第三話 開戦

 年の瀬が近付いたころ、辺境伯から話があるということで呼び出しを受けた。オルティアに戻る話かと思ったけど、少し表情が硬いから他にも何かありそうだね。


「年が変わったらオルティアに戻ることになった。アルトは学園があるから王都に残るが、アイナとトールも一緒に帰る予定だ」

「あれ?お嬢様は?」

「それを今悩んでいてね。私としてはリエラも一緒にオルティアに戻ってもらいたいんだけど、魔法の鍛錬のことを考えれば王都にいた方がいいとも思う。近いうちにリエラの希望を聞いたうえで判断するつもりだ」


 たしかに王都にはサーシャさんにルミナと光魔法のスペシャリストが二人もいるからなぁ……。辺境伯はリエラ嬢が学園に入学するまでは一緒にいたいみたいだけどね。


「マインとセイラもどうするか考えておいてほしい。学園の仕事を続けてもいいし、オルティアで活動しても大丈夫だ。うちとしてはどちらでも助かるから、こちらに気を遣わなくていいからね」

「分かりました。ありがとうございます。セイラと相談してみます」


 こういう配慮はありがたいね。さて、セイラはどっちがいいんだろうね。リエラ嬢と同じく魔法のことを考えれば王都だけど。こっちならベルガルドの人たちもいるしね。




「それでこっちが本題なんだが、二週間ほど前にミルティア教国がミシネラ連邦に攻め込んだ」

「うわぁ……」

「とはいえ、まったくの想定外というわけでもないんだ。今を逃すと当分は動けないだろうからな」

「ハーテリアが自由に動けるようになる前にってことですか?」

「あぁ。もともとはハーテリアやアルミラを隠れ蓑に勢力を伸ばすつもりだったんだろうが、もはやこちらでの影響力は皆無だからな。こちらが動き辛い間にうちやアルテリアに対抗できるだけの力をつけておきたいんだろう」


 ミシネラ連邦はミルティアの北側にある都市国家連合。以前はそれぞれの都市が独立していたけど、ミルティアの伸長に危機感を持った南部の都市が連携を呼びかけて今の形になったらしい。連邦議会というのを通して国としての意思決定が行われるんだって。

 とはいえ、もともと別の勢力だったこともあって内側ではいろいろとあるらしい。まぁ、常にミルティアからちょっかいをかけられている南部の都市とミルティアから遠く離れた北部の都市で温度差があるのは仕方ないもんな。他にも露骨にミルティアにすり寄ろうとしてる都市もあるみたいで、かなりごちゃごちゃしているんだって。

 その隙を突かれてジワジワとミルティアの浸食を許していたんだけど、遂に本格的な攻勢が始まったらしい。ハーテリアはまだ国内を立て直している最中だからね。こちらの態勢が整う前にってことだろう。教国めんどくさ。


「ミシネラは勝てるんですか?」

「単独ではまず無理だろうな。そもそも一つにまとまれるかどうかも分からないからね。遠からずアルテリアに援軍を要請することになるだろうが……」

「間に合うか微妙ってことですか?」

「あぁ。ミルティア寄りの首長たちは決定を遅らせるために動くだろうし、決定しても援軍の到着を遅らせるための工作をする可能性もある。援軍が到着するころには南部の都市の多くが落とされているだろうな」

「うわぁ……」


 援軍要請がないとアルテリアも動けないからね。こういう時にトップダウンで物事を決められない国家体制は何かと後手に回りがちだよな。まぁ、連邦の成り立ちを考えれば致し方ないんだろうけどさ。それにハーテリアの前国王みたいなやつがトップにつく可能性を考えると、一概にダメとは言い切れないんだよなぁ。


 それにしてもミルティアの目的って何なんだろうね?単純に自分たちの権力や影響力を強めたいのか、或いは別に目的があるのか。

 少なくとも俺がプレイした範囲では“神に選ばれたミルティアこそがこの大陸を統べる”みたいな感じだったけど、他のルートでもそうだったかは分かんないしな。今さら魔王やら世界の終焉やら言い出すのは勘弁してほしいけどね。


「ミルティアって勢力を伸ばして何がしたいんでしょうね?」

「ふむ……。はっきりとしたことは分からない。ただ、あれだけ裏で動いているんだ。ロクなことではないだろう」


 それはたしかにね。これまで連中がやってたのは洗脳して裏から操ろうとしたり、自分たちに不都合な相手の抹殺、地下での実験等々ロクでもないことばっかりだもんな。原作ではスタンピードを起こしたりもしてたし。

 魔王なり災厄なりに備えるつもりならもっと穏便に味方を増やす方法があるわけで。これまでに捕らえた連中も“我らは神に選ばれたのだ”みたいなことしか言ってなかったみたいだしね。




 教国のことは考えても分からないから、今後についてセイラと相談する。こっちの方がずっと大事だしね。


「セイラは王都とオルティア、どっちがいいかな?」

「お兄ちゃんはどっちがいいの?」

「うーん、王都かなぁ……。用務員の仕事も花火の仕事も楽しいしね」


 セイラのことを抜きにしても現時点では王都かな。今の生活には満足してるしね。あと王都の方がいろんな情報が来るのが早そうかなって。オルティアは辺境伯にフェンフィール氏、ヘンリックさんがいればどうとでもなりそうだしね。


「それじゃあ私も王都がいい!」

「いいの?」

「うんっ!」


 抱き着いてくるセイラを抱きしめて頭を撫でてやる。


「えへへ」

[[[ぐぬぬ]]]


 なにこの可愛い生き物。天使かな?いや、こっちの天使は大軍を蹂躙したやべーやつだっけ?そういえば天使ってサンククル一体だけなのかな?まぁ、その辺は今度ルミナに聞けばいいか。

 というか、『精霊』たちもぐぬぬしてないで混ざっちゃえばいいのにね。


[[[その手があったか!]]]






「『剣聖』が?」

「あぁ、援軍としてミシネラに向かったそうだ」


 辺境伯に王都に残ると伝えに来たら、ミルティアとミシネラに関する新情報が入っていた。めちゃくちゃ動きが早いな。侵攻の話を聞いてからまだ半月くらいだよ?


「早いですね?」

「どうやらいくつかの都市が連邦議会を通さずに救援要請を送ったらしい」

「え?そんなことやって大丈夫なんですか?」


 ミルティア贔屓の都市は彼らを強く非難したみたいだけど、既に『剣聖』が動き始めていたせいで今更取り消すわけにもいかず……、ってことで後からペナルティーを負うことで落ち着いたんだって。

 アーライト家は昔から戦いが大好きなようで、こういう時の動きはめちゃくちゃ速いらしい。今回もミルティア侵攻の報が入った時点で早馬を飛ばして遠征の準備をしていたんだって。どんだけ血の気が多いんだよ。


「おそらくすでに前線近くまで行っているだろうな。さすがにまだ参戦はしていないとは思うが、アーライトだからな」

「はっや。……あれ?途中で進軍を妨害されるんじゃ?」

「相手が『剣聖』だからな。そんな命知らずはいないだろう」

「そうなんですか?」

「あの家の者は血の気の多いことで有名でな。軽い妨害ですら命がけになるんだ。歴代の当主の中には些細な諍いが元で他国の貴族を斬り殺した者もいるくらいだからな」

「えぇ……。そんなことやって大丈夫なんですか?」

「普通なら問題になるが、あの家の武功は並外れているからな。多少のことは目溢しされていたんだろう」

「多少とは……」

「まぁ、最近はそういう話も減ったがそれでもアーライトだからな。ミルティアのために彼らと敵対しようという者はまずいないはずだ。アルテリアもそれを見越して『剣聖』を送り込んだんだろう」


 元実家アーライトってそんなにヤバいやつらなのか……。引くわー。でも原作のカインも最初はそういう感じだったな。プライドが高くて喧嘩っ早い。原作では主人公や婚約者とのあれこれやアラニア陥落を経てだいぶまともになったけど。

 そんなアーライトとぶち当たるミルティアざまぁ。どっちも負けろ。


 ……あれ?『剣聖』が不在ってことはマイン君ママのお墓参りに行くチャンスじゃね?ずっと前に約束してたけど未だに行けてなかったからね。鬼の居ぬ間に何とやらだ。


「この戦いってどれくらい続きそうですかね?」

「そうだな……。ミルティア次第ではあるが、最低でも一カ月以上はかかるだろう」

「それじゃあ、ちょっとアラニアに行ってきてもいいですかね?」

「……アラニアに?」

「はい。母の墓参りに行こうかなーって」


 走って行けば一週間くらいで着くでしょ。セイラには悪いけど留守番をしてもらおう。あの家にはまともなやつがいないからね。




「行く!」

「えぇ……」

「行くー!」

[[[わーい!旅行だー!!]]]

「わーい!」

[[[行くぞー!!]]]

「[[おー!]]」

「……まぁいっか」


 王都に残るっていう俺の希望も聞いてもらったことだしね。セイラも王都とオルティアの往復以外で遠出することがなかったから、たまにはのんびり旅行するのもいいかもしれない。

 手を繋いでいれば【魔纏】でセイラも守れるしね。さすがに『剣聖』相手だと厳しいけど、それ以外のモブなら問題ないからね。

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