閑話 ハーテリア王国国王クルト・ソル・ハーテリア

「あの者、面白いな」

「……」


 傍に控えるカイルに声をかける。口数は多くないが忠実な騎士だ。私が即位してから常に私に付き従ってくれている。カイルとノリス。この二人は私が最も信頼できる人間と言ってもいいだろう。

 とはいえカイルを取り立てるのには苦労した。前王である父や王太子だった兄を裏切ったからと、私の要請を幾度も固辞した。最終的には折れてくれたがそういう律儀なところも気に入っている。


「白々しい嘘をつきおって」

「……」

「あの者を知っているのか?」

「……存じております」


 カイルの動きはノリスより早かった。それこそゲルグストが埋まるのとほぼ同時に動き出した。何が起きるか知っていた、もしくは察していたと考えていいだろう。


「どういう者だ?」

「……」

「別にあの者を咎め立てしようなどとは思っておらん。素性次第ではすぐにでも貴族に取り立てようと思っただけだ」


 あのゲルグストに何もさせずに無力化したのだ。並みの魔法使いではない。できれば手元に置いておきたいが……。


「……名はマイン。オブレイン辺境伯様と親しくしていると聞いております」

「ほぅ、ルクスか。カイルはどこで知り合った?」

「……当家の恩人です。それ以上はご容赦を」


 ベルガルド侯爵家の恩人。強く興味をそそられる話だが、この頑固者カイルはこれ以上は話してはくれまい。

 それにしてもベルガルド侯爵家にオブレイン辺境伯家か。先の騒乱でも重要な役割を果たした二つの家と懇意にしている少年。気にはなるがその二つの家を敵に回すような真似は避けたい。いずれも忠臣で民にも人気がある。それを排除しようとした父は正気ではない。

 下手に嗅ぎまわって彼らに不信感を与えるのはマズいか。となると、直接尋ねてみるのが一番だな。






「……アーライト、か」


 まさかここでその名前を聞くとは思わなかった。ヘルナイアとともに我が国の侵攻を阻み続けた“アルテリアの双璧”。まさかあの少年がその血を引く者とはな。

 アルテリアのスパイかとも思ったが、ルクス・オブレインもロイド・ベルガルドも揃って首を横に振った。本人がそこまで本気で隠そうとしていないという。たしかに名を偽っているわけでもない。だが、それではなぜハーテリアに?






「……なんとも『剣聖』アーライトらしい話だな」


 その答えは意外なところから出てきた。リーザ・ドラスティン、ゲルグストの後任として学園を任せた人物。彼女がアルテリア王立学園に行っていたときに面識があったそうだ。

 ……三年間もアルテリアに行っていた?侯爵夫人が?報告を受けていないのだが?勝手に隠居したヘイル・オブレインと言い、この国の貴族は自由過ぎではないか?


 いや、今はその話ではない。……剣が使えないから追放した?その傲慢さ、実にアーライトらしい。あの家の『剣』への執着はこの国でも広く知られている。数代前の当主が強い剣士を求めて戦場を荒らしまわったというのは有名な話だ。

 そのような家に生まれた剣を使えない庶子。かの家があの少年をどう扱ったのか想像に難くない。おそらくあの家に対して並々ならぬ憎悪を……。


「……さして興味がなさそう?」


 なんだそれは?そこはハーテリアを利用してアーライトに復讐をとかそういう流れではないのか?いや、今の状態でアルテリアまで敵に回すのは避けたいのが本音ではあるが。

 だがそれならあの者を貴族に取り立てても問題はなさそうだな。そうだな、ハーテリア王国のアーライトということで、ハーライトというのはどうだろうか。我ながら悪くないと思うのだが。


「……は?逃げる?」


 彼を貴族に取り立てようとすると三人ともが反対したのは想定外だった。というか、逃げるとは?平民なら貴族に叙されるのは願ってもない話ではないのか?


 「すでに叙爵を打診して断られている?」


 ……聞いていないが?お前たち、自由過ぎではないか?……ヘイルが?またあいつか。

 彼らが言うには、「自由にさせておくのがいい」ということ。私としてはどうにかして紐をつけておきたいがここで無理を言って逃げられても困る、か。


「……分かった。名誉男爵にしておけ」






「なに……?精神に作用する魔法?」


 そのような魔法が存在するとは……。物騒にもほどがあるぞ。

 だがゲルグストの変貌ぶりを見るにあながち間違いとも言い切れない。いや、むしろそう考えるのが自然か。優秀な男だったのだがな。とはいえ、あれだけのことをしたのだ、許すことは出来ぬ。が、遺された者たちへの援助は手厚くしてやってくれ。


「だが取り巻きどもには容赦はするな」


 【鎮静】も効かぬということは自らの意思ということだろう。ならば手心はいらぬ。背後関係を洗って家ぐるみならそちらも潰せ。そうでなければ監視だけに留めよ。


「……おぉ、それで思い出した。あの者のことについてだが」


 あの者は私を救ってくれた忠義者。その私が直々に話を持ち掛ければ叙爵の話を受けてくれるのではないか?


「……どうした?」


 ルクス、なんだその微妙な顔は?……お前たちもなぜ目を逸らす。言ってみろ。咎めはせん。


「……は?ついで?」


 妹を泣かせたゲルグストを潰したかっただけで、私はついで……?ついでとはどういうことだ。国王なのだが……?


「……もうよい」


 知らんわ。もう勝手にしろ。






「ほぅ?グラディオルが死んだ?」


 これは朗報だな。あのような厄介な魔法を使う人間だ。生かしておいては面倒しかない。

 だが、これで商業ギルドも荒れるだろう。ギルドにも魔法の影響を受けていた者が少なからずいるはずだからな。二年前は間抜けどものせいで連中にしてやられた。此度は容赦はせん。


「ヴィングルが巻き添えで死んだ?」


 たまたまグラディオルと会っていたと?フッ、ですらないとは。奴に相応しい末路だ。奴の息子にはそのまま家を継がせても構わん。あぁ、念のためにしばらく監視はつけておくがな。


「近々やつの屋敷が吹き飛ぶ?」


 誰かが【転移】の魔方陣でこちらに来た途端、屋敷ごと吹き飛ぶと……?なかなかエグいことを考えるな。

 それにしても地下で大爆発か。どこかで聞いたような話だな。……いや、まさかな。おいルクス、目を逸らすな。……ロイド、お前もか。

 ……よし、考えるのはやめよう。


「……なぁ、あいつ名誉子爵にした方が良かったかな?それとも新しく名誉伯爵を作った方が良いかな?」


 全力で止められた。解せぬ。






「おぉ、ヴィングルの屋敷が吹き飛んだか」


 それはそれは派手に吹き飛んだそうだ。……私もちょっと見たかったな。あぁいや、誰が死んだか急ぎ調べさせんとな。枢機卿でも吹き飛んでいれば面白……、都合が良いのだが。


「……たしか“たーまやー”だったか」


 今度私も言ってみよう。

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