第四話 “『精霊』の加護を受けた家”

「――ってことなんですけど」

「そうねぇ……。やっぱりセイラちゃんのことじゃないかしら?」

「やっぱそうですよねー」


 休みの日にサーシャさんに挨拶がてらネビル氏とのことを相談してみた。他に『精霊』のことを相談できる人はいないからね。

 ちなみにセイラは子どもたちに混ざって遊んでる。やっぱり同世代の友達をたくさん作ってほしいからね。それにしてもこの辺もすっかり落ち着いたな。前はちょいちょい強面のお兄さんたちを見かけたのに。

 サーシャさんによると、ヘイルさんや『テルディー一家』の支援もあって、この孤児院の周りはだいぶ治安が良くなったらしい。それもあって私塾を開くことにしたんだとか。子どもたちに身を守る方法を教えてあげたいんだって。


 で、ネビル氏の話に戻るけど、俺の予想ではセイラはベルガルド侯爵家とどこかで関係があると思うんだよね。【精霊眼】も【精霊感知】もそれぐらい希少なスキルなんだよ。その辺からポコポコ生えてくるとは思えない。いや、まったくあり得ないわけじゃないけどさ。でも何代か前のご先祖様が侯爵家の落とし胤でしたって方が可能性としては圧倒的に高いわけよ。


「もしセイラちゃんがベルガルド侯爵家の血筋だったらマイン君はどうするの?」

「んー。セイラがどうしたいかによりますかね。ただまぁ、無理やり連れて行こうとするなら全力で暴れます。お兄ちゃんなんで。まぁ、ネビルさんの感じだと力づくでとかそういうことはないのかなーって」

「私もそう思うわ。ベルガルド侯爵家“『精霊』の加護を受けた家”セイラちゃん『精霊の愛し子』に無体な真似をするとは思えないもの」

「それはたしかに」


 『精霊』にそっぽ向かれるようなことはしないんじゃないかな。少なくともネビル氏はそういうタイプじゃなさそうだしね。もちろん油断はしないけどさ。


「もし何か力になれることがあったら遠慮なく言ってちょうだい。セイラちゃんのことでもマイン君自身のことでもね」

「ありがとうございます」


 やっぱサーシャさんは頼りになるわ。前世の俺より若いのにね。





「まず、礼を言わせてほしい。ありがとう!」

「「「ありがとう!」」」

「え、ちょ、頭を上げてください」


 数日後、ネビル氏経由でアポを取ってベルガルド侯爵の屋敷を訪ねると、挨拶もそこそこにこれだ。侯爵家の当主と長男、三男、四男に頭を下げられる小市民の気持ちを考えてほしい。というか、最悪暴れるつもりで来たんだけどな。


「はぁ……。あなたたち、まずはきちんと事情を話しなさい。マインさんが困っていますよ」

「あ、あぁ、すまない。まずは話を聞いてほしい」


 おぉ、ありがとう奥様。あなたが救世主です。

 侯爵の話の内容としては、侯爵と他所の女性との間に出来た息子さんの娘がセイラだということ、ずっと息子さんの一家を見守っていたということ、突然行方不明になったこと、あの事件で一家の身に起きたことを知ったことなどなど。血縁関係がある可能性は考えていたとはいえ、まさか現当主の孫娘だとは思わなかった。

 そりゃブチギレるわな。むしろよく司教を殺さなかったよ。俺だったら間違いなく殺ってる。五回ぐらい。


「なかなか情報が集まらなくて諦めかけていたんだが、先日ネビルから『少女とその少女を保護している少年の話を聞いてね。名前や容姿からセイラだと確信したんだ。すぐに訪ねようかと思ったんだが、妻にいきなり押しかけてはダメだと叱られてしまってね」


 侯爵のところに届いた資料には捕らえられたセイラやその家族たちのその後が分かるような情報はなかったらしい。あの時は急いでばら撒くことしか考えてなかったからなぁ……。それに王都中が混乱していたこともあって情報が錯綜していたんだって。俺も翌日にはセイラを連れて王都を出ちゃったからなぁ。

 それにしても奥様がグッジョブ過ぎる。いきなり「セイラはうちの子だ」とか言われたら、俺もマイン君も「あぁ?やんのかてめぇ?」ってなっちゃうからね。たぶん『精霊』も。




「君がからセイラを救ってくれたんだろう?」

「えぇ」

「ありがとう。本当にありがとう」


 侯爵一家に再度深々と頭を下げられる。それだけでこの人たちが家族想いなことが窺える。侯爵以外はあのときまでセイラの存在すら知らなかったんだからね。




「一つだけ確認したい」

「……」

「あの子は、……セイラは『愛し子』なのか?」


 侯爵の雰囲気が変わったと思ったらいきなりぶっこんできた。てかなんで分かったんだ?


「……どうしてそう思うんですか?」

「ネビルが言っていた。『精霊』の気配を強く感じる、と。私たちではそうはいかない。私たちは『精霊』の存在を感じることができるだけで『愛し子』ではないからね。『愛し子』は『精霊』にとってそれだけ特別な存在なのだ」

「なるほど……」


 そういう理由なら隠せないか。『精霊』たちもめっちゃ頷いてるしな。


「……たしかにセイラは【精霊眼】を持っています」

「ふぅ……、そうか……」


 侯爵は大きく息を吐き出して黙り込んだ。

 ここで問題になるのはセイラの扱いだ。侯爵家としては『愛し子』は是が非でも手元に置いておきたい存在だろう。俺としてはセイラの考えを尊重してやりたいと思っている。だけど、もし彼らが力に訴えるようならこっちにも考えがある。たとえセイラのおじいちゃんが相手だとしてもね。


「……あなた、きちんと説明なさい」

「む?……あ、あぁ、誤解させたのならすまない。私たちはセイラを渡せなどと言うつもりはないんだ」

「……そうなんですか?」

「『精霊』がセイラの『守り手』として君を選んだのなら、それがセイラにとって一番いいということだろう。であれば、我が侯爵家がそれに異を唱えることはない。セイラの祖父として寂しくはあるがね」


「え?そうなの?」

[[そうだぞ]]

[[ちゃんと守れよー]]

「あ、あぁ、それはもちろん」

「「「――っ!?」」」

「……えっ、なんですか?」

「……あなた?」

「……兄上?」


 思わず『精霊』たちに聞いたらどうもそういうことらしい。まぁ、もともとそのつもりだったから文句はないけどな。マイン君もセイラをめちゃめちゃ大事に思ってるからね。

 それはさておき侯爵と長男氏、ネビル氏がなんかすごい顔でこっちを見てる。奥様と四男氏はそんな三人を見て不思議そうな顔をしてるだけ。……え、なにごと?


「お、おい、お前『精霊』が視えるのか?話せるのか?」

「え、えぇ、まぁ」

「……まさかお前も【精霊眼】持ちなのか?」

「いえ、持ってないですね」


 マイン君はちょっと魔法が得意なだけの小市民ですよ?

 ネビル氏が言うには、【精霊感知】は『精霊』の気配や感情を感じることができるスキルらしいんだけど、その感度は『精霊』の気分次第なんだそうだ。だから普段はなんとなくでしか感じられないんだって。ごくまれに、それこそ数年に一回『精霊』の声が聞こえたときには家族みんなでお祝いをするくらいの珍事らしい。

 【精霊感知】持ちですらそれなのに、俺が普通に話してたらそりゃ驚くわな。




「えーっと、『精霊』が認めた人なら姿を見たり話したりできるみたいです」

「「なんと……!」」


「あー、この人たち、セイラのおじいちゃんとおじさんたちなんだけど、姿を見せてあげることとかできる?」

[[[んー、どうしよっかなー]]]

[[ちょっとだけならいいぞー]]

[[俺はやだー]]

[[私はいいよー]]


 口には出さないけどめちゃくちゃ見たそうにしてたから、ダメもとでお願いしてみたら半分くらいの子が姿を見せてくれるらしい。


「「「おぉ……」」」

「まぁ……、愛らしい姿ね」

[[[でへへ]]]

「……おいっ、俺には見えねぇぞ!」

[[[ネビルはダメー]]]

「おいっ、なんで俺はダメなんだよ!?って、今の声、まさか!」

[[[きゃはは]]]


 言葉を失う侯爵、長男氏、四男氏に、満面の笑みで『精霊』を愛でる奥様とデレる『精霊』。見た目はちっさい子供だったり動物だったりだもんね。性格も無邪気だし可愛いよね。無邪気ゆえにときどきやらかすけど。

 そしてネビル氏は早々におもちゃにされてるな。


「おぉ、俺にも見えた!……なんかちっこいな」

[[お?文句あんのか?]]

[[やんのかやんのか?]]

[[[よし、やれマイン!]]]

「やらないよ」

[[[ブーブー]]]


 こいつら元気だな。というかネビル氏と『精霊』の相性メチャクチャ良くね?キャラ的に『愛し子』にはなれそうにないけど。




「……すまない。取り乱してしまった」

「いえ……」


 『精霊』が姿を消したことでようやく一息つけた。侯爵と長男氏は涙まで流していたせいかちょっと恥ずかしそうにしてる。奥様はホクホク顔。めちゃくちゃ愛でてたもんね。四男氏も人生で初めて『精霊』の存在を目の当たりにして感動してた。やっぱり、この家の人たちにとって『精霊』は特別な存在なんだろうね。

 ……ネビル氏は散々イジられてちょっとお疲れモードかな。


「ゴホン、とにかく我が侯爵家は君への感謝を決して忘れない。本当にありがとう。もし困ったことがあればいつでも訪ねてきてほしい」

「ありがとうございます。また折を見てセイラと一緒に遊びに来させていただきます」

「……いいのか?」

「えぇ。もちろんセイラが望めばですけどね」

「それで十分だ。ありがとう」


 セイラのおじいちゃんだからね。アレな人たちだったら絶対に会わせないけど、この人たちなら大丈夫かなって。こういう縁は大事にしてあげたいんだ。

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