第六話 原作勢
辺境伯邸を辞去してヘライナの冒険者ギルドに向かう。なにか森に関する情報がないかなーと思って。こないだアラニアに行ったときはそういう気配は全くなかったからね。なんだけど……。
「おらぁ!!」
「――ぐあっ!」
喧嘩の真っ最中ですね。まったく、これだから冒険者は野蛮……。
「カイン、数を揃えりゃあたしに勝てると思ったのか?情けねぇなぁ!」
「……てめぇ、今日こそ吠え面かかせてやるよ!」
「おいおい、この前あたしにボコされたのは忘れちまったのか?はっ、これだから頭アーライトは」
「あぁん!?」
どっちも貴族じゃねーか。冒険者のみんなごめんね?野蛮なのは貴族の方でした。てかなんでカインがここにいるんだよ。もしかして『剣聖』がミシネラに行ったからか?それならなんでここでカルナと喧嘩してるのか分かんないけど。……頭アーライトだからか。
というか、カインがボコられたってことは主人公は負けたのか。こいつになら一周目でも頑張れば勝てるはずなんだけどな。……つまり今のカインは一番めんどくさい時のカインってことか。これは下手に関わらない方が良さそうだな。
カインには取り巻きが五人いるけど、この程度の相手なら加勢は必要なさそうだしな。一人はさっき飛んでいったし。ってことでやっぱりスルーしよう。というか、カルナもなんでここにいるんだろうね。森に行ったんじゃなかったの?
「……っ!?」
ギルド内を見回していると他にも知った顔が……。なんでお前までいるんだよ、主人公。
オロオロしながら喧嘩の様子を見ているのは『アルテリア戦記』の主人公ジーク。銀髪碧眼でスラリと背が高く腰には長剣を佩いている。
その横にいるのは平民ヒロインのシャルと令嬢ヒロインのディアナ、だったっけ?それと友人キャラの……なんだっけ、忘れたわ。まぁ、序盤のパーティーだな。ここからイベントでメンバーが徐々に仲間が増えていく感じ。
ここに主人公やカインがいるってことはいろいろと原作から離れてそうだな。まぁ、ハーテリアやミルティアの動きが全然違うもんな。それでもスタンピードを引き当てるあたりはさすが主人公。
てかカイン君、ボヤボヤしてると主人公にカルナを掻っ攫われちゃうよ?まぁ、本人にその気があるのかは知らないけど。……あ、やべ、そのカルナと目が合ってしまった。
「おっ、マインじゃねーか。ちょっと手ぇ貸せよ」
「……マインだと?」
「嫌ですよ、めんどくさい。あ、ガイアさんから伝言です。向こうではノルドさんの指示に従えって」
「うへぇ、めんどくせぇなぁ」
俺は情報収集に来ただけだからね。乱闘に混ざる気はない。というか俺が手を貸さなくても楽勝だろうに。
「……お前、あの無能なのか?」
「はぁ……。いきなり無能呼ばわりか。カイン、お前変わんないなぁ……」
「やっぱりてめぇか。ハッ!てっきりどこかで野垂れ死にしたと思ってたぜ」
「カインさん、このガキ知り合いですか?」
取り巻き君の中で一番デカいやつにガキ呼ばわりされたんだが?こいつ、不敬罪でぶっ飛ばしてもいいかな?
「ん?あぁ、オヤジがメイドに産ませたガキだ。まともに剣も振れねぇ無能でな。何年も前に追い出された。チビだがこれでも元兄貴だ」
「七歳から閉じ込められて、パンとスープしか食わせてもらえなかったからな。お前んちせこいんだよ」
「「「……っ!?」」」
露骨に馬鹿にしてきたから、聞き耳を立てている冒険者たちにも聞こえるように侯爵家のせこさを披露しておく。せいぜい派手に噂してやってほしい。もちろん好きに盛ってくれてかまわん。
「ちなみに手切れ金は小銀貨十枚な。お前だってせこいと思うだろ?」
「「「……っ!」」」
「てめぇ……」
睨まれてもなぁ……。文句はせこい真似をした『剣聖』に言え。
「おい、聞いたか?小銀貨たったの十枚でガキを追い出したんだってよ」
「あいつの家、侯爵家だろ?」
「そんなに金に困ってるのか?」
「うわぁ……、侯爵家せっこ」
その調子だ、冒険者諸君。おっと、こいつらに構ってる場合じゃなかった。受付で情報を……と思ったらカインが俺の進路を塞いできた。なにニヤついてんだこいつ。
「……どいてくれるかな?」
「通りたければ力尽くでどうぞ?お・に・い――」
「じゃあ遠慮なく」
「は?――ぐぁっ!」
「「「――なっ、若様!?」」」
「おぉ!マイン、やるじゃねぇか!」
「えぇ……、よっわ」
お言葉に甘えて一発殴ってみたら壁まで吹っ飛んでしまった。【身体強化】の強度ミスったかな?……あ、もしかしてマイン君、やっちゃった?あぁいや、全然問題ないよ?息してるからへーきへーき。むしろグッジョブ!
とりあえずこれまでの分はこれで許してやるよ。大勢の前で瞬殺された
「貴様っ、若様に何をする!」
「力尽くでどうぞって言ったのはあいつ。つまり合意の上なの。外野は黙ってろ」
「なんだと!?」
「だいたい、アーライト領でスタンピードが起きそうなときにお前らこんなとこで遊んでていいの?」
「……なんだと?そんな話――」
「本当だぞ。少なくとも
「なっ!?……おい、どういうことだ!?」
「今『剣聖』はいないはずだろ?マズくねぇか?」
スタンピードという言葉に俄かにざわつく冒険者ギルド。まぁ、一大事だからね。それよりも誰かカインを介抱してやれよ。
おっと、連中への説明はカルナに任せて、俺は受付で情報を聞かなきゃな。
「すみません。この辺りで森に異変があったって報告はありますか?」
「そういう報告は上がってきていませんね。それよりもスタンピードというのは本当ですか!?」
少なくともこの辺りではギルドが問題視するような異変はない、と。まぁ、アラニアからは少し離れてるしな。受付のお姉さんと情報交換をしていると二階から誰かが駆け下りてきた。
「緊急依頼だ!アーライト領の森林地帯でスタンピードの兆候あり!Dランク以上は遠征の準備をしろ!!出発は明後日の朝だ!」
あれがここのギルドマスターかな?アッシュグレイの髪のイケオジ。武闘派っぽい感じはしないね。どっちかというと文官みたいなタイプ。
緊急依頼ってのは非常事態が起きたときに一定のランク以上の冒険者を対象に出される特別な依頼で、受けなければペナルティーがあるけど、その分報酬を弾んでくれることが多いんだって。
なんだけども、なんか冒険者たちの士気がヤバいんだけど?いやー、どうしてだろうね?
「気乗りがしねぇなぁ……」
「うん?なんでだ?」
「さっき話してたのが聞こえたんだけどよ。『剣聖』はてめえのガキを無一文で放り出したらしいぜ」
「は?マジかよ?」
「しかも十年間、飯もろくに食わせなかったらしいぜ」
「俺も見たぜ。めちゃくちゃちっさいガキだった。かわいそうになぁ……」
「その坊主にあっさり負けたあのバカが跡取りで大丈夫なのか?」
「報酬も心配だよなぁ……。くっそせこいらしいし」
既にだいぶ話が盛られてんな。てかお前ら、ちっさいとかかわいそうは余計だぞ。あ、冒険者たちの話がカインの取り巻きに聞こえちゃったっぽい。
「貴様ら、なにか文句があるのか!?」
「あぁん?冒険者が報酬の心配して何が悪いんだよ!」
「ちゃんと払えるんだろうな!?」
「なっ、貴様らぁっ!!」
「――ぐぁっ!このガキ、やりやがったな!」
「なめんなぁ!」
あーあー、乱闘になっちゃった。冒険者も気が短いのが多いからね。ギルドマスターが大声で何か言ってるけど全然聞こえてないっぽい。
ジークは、あぁ……、巻き込まれちゃってますね。カルナは楽しそうに暴れてる。あいつは相変わらずだなぁ。
というか、そろそろ誰かカインの介抱してやれよ。
「あの、他に出口あります?」
「……あちらのドアから解体場を抜ければ外に出られますが」
「ありがとうございます」
さっきの受付のお姉さんに聞いたら別の出口を教えてくれた。“マジかよこいつ”みたいな目で見られたけど、俺が喧嘩を吹っ掛けたわけじゃないからね?きっかけの一つであることは否定しないけども。
それにしても解体場かぁ……。まぁ、背に腹は代えられない。目と鼻を塞いで走り抜けるのみ。
さて、ここからどう動こうかね。
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