきだったと、身を持って学んだ俺だった。

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