第十話 『剣聖』
「――無能、剣を取れ」
メリンの広場の真ん中でこちらに剣を向けて威圧してくるのは懐かしのチョビ髭オヤジ――そう、『剣聖』だ。うん、案の定こうなったね。まぁ、俺も結構煽っちゃったわけだが。
それにしても周りに各国の代表たちがいる中でよくやるよ。さすが頭アーライト。
――なぜこんなことになったか。話は俺がこの広場に来たところまで遡る。十分か十五分くらい前だね。
「あ、あの!もしかしてマインさんじゃありませんか!?」
「そうですけど。……あーっと、どちら様でしたっけ?」
国王や辺境伯とともにメリンに到着した三日後、俺は会談の場となる領主邸までのルートの確認と周囲の安全確保のために領主邸の前にある広場に来ていた。こういうところに魔法を仕込まれると危ないからね。ミルティアのことだから平気でそういうことしてきそうだし。
そんな時に声をかけてきたのがこの女性。黒髪で茶色の眼をした美人さん。年齢は俺と同じくらいかな。まったく見覚えがないんだけどなぁ……。これくらい美人ならそうそう忘れないと思うんだけど。
「私、アリア・サイレインと言います。マインさんにはアルテリア王立学園の入学試験のときに助けていただいて……」
「試験?……あぁ、あの時の!」
「はいっ!」
そういえば
「どうしてここに?」
「それは……」
事の発端は彼女が入学試験を受ける前のこと。彼女の実家は領地の大半が森という辺境の男爵家なんだって。そのせいであまり裕福ではなかったらしいんだけど、あるとき村を襲った魔物との戦いで彼女の父親が大怪我を負った。幸い治療術士がいたことで一命は取り留めたけど、治療費と村の再建の費用で男爵家の財政が逼迫する事態になったんだって。
そんなときに寄親のなんとか伯爵が援助を申し出たらしい。条件は彼女がメイドとして伯爵家に出仕すること。まぁ、メイドと言っても実質愛人みたいな扱いらしいけどね。入学試験を受ける前ってことは十歳かそこらでしょ?ロリコンじゃん。去勢しろよ。
で、その申し出を穏便に断る唯一の方法が王立学園に入学することだったんだって。合格が決まったら外野は手出しができなくなるからね。まぁ、どこぞの侯爵はそれをやろうとして怒られたみたいだけど。
「ですが、緊張のせいで気分が悪くなってしまって……」
そこに声を掛けたのが俺だったらしい。結果、彼女は無事に合格できたんだけど、伯爵からの実家への圧力はその後も続いたんだって。しかもその伯爵は貴族派のある有力貴族と昵懇の仲だったみたいで、卒業後の進路にも口出ししてきたみたい。
「そういうわけで、今は軍で物資の管理などの仕事をしているんです」
「うわぁ、勿体ねぇ……」
どこにでもめんどくさいやつはいるんだな。というか、そんな優秀な人間をこんな仕事に回すとかアルテリア終わってんな。いらないならうちにくれよ。ダメもとで勧誘してみようかな。ハーテリアなら引く手あまただろうし。
「――貴様ら、ここで何をやっている!」
「げっ」
「っ、申し訳ありません!」
そんな話をしているところに現れたのは見覚えのあるチョビ髭野郎。『剣聖』ことアーライト侯爵ですね。思ったほど俺と似てないな。言われてみれば……ってレベル。ガイアさんから似てるって言われてたから心配してたんだよね。これならまぁセーフかな。にしても相変わらず髭が似合ってないな……。
「さっさと持ち場に戻れ!」
「はいっ!マインさん、すみません。私のせいで」
「あぁ、気にしないでください」
「貴様、その紋章はハーテリアの……待て。貴様、無能か?」
気付くなよ。いや、囮役としてはむしろ好都合か。
「貴様、無能の分際でカインに手を出したそうだな」
「……」
「そのうえ我が家の悪評をあれこれと!」
「……」
「おい、無能!聞いているのか!」
「……」
カインのやつ、パパにチクったのか。だっさ。というか、普通お礼が先じゃね?一応、あんたの家族と領地助けたんですけどね?まぁ、素直に礼を言われても気持ち悪いけどさ。
つーか、こいつが大声出すから人が集まって来ちゃったじゃん。辺境伯とフェンフィール氏も来ちゃったし。いやー、こまったなー。どーしよっかなー。
「おいっ!無能、なんとか言え!」
「……おや?もしや私に話しかけておられましたか?それは失礼しました。まさかいきなり他国の方に無能呼ばわりされるとは思っていなかったので」
「……なんだと?」
「申し遅れました。ハーテリア王国で名誉男爵位を賜っておりますマイン・ファイアワークスと申します。以後、お見知りおき……あ、やっぱりお見知りおかなくて結構です」
とりあえず俺がハーテリアの人間だと周知しつつ軽く煽っておく。というか、アルテリアの人たちだと思うけどさ、なにが“また始まったか……”だよ。止める努力ぐらいしろよ、腰抜けどもが。
「……無能の分際で随分と偉くなったものだな?」
「アーライト家を追い出していただいたお陰で、正当に評価してくださる方たちに出会うことができましたので」
「……フッ、貴様のような無能を評価するとは、ハーテリアにはよほど人がいないと見える」
「おや?それは私を評価してくださったアルテリア王立学園に対する中傷ですか?」
「……っ」
「さすが『剣聖』殿。アルテリア王立学園など恐るるに足らずですか。いや、羨ましい」
あれれー?なんかチョビ髭がピクピクしてるよ?あぁ、そういえば怒られたんだっけ?ごめんごめん。
さて、もう一押しかな。
「あぁ、さきほど悪評がどうとか仰っていましたが、私は事実と異なることは一切口にしておりません」
「……なんだと?」
「あぁ、ご安心ください。『剣聖』殿の名誉のためにもここでは申しませんとも」
「……っ」
おおぅ、ピクピク具合が増しましたねぇ……。まぁ、周囲もザワザワしてるしね。“まさか『剣聖』殿は吝嗇家なのか?”とか“噂は本当だったのか……!”とか。
君たち、『剣聖』君の顔が真っ赤になってるからやめて差し上げなさい。
「――無能、剣を取れ」
で、ここに戻ってくるわけ。口で勝てないからって剣を抜いちゃダメでしょ。沸点低いなー。いや、いきなり斬りかかってこないだけマシなのか。誰かに釘を刺されてたかな?
でもまぁ、剣を抜いちゃったわけだしね。もうこれ、やっちゃっていいよね?チラリと辺境伯を見ると頷いてくれた。フェンフィール氏と二人でニヤニヤしながら。
「……聞いているのか?剣を――」
「お断りします」
「フッ、臆したか。所詮無能は無能か」
「いや、俺剣士じゃないんで。相手の苦手な分野で勝って悦に入るタイプですか?『剣聖』が聞いて呆れるわ」
「……っ」
魔法使いに剣を取れって言われてもね?お前は弓を取れって言われて取るんですか?って話だ。まぁ、弓で岩を斬りそうなのが『剣聖』の怖いところだけどね。さすがに弓適性はないだろうからできないはず。できないよね?
「……貴様、無の――」
「さっきからそればっかり。知ってます?そういうのなんとかの一つ覚えって言うんですよ」
「……っ!貴様、この私に向かって無礼な!」
「いやいや、他国の貴族を無能と連呼する方に言われても……」
ほら、周りのおじさんたちも頷いてるよ。その中にアルテリアの紋章を付けた人がチラホラいるのは笑うけど。やっぱ『剣聖』って嫌われてるんだな。
「まぁ、どうしてもって言うなら立ち合ってあげてもいいですよ?こっちが勝負の条件を決めていいならですけど」
「……っ。言ってみろ」
「何でもあり、先に一撃入れたら勝ちってのはどうですか?」
「フッ、良かろう」
おーおー。嬉しそうにしちゃってさ。もう勝ったつもりでいるのかな?
「【魔装】」
広場の中央に移動して【魔装】を発動する。得物はいつものメイス二刀流。審判はその辺にいたおっさん。メルニエの人かな?
「フッ、なんだその構えは?素人ではないか」
『その素人にしつこく勝負を挑んだのはどこのどなたでしたっけ?』
「……」
黙り込むくらいなら最初から煽ってくんなよ。
「双方用意はいいか?」
「無論」
『はい』
「それでは……、はじめ!」
「無能、先手は譲っ――」
『【バレット】』
「――なっ!?」
なんか言ってるのを無視して、『剣聖』の周りに大量の【バレット】を浮かべてゴツンッとぶつけてやる。三十発は入ったんじゃないかな?つまり俺の勝ち。
誰がメイスで戦うなんて言ったよ、間抜け野郎。
『はい、おしまい』
「「「おぉっ!」」」
「「「『剣聖』が負けた!?」」」
「勝負あ――」
「ひ、卑きょ――ぐぁっ!!」
『はい、これで文句ないでしょ?』
納得いかない様子なので、仕方なく顔面に思いっきり拳をぶつける。綺麗に入った一撃で吹っ飛んでいく『剣聖』。今回はメイスも【魔装】に仕込んだ爆発魔法も使ってないから死にはしないでしょ。咄嗟に【身体強化】の出力を上げたみたいだしね。この辺はカインとは違うな。
それにしてもちょっと気が晴れたかな。十年越しの目標がようやく叶ったんだもん。
「貴様!よくもこの私に……」
おっと、『剣聖』の【身体強化】の強度が上がった。鼻は砕いたはずなんだけど、まだやる気みたいだね。
「貴様はここでころ――」
「ブレイドっ!!」
「――ッ!フィデル殿下!?」
「お前の負けだ。無様な真似をするな」
「ですが――」
「なんでもあり、一撃入れれば勝ち。お前もその条件を了承したはずだ」
「しかし、この者は私を侮じょ――」
「これ以上の無様を晒すなと言っている。先に“無能”呼ばわりしたのはその方であろう」
「……っ」
ブチギレ状態の『剣聖』を制止したのはアルテリアの王子かな。一応彼も原作キャラのはず。国王が健在だったこともあって、原作でもあんまり接点がなかったけどね。
まったく、余計な真似してくれちゃってさ。せっかくボコれると思ったのに。まぁ、援軍の主力が他国の貴族に喧嘩を売った挙句に返り討ちにあって戦線離脱しました、なんてことになったら国のメンツが丸潰れだからね。
それにこれ以上『剣聖』の評価を落としたくないっていう思惑もありそう。アルテリアにとっては『剣聖』の存在自体が他への抑止力になってるわけだからね。
負けたのはしょうがないにしても、後からゴチャゴチャ言うなんて貴族としてはダサいにもほどがある。見てた人には“最初の【バレット】”と“殴った時”、“殴った直後”と計三回『剣聖』を殺すチャンスがあったのは分かってるんだよ。
既にギャラリーの中には露骨に『剣聖』の振る舞いをバカにしてる人もいるから手遅れ感は否めないけど、これ以上『剣聖』の評価を落とすわけにはいかないという判断だろうね。
「ブレイドの非は私が詫びよう。ここは引いてくれぬか?」
『無理ですね』
「「「なっ!?」」」
「「「貴様、無礼だぞ!」」」
俺の言葉に殺気立つアルテリア陣営。まぁ、王子が謝罪した上での要請を拒否したわけだからね。だけどこのまま終わらすとかありえないよ?
「……恨みか?」
『それもありますが、アーライト侯は勝負がついたにもかかわらず私を襲おうとしました。ここで引いてあとから襲われた、なんてのはごめんですから』
「ふむ。たしかに貴公の言い分にも一理あるか……」
「「「殿下!?」」」
割と話せる人だな。それに俺のことも知ってるっぽい。まぁ、ヘルナイア辺境伯家やアラニアの戦いに参加した人たちから報告が上がってるか。
さて、今回の落としどころをどうするか。いくら俺でも他国の王族の仲介を無碍にし続けるのがマズいのは分かる。結局どこかで折れるしかないんだよね。問題はそのラインかな。
「そうだな……。ブレイド――いやアーライト家には今後、貴公とその周辺の者に対して危害を加えることを禁ずる。直接間接を問わずな。貴公からの攻撃や過度の挑発があった場合や両国が戦になった場合を除くが。それに加えて慰謝料を支払わせよう。それでどうだ?」
『取り決めを破った場合のペナルティーは?』
「ふむ……。その時は当主の即時隠居。加えてそちらに被害が出た場合にはそれと同等の責を負わせることを約束しよう」
『それならまぁ。あぁ、慰謝料は不要です。その代わり年に一度、アラニアにある母の墓参を許していただければ』
「分かった」
まぁ、妥当なラインかな?できればもう何発かぶち込みたかったんだけどね。しょうがないか。
それにしても俺への謝罪が含まれていないあたり、この王子はちゃんとアーライトのことが分かってるな。あいつが素直に謝罪するわけがないからね。俺もそんなものは求めてないし。
「ブレイド、良いな?」
「しかし――」
「良いな?」
「……っ。はっ」
「ここにいるすべての者が証人だ。私の顔に泥を塗るような真似はしてくれるなよ?」
「はっ……!」
だそうです。めちゃくちゃ不服そうだけど、他国の貴族が大勢証人になってるからね。これでしばらく大人しくしていてほしい。無理かな?無理だろうなぁ……。
「あ……。ずーっと言いたかったことがあるんですけど」
「……先に私に聞かせてくれるか?ここで下手に刺激されても困るからな」
「分かりました。その髭似合ってないですよ?って」
「ぷっ。……オホン。失礼。その件は非常にデリケートな問題だが、私も概ね同じ意見だ。折を見て私から伝えておこう。それで構わないか?」
「大丈夫です。よろしくお願いします」
ほら見ろ。やっぱりみんな似合ってないと思ってんじゃん。
「あぁ、そうだ。私からも一ついいか?」
「なんでしょう?」
「アラニアでのこと、感謝する」
「いえ、あそこには母の墓がありますから」
「そうか」
うーん、まともだな。
「坊主、よくやったぞ!」
「あの『剣聖』に勝つなんて大したもんだ!」
「どうだ、うちの娘を嫁に――」
いろんな人に声を掛けられながら辺境伯とフェンフィール氏のもとに向かう。ミシネラの人が多いから今回の遠征でもなにかやらかしたんだろうな。あとアルテリアの人が何人か無言で肩をポンポンとしてくれた。『剣聖』が嫌われ過ぎてて笑うわ。
「いやー、いいものを見せてもらったよ!」
「見事だったぞ。『剣聖』はどうだった?」
「ありがとうございます。やっぱり強そうでしたね。正面からだと苦労すると思います」
実際、『剣聖』は【身体強化】の練度が半端ないんだよね。今回はルールと相手の油断のおかげで勝てたけど、本気でやり合うとなると相当苦労しそう。負けるとは思わないけどね。
「見事だったぞ!記念に花火を――」
「陛下」
「……ダメか?」
「騒ぎになりますので」
「ぐぬぬ」
国王に報告に行ったら、国王が花火を打ち上げようとして周りの人たちに止められた。いきなりやったら知らない人たちがビックリしちゃうからね。
それにしてもこの人どんだけ花火が好きなのよ。実は『剣聖』はついでで、花火のために俺を連れてきたなんてことはないだろうね?
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