第五話 ヘルナイア辺境伯

「あれ?何かあった?」

「みんな忙しそう」


 あちこち観光してからオルティアに戻ると領兵の皆さんがバタバタしていた。何かあったっぽいね。報告のついでにヘイルさんに聞いてみようか。


「冒険者ギルドから報告が上がってきてな。森林地帯の一部のエリアで魔物の様子がおかしいらしい」

「魔物が?」

「うむ。森の深いところにいる魔物の姿を見かけるようになったり、小さな動物の姿が減っているようだ」

「それって……」

「うむ、スタンピードの予兆だろうな。ふっ、暇つぶしにはちょうどいい」


 原作であったスタンピードイベントもこんな感じだったな。原作ではアルテリアの辺境が舞台で、ミルティアとハーテリアが改造魔獣を使って森の深部の魔物を誘導して近くの街を襲わせていた。いくつかの村や町が滅ぼされて、その地域の経済の中心だった街まで迫ってきていたけど、たまたま近くにいた主人公パーティーの活躍もあって最悪の事態は避けることができたという展開。

 今回もやっぱりミルティアの仕業なのかね?


「タイミングを考えるとおそらくミルティアが『剣聖』不在の隙を突いてアラニアを狙ったのだろう」

「あぁ。その余波がこっちにも来るわけですか」

「おそらくな。あわよくばハーテリアとアルテリアの関係悪化も期待しとるのやもしれん」


 やっぱりか。教国としてはアーライト軍が戦場から離脱するのを狙ってるんだろうね。原作でマイン君たちがアラニアを落とした時のように。

 けどさぁ……。スタンピードって俺が前にやったんだよね。つまり二番煎じってわけ。パクるのやめてくれるかな?


「そこでお前さんに頼みがあってな。帰って来たばかりですまんが、ヘルナイアに届けてほしいものがある」

「ヘルナイアに?」

「うむ。あそことアーライトはあまり関係が良くないが事が事だからな。それを届けたらあとはお前さんの動いていい」

「……こっちに戻らなくて大丈夫なんですか?」

「今のところ異変があるエリアはごく限られとるしディルもおるからな。それにここで『剣聖』の動きが鈍ってもつまらん」

「分かりました。ありがとうございます」

「セイラのことはダリアが面倒を見てくれる。あれはあの子のことを気に入っとるからな。心配はいらん」


 ヘイルさんの配慮は嬉しいんだけど、レリーナとまだ見ぬ二人の弟妹以外はどうでもいいんだよな。とはいえミルティアの狙い通りになるのも癪だしなぁ……。ま、とりあえず行くだけ行ってからどう動くか決めようか。




「ってことでちょっと出てくるけど、セイラのことよろしくね?」

「お兄ちゃん、レリーナお姉ちゃんを助けてあげてね!」

「もちろん」

[[[いってらー]]]

[[[お嬢のことは任せろー!]]]

「何かあったらすぐに知らせて。すぐに帰ってくるから」

[[[りょーかーい]]]


 優先順位はセイラが上だからね。






「こちらがヘイル・オブレイン前辺境伯からの書簡になります」

「先代の『守護者』からの書簡、か……。厄介事の匂いしかしねぇな」


 二日後、ヘイルさんからの書簡を携えてヘルナイア辺境伯領の領都ヘライナにやってきた。ちょっと前に観光で来たばっかりなんだけどね。屋敷の門兵にヘイルさんからの書簡を見せると、あっという間にヘルナイア辺境伯との面会がセッティングされた。

 二人の男女を伴って応接室に現れたガイア・ヘルナイア辺境伯は原作通りに縦も横もデカい強面のおっさんだった。原作で見たときよりも迫力があるな。

 後ろの二人も原作キャラだね。三人ともやや赤みがかった黒髪で、インテリヤクザ風の長男ノルドにヤンキーっぽい長女カルナ。カルナはカインの婚約者でヒロインの一人でもある。まぁ、脳筋キャラだからヒロインっぽさはあんまりないけどね。


「それを読む前に一ついいか?お前、ブレイドの倅だよな?たしか魔法が得意だっていう」

「……っ、既にあの家との縁は切れております」

「やっぱりか!どことなくあいつに似てると思ったんだ!」

「うわぁ……」


 マジかぁ。知りたくなかった……。あいつの顔なんてチョビ髭以外はぼんやりとしか覚えてねぇよ。チョビ髭の吸引力が強すぎる……!

 なんてショックを受けてるうちにヘルナイア辺境伯は書簡を読み終えたらしい。


「……スタンピードか。こりゃたしかに厄介事だな」

「アラニアからの連絡は?」

「なにもねぇ。てめぇらだけで処理する気なのか、そもそも気付いてもいねぇのか……」

「父上、どうされますか?」

「んなもん魔物をボコればいいだけだろ?」

「……カルナ、少し黙っていろ」

「へぇへぇ」


 カルナは原作通りの脳筋っぷりだな。その分腕っぷしは滅法強いわけだけど。


「援軍は出す。が、すぐに動かすとなると五百が限界だな。俺個人としては『守護者オブレイン』は信用に足るやつらだと思ってるが、これが罠じゃねぇと確信できない以上、ここを空けるわけにはいかねぇ。ハーテリアに備えるのが俺の役目だからな。……ノルド、お前は兵を集めてアラニアに向かえ」

「はっ!」

「あたしは!?」

「カルナは適当に魔物を狩って来い。……あぁ、ノルドの――」

「よっしゃあ、行ってくるぜ!!」

「最後まで聞けよ……」


 カルナが自由過ぎる。ネビル氏より酷い。同じ武闘派でもアイリス嬢とは全く違うタイプだな。あの人はちゃんと考えて動くし。

 それにしても優先順位を間違えないあたりはさすがだな。まぁ、これでアラニアに大軍を送るような間抜けなら国境はとっくの昔にハーテリアに食い破られてるわけで。

 しかもこの人、めちゃくちゃいい人なんだよなぁ。顔は怖いのに。どこぞのチョビ髭とは大違いだ。


「近隣の領主と冒険者ギルドには俺から連絡しておこう。……それでお前はどうする?」

「とりあえずアラニアに行こうかと思っています」

「ブレイドに恨みがあるんじゃねぇのか?」

「恨みはありますけど、レリーナは守ってやろうかなーと」

「レリーナ嬢ちゃんか。あの家のガキとは思えねぇくらいまともな子だな。……お前、冒険者資格は持ってるか?」

「ハーテリアのなら持ってますが?」

「あぁ、それで大丈夫だ」


 そう言うとヘルナイア辺境伯は机に向かって何かを書き始めた。

 やっぱり味方から見てもアーライトの評価ってそういう感じなんだな。これは残る二人の弟妹も心配になってきたな。アーライトに毒されていないことを願うよ。




「おい、これ持ってけ」


 ヘルナイア辺境伯に渡されたのは、ヘルナイア辺境伯からハーテリアの冒険者マインへの依頼書。しかも紋章入りのやつ。内容はヘルナイア軍の支援、という名目で好きに動いていいというもの。期限は今回のスタンピードの終結が確認されるまでだって。

 要は“俺が雇った相手に舐めた真似すんじゃねぇぞ?”ってことらしい。これを見せてもダメなら、ヘルナイアがケツを持つからボコってもいいぞとも言われた。さすがに侯爵家の人間を殺したらマズいみたいだけど。いや、俺だってそこまでする気はないからね?


「これと同じものを『守護者オブレイン』とオルティアの冒険者ギルドに送っておく。この件が落ち着いたら報酬を受け取りに行ってくれ」

「それはありがたいですけど、なんでそこまで……?」

「さっきも言ったように俺は『守護者オブレイン』は信用できると思っている。『剣聖アーライト』よりもずっとな。その『守護者オブレイン』が言うんだ。まず間違いなくスタンピードは起きる。そうなるととにかく戦力が足りねぇ。あそこが落ちるとうちや他の領にも相当な被害が出るはずだからな。それに……」

「それに?」

「てめぇが追い出したガキにてめぇの家族や領地が救われたと知った時のあいつの顔が見てみてぇ」


 ニヤリと笑うおっさん。いい性格してんな。でもその顔めちゃくちゃ怖いからやめといたほうがいいよ?

 まぁ、本音は俺がどれくらい戦えるのか確認しておきたいんだろうな。今後の情勢によってはハーテリアとアルテリアが争うこともあるかもしれないし。もちろん『剣聖』に思うところがあるってのも嘘ではないんだろうけどさ。


 ヘイルさんの話では『アルテリアの双璧』と呼ばれる両家の関係はあまり良くないらしい。アーライトの当主はとにかく戦場で好き勝手に動くようで、そのたびにフォローに回ったり振り回されたりで、いつも割を食っていたのがヘルナイア。そのくせ武功は抜群のアーライトはどんどん増長してきたんだって。そのせいで合同訓練とかでも揉め事が絶えないみたい。

 そんな中でハーテリアとの関係が悪化し、数年前に王家の仲介でカルナとカインが婚約することになったらしい。まぁ、アルテリアとしても国境を守る両家の仲がこれ以上拗れるのは避けたいわな。


 とはいえ、二人の仲はお世辞にも良好とはいえないみたい。まぁ、カルナの性格を考えたら自分よりも弱いくせに偉そうなカインに嫁ぐなんてまっぴらごめんだもんな。だから原作ではヒロイン枠になってたわけだし。

 たしか主人公とカインが決闘して、主人公が勝つとカインが必死で訓練するようになってカルナに認められる。逆に主人公が負けるとカインがさらに増長してカルナとの仲が致命的になる。みたいな感じだった。その第一歩がカインがカルナにボコボコにされるイベント。さて、こっちではどうなってるんだろうね?




「あー、それとだな。もしカルナを見かけたらノルドの指示に従うように伝えてくれるか?」

「了解です」


 この人も苦労してるね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る