第三話 貴族のボンボン

 はぁ……。なぜ面倒事がやってくるのだろうか。


「貴様らっ!無礼であるぞ!この方がどなたか分かっているのか!?」


 リエラ嬢とセイラを伴って王都観光に来たらこれである。貴族街のそばの商業区で貴族のボンボンとその子分たちに絡まれているのだ。フェンフィール氏はニヤニヤしてないで助けてほしい。お役目でしょ?


「知らないよ……。フェンフィールさんはご存じですか?」

「いや、まったく知らないね」

「……」

「「わくわく」」

「……」

「「わくわく」」

「……リエラちゃんは知ってる?」

「ううん、知らない人ー」

「……セイラは?」

「しらないひとー」

「だよねー」

「きっ、貴様ら、私たちをバカにしているのか!?」


 ちなみにアルト君は屋敷で入学試験に向けて追い込みをしている。めちゃくちゃついてきたそうにしてたけどね。

 そして“きいてきいて!”みたいな雰囲気を出してくる幼女たち可愛い。


「で、そちらのおかたはどこのどなたさまであらせられるのでしょうか?」

「貴様!?こちらはフェブリス伯爵家の次男、ハミル様であらせられるぞ!」

「フェブリス……?どっかで聞いたことような……?」

「ふんっ、貴様のような下郎にも聞きおぼ――」

「あぁっ!ショーンさんの家か!え、こいつが兄貴なの?」

「「「なっ!?こいつだと!?」」」


 だってこいつら、自分からぶつかってきて因縁つけてるからね。避けたから正確にはぶつかろうとして、だけど。この手口、異世界にもあるんだね。というか、こいつら貴族街を出たところからずっとつけてきてたくせに何言ってんだ。

 ちなみに男爵家当主のフェンフィール氏の方がこいつら貴族の子息よりも身分が上だ。跡目指名された嫡男になるとまた扱いが変わるらしいけどね。俺もまだ名誉騎士の証は辺境伯から預かったままなので、一応騎士爵家の当主相当ということになってる。まぁ、騎士爵待遇の庶民だから家名とかはないけどね。名誉男爵まで行ったら家名や紋章なんかが必要になるんだって。

 ていうか、実家の家格でオラつかれてもなぁ。……俺、侯爵家なんだが?追放されたけど。




「おいっ!お前ら何の騒ぎだ!」


 ボンボンたちがうるさいせいで衛兵まで来ちゃったよ。めんどくさ。


「おぉっ、衛兵!いいところに来た。今すぐこの無礼者どもを捕らえよ!伯爵家の子息であ――」

「あれ?失礼ですが、もしやウェイン・フェンフィール殿では?」

「そうだけど……。えーっと、誰だっけ?」

「おいっ!衛兵、何をしている!すぐにこいつらを――」

「……おい、今俺が喋ってんだ。少し黙っててくれるか?」

「「「なっ!?」」」

「え、衛兵の分際で無礼なっ!私は伯爵家の――」

「俺は侯爵家だがなんか文句あんのか?あ?」

「「「ひぇっ」」」


 あ、俺も俺も。追放されたけど。

 てかこの衛兵、ガラ悪いな。薄紫色の髪を短く刈り込んでチンピラにしか見えない。しかもこいつ、実家マウントを実家マウントで殴り返しやがった。まぁ、こういう手合いにはそれが一番効果的なんだけどさ。

 それにしてもチンピラが敬語を使うフェンフィール氏って……。あれ?もしかして?


「フェンフィールさん、昔ヤンチャしてたんですか?」

「ちょっ、なんでそうなるんだい?」

「「やんちゃ?」」

「お嬢様もセイラも。違いますから!……えーっと君は?」

「五年前の武闘祭でフェンフィール殿と対戦したネビル・ベルガルドです」

「五年前……?あー、あの時の剣士か!」

「はいっ!あの時はいろいろと勉強させていただきありがとうございました」

「いやいや。大したことはしてないよ。それに聞いたよ?去年の騒乱ではお父上と一緒に大活躍したそうじゃないか」


 この国では四年に一回、武闘祭という最強の騎士を決める大会があるらしい。五年前の大会にフェンフィール氏も出場して準々決勝まで行ったんだって。本人はくじ運が良かっただけって謙遜してたけどね。その大会の二回戦で戦ったのが彼、ネビル・ベルガルドだそうだ。対戦後に少しアドバイスをしてあげたんだって。

 で、彼はあの騒乱のときに侯爵と一緒に教会に突入して大暴れしたらしい。……つまり俺のを大事件にした張本人の一人だな。




「それじゃあ、私はネビル君と一緒にこいつらを詰め所まで連行してくるよ。わざわざ尾行してまで絡んできた理由を聞かないとね」

「分かりました。俺は二人を連れて先に戻りますね」

「あぁ、よろしく頼むよ。お嬢様、観光はまた今度にしましょう。セイラちゃんもごめんね」

「「ううん、大丈夫!」」

「……」

「それじゃあネビル君、行こうか」

「……あ、はいっ!」

「「いってらっしゃーい!」」


 貴族のボンボンたちはフェンフィール氏とネビル氏に任せて、二人を連れて辺境伯邸に向かう。まったく……。あいつらのせいでせっかくの王都観光が台無しだよ。おっと念のために、と。


「悪いけどさっきのやつ見張っててくれない?」

[[えー]]

[[めんどくさーい]]

「……だめ?」

[[[任せろー!]]]


 小首をかしげて『精霊』を見上げるセイラあざと可愛い。お兄ちゃんは君の将来が心配ですよ?そして相変わらず『精霊』たちはチョロいな。まぁ、あんな頼み方されたら俺もマイン君も断れないけども。




「――つまり、叙爵予定のショーンさんの足を引っ張るために作業の妨害をしていたってことですか?アホにもほどがある……」


 しばらくして戻ってきたフェンフィール氏から事情を聴くと、どうやらそういうことなんだって。ショーンさんはなかなか優秀な人物のようで、近々男爵に叙爵されて領地を任されることが決まっているらしい。で、それを妬んだ次男が取り巻きを使って作業員を脅したり怪我をさせたりと嫌がらせをしていたんだとか。


「学園絡みの事業って国王陛下の肝いりですよね?それを妨害してたとなるとマズいんじゃ?」

「マズいね。とはいえ、陛下も事を荒立てることは望まれないだろうから、今回はフェブリス伯爵に軽く釘を刺すだけになるんじゃないかな」

「ってことは、あいつは無罪放免ですか?」

「さすがにそれはないかな。伯爵家としても相応の処分を科さないと示しがつかないからね。死ぬまで幽閉されるか追放されるかってところじゃないかな」


 幽閉、追放……。どっかで聞いたようなワードですねぇ……。

 それにしてもいくら弟に嫉妬したからってバカにもほどがある。誰かに唆されたかな?


「そこなんだよ。どうやら何者かにあれこれ都合のいいことを吹き込まれていたようでね」

「やっぱりかー。それが誰かは分かったんですか?」

「いや、歓楽街で会った人間ということしか分からなかったよ。さすがに伯爵家の人間にじっくり話を聞く拷問するわけにはいかなかったからね」

「めんどくさいですね」

「まったくだよ」


 案の定、裏で動いてるやつがいたっぽい。主戦派なのかミルティアカルトなのか商業ギルド銭ゲバなのか知らないけど、大人しくしていてほしい。




 翌日、作業に来ると正門前で俺を待っていたショーンさんに深々と頭を下げられた。


「兄が申し訳なかった!」

「い、いえ……」


 妨害を受けていることは分かっていたけど、まさかそれが自分の兄だとは思っていなかったらしい。まぁ、そりゃそうだわな。一歩間違ったら自分の家がお取り潰しになるかもしれないんだから。

 そのうえ、どこかから情報が漏れていたようであまり大きく動けなかったんだとか。


「あー、そういうことか」

「え?」

「たぶんですけど、あいつがスパイですよ」

「は?」


 訓練場の端にいた作業員を指さして教えてあげる。あいつ、作業中ずっと他の作業員の様子を窺ってたし作業も明らかに手を抜いてたからね。次男君のスパイなのか別口なのかは知らないけど。

 あ、逃げた。やっぱりクロだね。頑張って捕まえてね?





『くそっ!あいつら、ただでは済まさんぞ!』

『まぁまぁ、落ち着いて次の策を練りましょう』


 『精霊』に案内された歓楽街のとある店の一室で伯爵家を追放された次男君が荒ぶっている。そしてそれを宥める男。声の感じだと五十くらいかな?こいつが次男君を唆したやつに間違いなさそうだな。


『だがもう伯爵家の人間は使えん。あいつらも離れていったしな。くそっ、恩知らずどもがっ!』

『ハミル様。このご時世、金で動くものはごまんとおります。その者たちを使ってハミル様を陥れた者たちを襲わせればいいのです』

『し、しかし……』

『何を弱気になっておられるのです!ハミル様にはがついているではありませんか!のお役に立てば、いつか必ずハミル様を引き立てていただけるのですよ!?』

『た、確かにゴルドールなら――』

『ハミル様!』

『っ、すまない』


 ゴルドールねぇ……。聞き覚えがないから原作キャラではなさそうだな。ま、詳しいことは辺境伯たちに直接聞きだしてもらえばいいか。おっと、その前に……。


『ネビルさん、あいつら貴族を襲うんですって。アウトですよね?』

「――っ、気づいてたのか」

『えぇまぁ。で、何か御用ですか?』

「『』のことで少し話をしたくてな。あぁ、あいつらは好きにしていいぞ」

『……あー、今取り込み中、というかこれから忙しくなるんで、また日を改めてってことでいいですか?』

「あぁ、問題ない。よろしく頼む」

『分かりました。……あっ、そうだ。これからこの店潰れるみたいなんですけど、事故なんですって』

「……お前、良い性格してんな。分かった、事故だな」

『助かります。それじゃまた近いうちに』

「おう」


 うん、ネビル氏が話の分かる人で良かった。なぜか呆れられたけどね。解せぬ。

 それにしてもベルガルドさんちが“『精霊』の加護を受けた家”なんて呼ばれてるのは聞いてたけど、あの感じだとネビル氏も【精霊感知】を持ってるんだろうな。なんでそんなレアスキル持ちが衛兵なんてやってんだよ。まぁ、しゃーない。切り替えていこう。




 気絶した次男君と商人風の男を抱えて辺境伯邸に帰還。ここから先のあれやこれやは辺境伯やフェンフィール氏に丸投げだ。


お願いします』

「仕事が早いな。ウェイン、頼む」

「はい」


 あ、さっきの店は潰れちゃったみたいですね。物理的に。中にいた怖いお兄さんたちも一緒に。不幸な事故でしたね。なむなむ。

 ネビル氏とのことは伏せておいた。『精霊』絡みのことは慎重にいかないとね。




「ありがとう、助かったよ」

[[いいってことよ]]

[お嬢の敵は俺らの敵だからな!]

[[[そーだそーだ]]]


 いや、ほんと『精霊』様様だわ。ああいう手合いは十中八九、報復とか考えるからね。さすがに馬鹿正直に唆したやつに会いに行くとは思わなかったけどな。おかげで手間が省けたよ。

 まぁ、別の面倒事が湧いてきたけどさ。まぁ、あの感じだとすぐに敵対するってことはないとは思うけどね。とはいえ、どこまで情報を開示するか悩ましいな。


「どうしたもんかねー」

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