第十二話 グッバイグラディオル
「あそこでいいかな」
「どうするの?」
「狙撃します」
近場だと目立つから少し離れたところにある路地に入る。サーシャさんには少し離れたところに身を隠してもらって、と。
「【ライフル】。……角度はどう?」
[[もっと左ー]]
[[ちょっと下ー]]
[[いきすぎー]]
[[[そこ!]]]
【ライフル】はそのまんま狙撃用の魔法。原理は【キャノン】と同じだけど、ピンポイントで攻撃できるのが強み。もともとはガルガインの暗殺用に作ってたやつだな。ようやく出番が来た。
とはいえ、この距離じゃ俺の【魔力感知】に入らないからね。照準は『精霊』たちにお任せだ。いつもなら不安になるところだけど、セイラを害する相手に対する彼らの殺意は俺やマイン君よりも高いからね。まぁ、マイン君も今回は相当キレてるけど。
[[[ぶっ殺せー!!]]]
「はいはい、【ファイヤー】」
乾いた音とともに弾が撃ちだされ、壁に消えていった。うん、見えん。貫通してるはずだけど。
「どう?当たった?」
[[混沌死んだ!]]
[[奥のやつも死んだ!]]
[[[ざまあみろ!!]]]
「それじゃ俺も隠れるか」
……奥のやつって誰だよ。まぁいいか。しーらね。
それよりも護衛がいるみたいだからね。いったんやり過ごして魔法陣に――。
「――ッ!あっぶねっ」
「てめえ、よくもグラディオルの旦那を殺ってくれたな!!」
空から襲い掛かってきたのはバカでかい斧を持った大男。うへ、護衛か。しかも腕利きだな。あの一瞬で俺の居場所に気付いて襲い掛かって来やがった。
……って、こいつ原作キャラじゃん。うーわ、めんどくさっ。まぁ、グラディオルの死亡が確定したのは朗報か。
「……ヤバくなるまで手出し無用でお願い」
[[[えー]]]
「【魔装】」
「……こいつは俺が殺る、お前らは本部に『【土槍】』――チィッ!」
原作の強キャラ相手にどこまでやれるか知っておきたいからね。ヤバそうだったら助けてね?それにしてもやっぱ避けるんだな。まぁ、他のやつは殺れたからいいか。
『ロサ……リオ?だっけ?』
「……ロサンドだ。てめえ、俺を知っ『【バレット】』――クソが!」
そうそうロサンド。『ミルティアの使徒』の一人で『使徒』の中でも屈指の実力者。こいつを護衛につけてるあたり、ミルティアにとってグラディオルがいかに重要な人間だったか分かるな。まぁ、もう死んだけど。
てか、今のも避けるのかよ。しんどいなぁ……。
「おらぁ!!!」
『どーん!』
振り下ろされる斧に向けて思いっきりメイスを振る。パワーは五分かやや俺が上かな?……これが全力なら、だけど。
「はっ!魔法使いかと『【バレット】』――思ったら『おりゃ!』――接近戦も『どーん!』――なかなか『【バレット】』――やるじゃねえか」
はい、【バレット】じゃ無理。こいつ普通に避けてくるし反撃もしてくる。スピードも同じくらいか。で、技術は俺が下と。それも圧倒的に。だから近接戦闘は嫌なんだよ。
「だが所詮はパワーとスピードだけの素人だな」
知ってるよ。俺は土木系冒険者なの。てかお前が強すぎるんだよ。
「はっ、もらっ――なっ!?――ぐぅっ」
フェイントに釣られた俺の脇腹に斧が触れた瞬間、【魔装】が爆発した。驚くロサンドに爆発と吹き飛んだ【魔装】の破片が襲い掛かる。……咄嗟にバックステップで距離を取ってダメージを減らしたのはさすがだな。
だけどそこ危ないよ?
『【陥穽】』
「なっ、卑怯だぞおおああぁぁぁ!!!」
ロサンドが着地するのに合わせて地面に穴をあけてやる。うん、落とし穴ですね。とびきり深いやつ。【バレット】を撃ちながらこの辺りにいくつも掘っておいた。
もしかして戦士と戦ってるとでも思ってた?俺は魔法使いだよ?勝てばよかろうなのだ。それじゃあ埋め埋めっと。あとはガチガチに固めればおしまい。中でどうなってるかは想像したくない。吐きそうだから。
『あー、しんど』
今のままじゃ原作の強キャラには殴り合いでは到底勝てないことがよく分かった。【魔装】をアップデートしててよかったよ。
それにしても今の【バレット】じゃ強キャラ相手には牽制にしかならないのはしんどいなぁ。これでもちょいちょい強化してるんだけど……。
『あー、ちょっと目立ち過ぎたな』
衛兵が近付いてくる。まぁ、結構派手にやっちゃったからね。あんな強いやつが護衛についてるなんて思わなかった。
「大人しくしてもらおう!真昼間から往来で乱闘とは――」
『はい、これ』
「むっ、なんだこ――っ、こ、これは名誉男爵様でありましたかっ!大変失礼しました!」
『いえ、こちらこそお騒がせしてすみません』
あれ?意外とまともだね。ヴィングル領って反国王派みたいなイメージがあったんだけど。
「それでこの騒ぎは一体?」
『グラディオルという人物を追ってきました』
「――っ!」
『……何かご存じで?』
「……グラディオルは今、父と会っているはずです」
『……父?』
「申し遅れました。ミルド・ヴィングル伯爵が嫡男ダビル・ヴィングルと申します」
え?嫡男?てか俺に教えていいの?
嫡男君の話では、伯爵はグラディオルの傀儡同然なんだって。反乱もグラディオルに唆されてたんだとか。その時はなんとか彼が思い留まらせたようだけど、それ以降は遠ざけられて街の中の仕事をやらされているらしい。
『グラディオルはさっき殺しました。さっき戦ってたのとその辺に転がってるのがやつの護衛ですね』
「なんと、グラディオルを……!それで父は?」
『さぁ?そもそも顔も知らないので……』
「ダビル様!伯爵様が遺体で見つかりました!!」
『「……」』
嫡男君の部下によると、伯爵はグラディオルと向かい合って亡くなっていたらしい。……あれか。奥にいたやつか。なんであんな店で会ってたんだよ。……なんかごめんね?
「父ミルド・ヴィングル伯爵はミルティアに殺害された!陛下からの沙汰があるまでは私が領主を代行する!」
「「「ハッ!!」」」
そういうことにしてくれた。ありがたい。マジで。
グラディオルと伯爵はいつもあの店で会ってたんだって。魔法を使ってるところを家族や使用人に見られたくなかったのかな?でもそれなら周辺の人物にも魔法をかければいいわけで……。何か制約でもあるんだろうか。
「……ところで名誉男爵様、お見せしたいものがあるのですが」
なんだろね?
サーシャさんとも合流して、嫡男君についていった先は伯爵邸の離れの地下室だった。
「この先に【転移】の魔法陣があります」
「……王都の地下にあったものと同じものよ」
『これがどこに繋がってるか分かりますか?』
「いえ、私には。ただ、グラディオルたちは頻繁にここを利用していました」
……これを壊して終わりってのはちょっともったいないな。
『この魔法陣って魔法だけを飛ばすことってできますかね?』
「……さぁ、どうなのかしら?」
「私にもわかりません」
[[[無理だぞー]]]
『あ、そうなんだ』
どうやら人がいないと発動しないようで、向こうに爆発魔法や爆発魔法を仕込んだ死体や物だけを飛ばすのは無理らしい。さすがに自分が転移するのは嫌だから魔法だけでもと思ったんだけどね。
「どうするの?」
『ここに爆発魔法を仕掛けたらマズいですかね?』
「「……」」
発破は土木系冒険者の嗜みってね。嫡男君に許可をもらって地下室を封鎖して壁を固める。あとは魔法陣の周りに【地雷】を設置してっと。魔法陣から一歩でも出ればドカン!となるわけだ。まぁ、相手を選べないからモブが引っかかる可能性もあるし、その前に情報が漏れる可能性もあるけどね。申し訳ないけど嫡男君たちには引っ越してもらおう。
……あぁ、周辺に被害が出ないように爆発の方向を調整してと。
『大物がかかりますように』
[[[かかりますように!]]]
……『精霊』さん、
伯爵領で諸々を片付けてからサーシャさんと一緒に孤児院まで戻ってきた。いや、しんどかった。
それにしてもサーシャさんには本当に助けられた。サーシャさんがいなかったらグラディオルを見つけることすらできなかっただろうからね。
「サーシャさん、今回もお世話になりました」
「お役に立ててよかったわ。また何かあったら声をかけて頂戴ね?」
「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります」
「「「サーシャさん、おかえりなさい!」」」
「ただいま、みんな元気にしてた?」
「「「うん!」」」
「リックとメアリーとルミナは入学試験を受けに行ってるよ」
「あぁ、そうだったわね。悪いことをしたわ。でもあの子たちなら大丈夫よ」
あぁ、今日が入学試験の日だったのか。ごめんね、これでも結構急いだんだけど。今度お詫びとお祝いを持って来よう。今回のお礼も兼ねてね。
あとウォルスさんもごめんね?詠唱手伝えなくて……。
辺境伯邸に戻って辺境伯に事の顛末を報告する。ヴィングル伯爵が亡くなったのも伝えとかないとね。おのれ、ミルティア。なんて卑劣な真似を!
「――という感じなので、そのうちヴィングル伯爵の屋敷が派手に吹き飛ぶと思います」
「……あ、あぁ。陛下に伝えておこう」
また『精霊』が張り切っちゃったからね。闘技大会の時に“あとで出番をあげる”って言ったのを覚えていたらしい。
ちなみに伯爵の配下にグラディオルの魔力が残ってた人が何人かいたけど、サーシャさんが【鎮静】を使ったら混沌魔法の影響はすべて消えた。まぁ、金で動いてるやつもいるかもしれないけどね。
「そういえば、ヴィングル伯爵ってミルティアとズブズブだったのになんで取り潰されなかったんですか?」
「あの時の資料だとここまでの繋がりは分からなかったんだ。もしかしたら【転移】の魔法陣に絡んでいた人間の情報はより厳重に秘匿されていたのかもしれない」
「なるほど」
まぁ、たしかに【転移】関連の情報は必死で隠すわな。重要な拠点にはだいたい設置されてるだろうからね。まぁ、こればっかりはしょうがないか。
一通りの報告が終わって帰ろうと思ったらエントランスでアルト君とアイリス嬢に会った。二人は挨拶や婚約の手続きとかで頻繁に両家を行き来しているらしい。
「あ、マイン、戻ってたんだね」
「あぁ若様、アイリス様も。ご婚約おめでとうございます」
「あ、うん、ありがとう」
「ありがとう。君は?」
「辺境伯様にお世話になっているマインと申します」
「ほぅ……。君もなかなか強そうだ。いずれ手合わせを願いたいものだ」
「あー、まぁ機会がありましたら……」
アルト君、照れちゃって。いいですねぇ!それにしてもアイリス嬢はやっぱ戦うのが大好きなんだね。だけどゴリ押ししかできない俺とやっても鍛錬にはならないと思うよ。
ちなみにアイリス嬢はアルト君が卒業するまで実家で花嫁修業と武術の鍛錬をするんだって。で、アルト君が卒業したら正式に嫁入りするんだとか。楽しみだね。
「そういえば家名は考えたの?」
「あ……。忘れてました」
「家名?叙爵されるのか?」
「いえ、名誉男爵に」
「なんと!それは大したものだ」
「そうなんですか?」
一般的な貴族は領地や権力を与えられる代わりに、相応の義務や責任が負わされるものだけど、名誉貴族っていうのは領地がない代わりにその義務と責任を免除されたものなんだって。要は“自由にしてていいから味方でいてね?”ってことらしい。
で、名誉男爵は国王か複数の上位貴族の推薦を得た者だけがなれるらしくて、十年に一人出るか出ないかっていうくらい珍しいんだって。……知らんかった。ちなみに名誉貴族で一番上の名誉子爵は過去に数人しかいないらしい。
「君が何をしでかしたのか俄然興味が湧いたな」
「あはは……」
妹を泣かせた連中をボコっただけですよ?今回は余波も大したことないから。ちょっと伯爵の屋敷の離れが母屋ごと吹き飛ぶくらいだから。
ちなみにヴィングルさんの屋敷は俺がハーテリオンに戻った二日後に盛大に吹き飛んだらしい。
[[[たーまやー!]]]
[[[なんか偉そうなやつも死んでたぞー]]]
[[[ざまあみろ!!]]]
やったぜ。
「[[名前?]]」
「そう。マインなになに、セイラなになにになるんだ」
「[[へぇ~]]」
「何かアイデアがあるかな?」
マイン君と頭を悩ませたけど、二人ともロクなのが思い浮かばなかった。最初に思い付いたのはハーテリアのアーライトってことでハーライト。実家への意趣返しにどうかと思ったけど、ガチでキレられたらめんどくさいからパス。『剣聖』は間違いなく、ロサ……なんとかより強いからな。
次に思いついたのがスピリットとソウル。セイラのこともあるし『精霊』っぽい言葉を入れた方がいいかなと思って。でも語呂が悪いからパス。
それ以外だと土木系冒険者ってことでクラフトとか、ゴミ掃除をしてるからスイーパーとか。……なんか怒られそうだな。
一番マシなのが【たーまやー】から連想してファイアワークス。最悪、これにしようかなと思ってる。
[[[セイラ・スピリット!]]]
「「……」」
「うーん、セイラ・ターマヤー?」
「[[……]]」
……うんまぁ、『精霊』の案よりはいいんじゃないかな?
今回もなんやかんやあったけど、これでようやくハーテリアの国内も落ち着いてくると思う。学園への平民の受け入れも正式に始まったし、反乱しそうな連中をまとめていたヴィングル伯爵も、その伯爵を唆していたグラディオルも死んだ。
ミルティアは相変わらずだけど、公国はもう心配いらないだろう。オークたちも倒したみたいだしね。お疲れ様です。
いろいろやらかしたしバレちゃったけど、セイラや辺境伯の一家に何事もなかったのが一番。普通に生きるのを諦めたつもりはないけど、そのためにこの人たちを見捨てる気もない。俺は欲張りだからね。
とはいえ今回は疲れた。西へ東へ大忙しだったから入学式まではのんびりしよう。用務員生活も楽しいからね。欲を言えばセイラたちとの時間をもうちょっと取りたいところ。
「おにーちゃん、セイラ・ターマヤーじゃだめ?」
「[[ぐぅっ、あざとかわいい……!]]」
小首をかしげて見上げてくるのはズルいと思います。マイン君、頑張って抵抗して!
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