閑話 ある『精霊』の物語

 ディーネはかわいい!やさしいしいつも遊んでくれる。ディーネの周りにはいつもたくさんの人がいる。みんな笑ってる。みんなで神様にお祈りしてるんだって。

 ルドガーはいっつもやんのかやんのか?って言ってる。ときどきベルに怒られてぶーぶー言ってる。みんな仲良しで楽しいなー。




 ディーネがみんなに名前を付けてくれた。はククルだって。ディーネ大好き!ずっとみんなで仲良くできたらいいなー。




 なんか偉そうなやつがきた。ディーネをお嫁さんにしたいんだって。ディーネがかわいいから。でもあいつはヤなやつだからダメー。ディーネがイヤだって言ったら帰っていった。ざまあみろ!




 あいつら嫌い!ディーネたちをイジメる。街から出て行けだって。ディーネたちは悪くないのに。いい子なのに。ヤなやつ!




 ディーネは優しくしてくれるけどあんまり笑わなくなった。みんなも元気がない。全部あいつのせいだ。むかつく!




 ルドガーとベルが結婚した。子どももできた。ディーネの次にかわいい!今日はディーネもニコニコしてる。かわいい!




 ルドガーがいなくなった。他の人もいっぱいいなくなった。ディーネとベルが泣いてた。他の人もいっぱい泣いてた。あいつら死ねばいいのに!




 あいつが来た。みんなを悪いやつだって言ってる。みんな悪いことなんてしてないのに。ディーネたちを殺すんだって。許せない。ぶっ殺してやる!




 『神様』にダメって言われた。なんで?あいつらだって魔法使ってるじゃん!『神様』なんか大っ嫌い!ディーネは僕が守る!!






「……っ」

「気が付いたかい?」

「……ここは?」

の領域さ。君は暴れすぎちゃったからね。自分の存在も保てなくなるくらいに」

「ディーネは!?」

「大丈夫。彼女は無事だよ。君が救ったんだ」

「良かった」

「まったく……。あれだけダメだって言ったのにさ」

「でもあいつらは……」

「『精霊』は魔法を使うことができない。どんな理由があろうとね。それがこの世界のことわりだ」

「……」

「だけど君はその理を破ったわけだ。とても興味深いけど、罰を与えないわけにはいかないんだ」




 に科せられた罰は二つ。一つ目はとして千年の時を生きること。『精霊』として生きてきた私にとっても千年という時間は決して短くはない。だけどディーネを守ることができたんだ。悔いはない。

 二つ目の罰は『ミルティア教』――ディーネたちが所属する組織のことらしい、に関係するすべての事象に介入しないこと。たとえこの先彼らがどのような道を歩もうとも……。だけど不安はない。ディーネがいるのだから。




 エルフになって分かったことがある。『精霊』は『愛し子』以外の人間に無関心すぎる。かつての私もそうだった。

 ディーネが守ったミルティア教は善人だけの集まりではなかった。ディーネに見つからないように裏で悪事を重ねる者、ディーネを自分の思うように操ろうとする者。いろんな悪人がいた。……しかし私にはどうすることもできない。




 ディーネが亡くなった。今までの思い出がいくつもいくつも蘇って涙が止まらなかった。見かねた『精霊』たちが教えてくれた。彼女はみんなに見守られながら安らかに眠りについたらしい。彼女が幸せに最期の時を迎えられたのなら、これ以上嬉しいことはない。




 ルドガーとベルの子がミルティア教を離れた。ディーネの跡を誰が継ぐかで揉める教会に嫌気が差したようだ。『精霊』が何人かについていったらしい。いずれ彼の血筋から『愛し子』が生まれてくるかもしれない。彼らの未来が笑顔に溢れたものでありますように。




 百年が経った。最近、魔法の楽しさを知った。アイデア次第、工夫次第でできることが劇的に増えるのだ。『精霊』だったときはそもそも行使すら許されなかった魔法だが、いざ使えるようになるとなるほどこれは興味深い。しばらく魔法の研究をしてもいいかもしれない。時間ならたくさんあるのだから。

 ミルティア教は良くも悪くも安定している。ここから真っ当になるとは思えないが、せめて今のままであってほしい。




 四百年が経った。ルドガーとベルの子孫から遂に『愛し子』が生まれた。ルークという名の男の子だそうだ。『精霊』たちが何人も教えに来てくれた。よほど嬉しいのだろう。これまでにも何人か『愛し子』が現れたが、今回の子はその中でも少し特別なようだ。すでに『精霊』ではない私にはもはや分からない感覚だが……。

 ミルティア教は少しずつ規模を大きくしている。人数が増えるたびに組織が腐敗していく。それを見ていることしかできないのが歯痒い。




 ルークが貴族になった。何度か魔法を教えに行った甲斐があるというものだ。仕える先がかつてディーネたちを追い詰めた大国、その流れを汲む国ということで複雑な思いはあるが、あれからずいぶん経った。気にしても仕方がないのだろう。

 ルークから家名を付けてほしいと頼まれたので、彼の先祖でディーネと仲の良かった二人の名前を組み合わせたものを贈った。今はもう私たちしか覚えていない二人の名がずっと続くように。






 八百年が経った。はもはやミルティア教を見ることをやめてしもうた。奴らは勢力を伸ばして国を興すまでになった。じゃが、あれはディーネが守ろうとしたものとは全く違うものじゃ。民の不安を煽り、弱みに付け込み、搾取する。

 以前はどうにかしてやつらを止められんものかといろいろと試しておったが、結局何もできんかった。ミルティアに近い者に接触しようとすると体が動かなくなるんじゃ。これが『神』が言うておったミルティアへの介入ができんということじゃろう。

 儂には誰かがやつらを止めてくれることを願うことしかできんのか……。




 もうすぐ千年が経とうかというころ、【未来視】を習得することができた。未来の光景を見ることができる魔法。ミルティアから目を背けるために魔法の研究に没頭した結果じゃが、【未来視】で視た光景には絶望しかなかった。

 ディーネと似た容姿の少女が、ディーネの友人二人の血をひくあの子が、ディーネが守ったミルティアによって殺される。そんなことが起こっていいはずがない……!




 思いつく限りの方法で未来を変えようと動いた。教会の人間はもちろん、ルークの子孫に未来でミルティアを打ち倒す少年やその仲間たち、教会に失望した元聖女候補、妹を人質にされ死ぬまで戦わされる少年、実の親への復讐心を利用される少年、さらには少女の一家をミルティアに売った商売敵にギルドの者たち。

 それ以外にも少女と接点を持てそうな人間たちに接触しようとしたが、肝心な部分を伝えることは叶わなんだ。それ以外の未来は多少なりとも変えることができるのに、少女が殺されるという運命だけはどうしても変えることができなんだ。

 誰でもいい。あの子を救ってやってくれ……!






「やぁやぁ、久しぶりだね」

「……『神』か」

「あれから千年経ったわけだけど、定命の者としての生を楽しむことはできたかな?」

「……あの子を救いに行ってはダメか?」

「ダメだね」

「……っ」

「この世界にはいくつか決まっていることがあってね?あの子の死もその一つなんだ」

「そんなこと――」

「だけどさ。ってつまらないと思わないかい?」

「む?」

「あぁそうそう。君にご褒美を上げないとね」

「褒美……?何のじゃ?」

「見事に『理』を破って僕を楽しませてくれたご褒美だ。何でもとはいかないけどね」

「あの子を救いたい。それ以外に望むものなどない」

「まぁ、そうだよね。だけど君が動くのはダメ。君が動くとその時点で未来が決まっちゃうからね」

「……」

「未来は自由であるべき。僕はそう思うんだよ」

「……っ」

「僕に出来るのはチャンスをあげることだけだ」

「チャンス?」

「ここに十人分の魂と十人分の器がある。それぞれひとつを選んでくれるかい?」

「……何のために?」

に異分子を放り込むんだよ。送りこんだ異分子がどう動くかは僕にも分からない。あの子だって助かるかもしれないけど、助からないかもしれない。すべては異分子次第だ。どうだい?乗る?乗らない?」

「乗ろう……!」

「うん、じゃあ決まり。さぁ、魂と器を選んでね」


 ごく僅かな可能性じゃが、それでも可能性があるだけマシじゃ。




 十の魂は十代から六十代までの男女。全員に大なり小なりこの世界の、それも未来の知識があることには驚かされた。これならもしかしたらあの子を救えるかもしれん……!

 有力なのは二十代の男と四十代の男、そして三十代の女。いずれも未来の知識が豊富な三人じゃ。

 あとは人柄じゃが……。む、四十代の男はマズい。幼い少女に性的に興奮するタイプじゃ。こんな危険な者をセイラの傍に近寄らせるわけにはいかん!む、三十代の女もダメじゃ。男同士のアレやコレしか頭にない。とんでもないものを見てしもうた……!

 そうなると二十代の男が無難かのぉ。人格にも性癖にも問題はない。人当たりも良く、正義感も強そうな好青年じゃ。魂はこの者に決まりじゃな。


 次は器か。いずれも以前儂が接触しようとした者たちじゃな。魂が男なのじゃ、器も男が良かろう。となるとミルティアを打ち倒す少年が……いや、あの少年がミルティアと関わるのを待っていたのでは間に合わん。

 早い段階であの子との接点を持てそうなのは妹を人質にされる少年か家を追放された少年のふたりか。妹を人質にされる少年じゃと妹とセイラの両方を救うことになる。些か厳しかろうな。

 となると追放された少年かのう。魔法も使い勝手のいい地属性と戦闘での火力も期待できる爆発属性。しかも不意打ちとはいえ『剣聖』を殺すだけのポテンシャルがあるわけじゃからな。




 魂は二十代の男、器は家族を殺す少年。うーむ。手堅いところを選んだつもりじゃが、果たしてこれでセイラを救えるのか不安は残るのぉ。

 まず正義感の強い男が爆発魔法を遠慮なく使うことができるかの?それに未来に詳しいせいで無意識に行動が縛られるやもしれんし、セイラと出会う前に厄介ごとに巻き込まれるかもしれん。……こやつはナシじゃな。


 となると、じゃ。この三十代の男はどうかの。未来の知識もほどほどで他人にさほど興味がない。そのくせ子ども好きというのも都合がいい。チョロいのが心配ではあるが、積極的に他人に関わらんのであれば特に問題あるまい。対人スキルが低いせいで、おなごと深い仲になるようなこともそうそうなさそうじゃしな。

 器はさっきの少年でいいじゃろう。この三十代の男はなにかと雑な性格なようじゃから爆発魔法で派手にやらかしてくれそうなところも良い。


 少し思い切った選択やも知れぬが儂にはもう祈るよりほかにない。頼む、セイラを救ってくれ……!




「へぇ……。意外な組み合わせだね?」

「未来を変えるんじゃ。普通にやっておってはいかんと思っての」

「なるほどねー。それじゃあサービスで人を殺せるように耐性を付けてあげよう」

「む、なぜじゃ?」

「彼に限らずあの十人は荒事とは無縁の人生を送っていたからね。いざというときに躊躇してあっさり死なれても困るだろ?」

「なるほどのぅ」

「サービスはこれだけだよ。あとのことは自分で何とかしてもらわないとね」






「まったく……。困るんだよねー、そういうの」

「……」

「本人と接触するのはズルくないかな?」

「じゃが――」

「今回は彼の行動に影響が出なかったから大目に見るけどさ。だけど今後は僕が許すまで接触は禁止だからね?」


 せっかくメルニエに行くのを断念したと思ったのに、“ハーテリアを西に抜ける”などと言っておったから思わず声をかけてしまった。気づかれないように注意したつもりなんじゃがバレてしもうたか。いや、当然か。これでもれっきとした『神』じゃからのぉ。

 それにしてもまさか五年も引き籠るとは思わんかった。その間にかなり魔法を鍛えたようじゃが。あの妙な魔法が血や死体を見んためとはのぉ……。言われてみれば、たしかにそこまでは考えておらんかった。






「あははははは!!!」

「えぇ……」

「いやー、最初は全然動かなくてつまんなかったけど、動き出してからは凄かったねー。とくに城と神殿を吹き飛ばしたところは傑作だったよ!!たーまやーだっけ?なんで本人が一番焦ってるのさ。ひー、お腹痛い!」

「……」

「君ももっと喜びなよ。あそこからセイラを救ってくれたんだ。君の念願が叶ったんだよ?」

「それはそうなんじゃが……」


 なんじゃあやつは?ずーっとのんびりしておったくせに、身内にちょっかいを出された途端に一気に動きおった。儂はこのまま動かんのではないかと気が気ではなかったのに……。

 しかも城と神殿を爆破するなぞ……。いや、たしかにスカッとはしたが。……たーまやーか。儂も覚えておこう。


 ルークの子孫も元気そうじゃな。特に神殿に行った倅の方はルドガーによく似ておる。何かと雑なところが特に。あれは確実に『精霊』におもちゃにされるタイプじゃな。

 なんにせよ、セイラを救い出すことができた。これで――。


「まだだよ?」

「なんじゃと!?」

「あの子、というよりも【精霊眼】か。あれを狙うやつはまだいるからねー」






「いやー、今回は少し大人しかったけど、スタンピードはなかなか面白かったね」

「……」

「あれ?どうしたんだい?」

「いや、妙に手馴れておるというか、やることがいちいちえげつないというか……」

「あー、たしかにね。まぁ、腐ってもアーライトってことじゃないかな。僕は面白ければなんでもいいけどねー」


 この『神』は相変わらずじゃのう……。

 じゃが、セイラを泣かした不届き者を仕留めたのはワシも胸のすく思いがした。いくら精神をいじられていたとはいえ、やっていいことと悪いことがある。グッジョブじゃ!






「あははははは!!いやー、今回も派手にやったねぇ!!やっぱり彼は面白いねー。あんなやり方でミルティアを潰すなんて。ククル、気分はどうだい?君をモチーフにした魔法がミルティアにとどめを刺したんだ」

は……?」

「あれかい?あれは僕からのサービスだよ。ここまで僕を楽しませてくれたお礼。それに面白そうだったから僕も見てみたかったしねー。あ、君ももう会いに行っても大丈夫だよ?」

「良いのか?」

「ほんとは少し早いんだけどね。だけどもうミルティアに先はないからね。もういいかなーって」

「それでは行ってくる」

「うんうん、いってらー」


 『神』の許しを得てセイラを守った彼の背後に【転移】する。我ながらこういういたずらが好きなところは『精霊』だったころと変わらんな。

 それにしてもまさかあのようなやり方でミルティシアを破壊するとはのぉ……。






「たーまやーとかーぎやーだっけ?いやぁ、僕、気に入っちゃったよ。ちょっと爆発属性の人間を増やしちゃおっかなー」

「……」

「さて……。君はこれからどうするのかな?」

「と言うと?」

「『精霊』に戻るか、エルフとして生きていくか。好きな方を選んでよ」

「それは……」

「まぁ、すぐに決めなくてもいいよ。ミルティアは消えたんだ。もう君には何の制約もないからね」


 それならしばらくはセイラの様子を見守ろうかの。魔法も教えてやりたいしのぉ……。

 そうじゃ、その前にあの鹿が余計な真似をせんように釘を刺しておかねばの。




「――何者だっ!」

「儂じゃよ、『剣聖』殿」

「っ、その耳……。『賢者』か。何をしに来た!」

「なに、ちょっとした忠告にの」

「……忠告だと?」

「うむ、マインやその周りの人間に手を出さんように」

「何故、貴様があの無能に肩入れする!」

「……それをお前さんに話す必要があるかの?」

「……っ」

「手出しをすればお前さんもアルテリアも儂の敵じゃ」

「……既に殿下とも約束している。私から手を出すことはない」

「うむ、それなら良いのじゃ。儂も手荒な真似はしたくないからのぉ」

「チッ」

「ではの」


 完全には納得しておらんようじゃが問題はあるまい。妙な真似をすれば儂も容赦はせんからの。


「さて、野暮用も済んだことじゃ。セイラのところに遊びに行くかの」


 儂も新たな【花火】を考案したからな。あの子らも喜んでくれるじゃろうて。




「やり過ぎです」

「じゃが――」

「「ククルおじいちゃん、ダメだよ!」」

「くくじーじ、だめだよっ!」

「セイラ、リエラ、トール、ワシは三人が喜んでくれると思って」

「ダメです」

「「ダメ!」」

「だめっ!」

[[[ククル、怒られてやんのー]]]

[[[かっこわるー]]]

「ぐぬぬ」


 なにがいかんのじゃ。ちょーっと【たーまやー】しただけではないか。……それにしても怒っとる三人もかわいいのぉ。

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