最終話 グッバイミルティア

 その日、ミルティア教会の総本山ミルティシアの広場では、『最後の聖戦』に挑むための儀式が行われていた。

 大国の王城に勝るとも劣らないほどの規模の大神殿。その前に設けられた舞台に教皇アングレウムや今代の聖女アンジェラ、そして残る枢機卿らが勢揃いし、『最後の聖戦』に向けて信徒たちに神酒を振る舞う。


 『最後の聖戦』――。この地に追い詰められた『ミルティアの巫女』たちが天から舞い降りた神の使いによって救われたという千年前の伝説。

 アルテリア王国の『剣聖』ブレイド・アーライトとハーテリア王国の『守護者』ルクス・オブレイン。大陸でも屈指の実力者二人に率いられた連合軍は破竹の勢いで進軍し、遂にミルティシアの目前にまで迫っていた。

 ――千年前に信仰を奪おうとした者たちのように。


 教皇アングレウムはこの戦いを『巫女』の伝説になぞらえて信徒たちを鼓舞していた。

 ここに集う信徒たちは皆、ミルティア教のためなら命を懸けることを厭わない者たちばかり。彼らの顔には怖れも悲壮感もない。神の助けを信じ、ただ神のために戦うのみ。


 そんな中、ふと空を見上げた一人の信徒が異変に気付いた――。



「なっ!?あれは……!!」


『む……?おぉ……!!おおおおおぉぉぉぉぉ!!!!』


「「「あぁ……!神よ!!」」」


 彼らの目に映ったのは大神殿の上空から舞い降りる巨大な天使。全身に金色の鎧を纏い、背には二対の白く巨大な翼、右の手にはその巨体よりもさらに長大な剣を携える。ミルティアに関わる者であれば、その名を知らぬ者はないだろう。

 戦天使サンククル――ミルティアの敵を討つ神の剣。


 雲の合間から光とともに舞い降りるその神々しい姿はまさしく伝説そのもの。ミルティシアにいるすべての者が半狂乱で喜んだ。


『見よ、信徒たちよ!あれこそが我らがミルティア神の剣、戦天使サンククル様だ!』


「「「わあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」


『ミルティア神が我らを救うために、かのお方を降臨させてくださったのだ!!』


「「「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」


『それはつまり!聖女アンジェラが神に認められ、『巫女』となったということ!!もはや連合軍など恐るるに足りず!!!』


「「「恐るるに足りず!!!」」」


『ミルティアの敵に滅びを!神の敵に絶望を!!』


「「「ミルティアの敵に滅びを!!!神の敵に絶望を!!!」」」


 連合軍に追い詰められたミルティア教国にとってはまさに天の助け。サンククルは教皇の声に、信徒たちの声に、そして新たな『巫女』の声に応えるようにその巨大な剣を天に掲げ――。


『おぉ、見よ!サンククル様が我らの声に――』




 ――大神殿目掛けて振り下ろした。


『……………………は?』


「「「………………………………え?」」」


 サンククルの振り下ろした巨剣は大神殿を見事に両断する。


『な、なにを……』


「「「どうして……」」」


 突然の事態に呆然とする教皇たちを一顧だにせず、天使は神殿を真っ二つにしたその巨剣を再び天に掲げた。剣身が一際強い光に包まれると、今度は無数の光の雨が二つに分かたれた神殿に降り注いだ。


『やめろおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!』


 教皇の願いも虚しく、降り注ぐ光の雨は神殿を打ち砕いていく。その光景を信徒たちはただ見ていることしかできなかった。




「そんな……。大神殿が……」

「神は我らを見捨てたのか……?」


 もはや原形を留めない神殿。その傍まで舞い降りたサンククルは、今度は巨剣を逆手に持ち、神殿の跡に深々と突き立てた。


『や、やめ――』


 同時に広場は目も眩むような光と轟音、そして大きな揺れに包まれた。




『やめろ……。やめてくれ……』

「「「………………………………」」」


 全てが終わった後に残ったのは、巨大なクレーターと呆然とする教皇や信徒たちだけ――戦天使サンククルの姿はもはやそこにはなかった。








「たーまやー!」

[[[たーまやー!!]]]

[[[かーぎやー!!]]]


「いやー、やっちゃいましたねー」

[[[すっきりした!!]]]

[[[楽しかったー!]]]

[[[ざまあみろ!]]]


 大神殿から少し離れた民家の屋根で『精霊』たちと笑い合う。今回は俺もかなり頑張ったし、『精霊』たちにも頑張ってもらった。というか君たち、いつもより多くない?


[[[みんな呼んだ!]]]

[[[お祭りだー!!]]]

「お、おぅ……」




 ミルティシアの上空から降りてきた戦天使サンククル。あれはシルフィエッタに見せてもらったサンククルの絵に似せて、俺が魔法で作ったバカでかい人形ハリボテ。神殿を壊すために剣だけはちゃんと作ったけどね。

 俺の記憶が怪しかった部分はマイン君の指摘で微修正した。それを『精霊』たちが神々しく演出してくれたうえに、魔法の維持も手伝ってくれたわけだ。つまり製作俺、監修マイン君、演出『精霊』たち。

 光の雨も【レイン・バレット】を精霊たちがああいう感じに演出してくれたもの。この【バレット】にはすべて爆発魔法を仕込んでいて、最後に全部まとめて【たーまやー】したわけだ。


 最近、あんまりたーまやーしてなかったからね。この機に思いっきりやってもらった。

 さすがに『精霊』がそこまでやったらマズくない?怒られない?って聞いたら、なんか大丈夫だったって。よく分からないけど今回はセーフ判定らしい。割と緩いんだな。いや、俺としてはめちゃくちゃ助かったから文句はないんだけどさ。




『落ち着け!落ち着くのだ!!!』


 教皇や枢機卿たちは必死に偽物だのなんだのといってるけど、泣き喚く信徒たちの耳には届かないみたい。まぁ、教皇自身が“あれこそがサンククル様だー”って言っちゃったからね。信徒たちにしたら、自分たちが信仰していた神から神敵と見做されたも同然の状況。教皇が何を言おうが無駄だろうね。聖女もヒステリックに喚いてるだけだし。

 それにしても他の観客を盛り上げてくれるなんて、とても素晴らしいお客さんだったよ。ありがとう、教皇。




「それじゃあ帰ろっか。さすがに疲れたわ」

[[[おー!]]]

[[[お嬢が待ってる!]]]

「それでは儂が『愛し子』の元まで送ってしんぜようかの」

「――っ!?『賢者』!?」

[[[あー、だ!]]]

[[[久しぶりー]]]

「久しいの、マイン。それにも」


 いつの間にか背後にいたのは『賢者』エルク・マルククル。またかよ。心臓に悪いからマジでやめてほしいんだけど。てか、なんでここにいるのよ。しかも当たり前のように『精霊』と話しちゃってさ。


「それにしても派手にやったのぉ……」

「マズかったですかね?」

「いや、儂がどうこう言うことではないからの」

「ふぅ……、怒られるかと思った。でもどうしてここに?」

「……ん、それは……」

[[[ディーネに会いに来たの?]]]

「……まぁ、そんなところじゃ」

「……」


 ……あれ?もしかしてお墓とかあった?……神殿ぶっ壊しちゃったけどマズかったかな?


「心配はいらん。あの子が眠っておるのは別の場所じゃ」


 セーフ!!めちゃくちゃ焦ったわ。


「……」


 『賢者』はしばらく無言で大神殿の跡地を眺めていた。懐かしさと、あと今のミルティアに対していろいろと思うところがあるんだろうね。たぶん『巫女』たちが守ったかつてのミルティア教とは全くの別物になってるだろうし。

 





「さぁ、ついたぞ」

「ありがとうございました」

「あっ、お兄ちゃんだ!」

「兄さま!?」

「にーたんだっ!」

「マイン君!?」

「おっと」

[[[わーい!!]]]


 『賢者』の【転移】でオルティアの辺境伯邸の庭に戻ってきた。急に現れた俺たちにびっくりしてたけど、俺だと分かった途端飛びついてくるセイラとリエラ嬢、それにトール君。奥様たちとお茶してたみたい。てか、なんでこの場所が分かったんだよ。……『賢者』だからか。


「「おかえりなさい!」」

「おかりー」

「ただいま」

[[ただいまー!]]

[[お嬢、頑張ったよー!!]]

[[ほめてー!]]


 んー、三人ともかわいいなぁ……。


「……」

「お兄ちゃん、このおじいちゃんはだあれ?」

「『賢者』様だよ」

「「「『賢者』様!?」」」


 そりゃビックリするよね。めちゃくちゃ有名人だもんね。


「『賢者』様、お初にお目にかかります――」

「あぁ、よいよい。儂はマインを送ってきただけじゃからな」


 挨拶しようとする奥様を制して、セイラの顔をじっと見る『賢者』。よっぽど似てるんだろうね。『精霊』たちが茶化さないってことは当時いろいろとあったんだろうなぁ……。


「……ふふっ、あの子によう似とる」

「???」

[[[だろー?]]]

[[[いい子だぞ!]]]

「……そうか。では儂はもう行こうかの」

「ありがとうございました」

「「「さようなら!」」」

[[[じゃーなー!]]]

[[[ばいばーい!]]]

「うむ。息災での」


 『賢者』は柔らかく笑ってからセイラの頭を撫でて【転移】で去って――。


「あぁ、最後に一つ」

「――うぉっ!びっくりした」


 またかよ!なんで後ろに出てくるんだよ。いい感じで帰って行ったから油断してたわ。


「ふふっ」

[[[ぷぷー]]]

[[[引っかかってやんのー]]]

「うっさいぞ」

[[[ぶーぶー]]]

「……えーっと、なんでしょう?」

「一つ聞き忘れておったことがあっての。お前さん、は楽しいか?」

「……っ、はい、楽しくやってます」

「そうか。それはなによりじゃ」

「あ、でも……」

「ん?」

「どうせならグロ耐性もつけてほしかったなーって」

「あぁ、一つだけしか付けられんかったんじゃ。すまんの」

「あー、それなら仕方ないですね」

「うむ。……では今度こそ行くとしよう」

「はい、お元気で」

「うむ」


 最後にそれだけ言って、今度こそ『賢者』は去って行った。俺をこっちに寄越したの、やっぱりあんただったのか。そんなことができるのなんて『神』か『賢者』くらいだからね。アルテリアで俺の前に現れた理由も謎だったし。

 結局、なんで俺で、なんでマイン君だったのかは分かんないままだけどね。聞いても答えてくれそうにないし。ま、いろいろスッキリしてよかったよ。






 あの後、ミルティシアを包囲した連合軍はミルティア教国に対して降伏を促したらしい。だけど何の反応もなかったみたいで、やむなく城門を破ってミルティシアに突入。しかし、城門でも街中でも目立った反撃はなく、そのまま広場に到達したんだって。そこで連合軍が目にしたのは、泣き喚きながら神に許しを請う信徒たちの姿だったらしい。

 教皇や枢機卿たちごく少数の人間は抵抗したようだけど、辺境伯と『剣聖』たちで一蹴したんだって。なんだかんだで『剣聖』も強いんだよなぁ。それとタメを張るうちの辺境伯も相当ヤバいけどね。

 あ、そうそう。辺境伯に聞いたんだけど、『剣聖』は髭を剃っていたらしい。効いててウケる。




 まぁ、そんなこんなでミルティアもぶっ潰せたし、ひとまず俺や俺の周りの人たちの安全は確保できたかな。『剣聖』とカインにも一発入れることができたし、当面の目標は全部達成できたはず。

 だいぶ遠回りした気もするけど、これでようやく普通に生きて行けると思う。とりあえずセイラが学園を卒業するまでは用務員をやったり、花火職人をやったりしようかな。

 そのあとはセイラとその時の気分次第かな。ずっと王都にいてもいいし、オブレイン領に戻ってもいい。俺にもセイラにももう死亡フラグはないはずだからね。ここからは自由に楽しく生きていける。まぁ、ちょっかいを出してくる馬鹿がいれば全力でぶっ潰すけどね。

 めちゃくちゃすごい助っ人もできたことだし。




「お兄ちゃん、ククルおじいちゃんがすっごいたーまやーしてくれるんだって!」

「えぇ……、なんか嫌な予感しかしないんだけど?」

「兄さま、一緒に見ましょう?」

「にーたん、いっしょにみよ」

「はいはい、今行くから」


 あれから『賢者』は頻繁に辺境伯邸に顔を出すようになった。あの人、セイラのこと好き過ぎだろ。それにリエラ嬢やトール君のことも。

 まぁ、この人がいれば大抵のことは何とかなるから、そういう意味では安心なんだけどさ。




「ふっふっふ。見よっ!これが儂のたーまやーじゃ!!」


「「「たーまやー!!」」」

[[[たーまやー!]]]

[[[かーぎやー!]]]


「え、ちょ、やりすぎ!!」


 ……この人、大丈夫かな?

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