第五話 入学試験

 ハーテリア王立学園の入学試験当日。俺は受験生の掛け声を聞きながら、他の用務員たちと一緒に試験会場の裏でせっせと試験用の的を作っていた。


『はぁっ!』

『えぇい!』

『どりゃあああぁぁぁ!!』


 悩んだけど用務員の仕事を受けることにした。仕事内容も割と楽しそうだったし、学園の雰囲気も楽しみたくてね。なによりどっかのバカがちょっかいをかけてきてるからいざというときにアルト君を守れるように。


 ……なんだけど、ここにきて少し後悔している。


「大いなる大地よ、打ち破るべき壁となりて若人の標とならん」


 詠唱魔法。人生で初めての詠唱だけどこれが結構キツいんだ。厨二感が強くて。背筋がゾワーッとする。誰だよ、こんな詠唱考えたのは。

 詠唱というのはその文言の中に属性や使用する魔力量、強度、効果範囲等々が組み込まれているもの。つまり、その属性を持っている者ならいつ誰が使っても全く同じ効果を発現することができるわけだ。試験用の的を作るのにうってつけだね。精神的なダメージを除けば。       


『やぁーーーー!!』

『とぉっ!』

『うおおおぉぉぉ!!!』


「うんうん、若者は元気でいいねぇ」

「……お前も十分若いだろ」

「まぁ、そうなんですけどね。でもこの詠唱がきついと思うくらいには年ですよ」

「あぁ……。たしかにこの詠唱はなぁ……」

「「はぁ……」」

「「大いなる大地よ、打ち破るべき壁となりて若人の標とならん」」


 俺の横でボヤいてるのは先輩用務員のウォルスさん。この道二十年のベテランだ。当分の間は、ウォルスさんと一緒に行動することになった。用務員は基本的に二人一組で行動するらしい。この人、こんな感じの人だけどれっきとした騎士爵なんだって。

 ちなみに俺もウォルスさんも詠唱なしで全く同じものを作ることができる。だけどそれを許すと的に細工する人間が出てくるおそれがあるからダメなんだってさ。詠唱は裏方による不正を防ぐためのものでもあるらしい。

 ちなみにこっちの学園も騎士科と魔法科の二つに分かれてるから、用務員も二手に分かれて作業している。で、俺は騎士科の方。アルト君が騎士科を受験するからちょうどよかった。フェンフィール氏に様子を報告するように言われてるしね。




「おっ、お前んとこのぼっちゃまの番だぞ」

「ほんとだ」


『よろしくお願いします』

『はじめっ!』

『ふぅ……』


「へぇ……、なかなか様になってるじゃねぇか」

「そりゃフェンフィールさんがみっちり鍛えてますからね」

「フェンフィールっつうと『快剣』か?」

「『快剣』?」

「ん?知らねぇのか?めちゃくちゃ速くて強ぇから『快剣』って呼ばれてんだ」

「へぇ~、初めて聞きました」


 ほほ~う。フェンフィール氏にも二つ名があったのか。まぁ、めっちゃ強いもんね。武闘祭でも活躍したみたいだし。そんなフェンフィール氏もあれからさらに特訓して前よりも強くなってるし。

 おっと、それよりも今はアルト君だ。あの感じだと【属性付与】で斬撃を飛ばすのかな?


『――ハッ!!』


「おぉ!【属性付与】か!お前んとこのぼっちゃま、やるじゃねぇか!」

「うーん」


 悪くはないけどちょっと力んじゃったね。ここまでの受験生の中では頭一つか二つ抜けてるとは思うけど、これはフェンフィール氏から追加の指導が入りますね。報告しないわけにはいかないんだ。許せ、アルト君。


「てか、ウォルスさん、手が止まってますよ」

「おっと、いけねぇ」

「「大いなる大地よ、打ち破るべき壁となりて若人の標とならん」」


 きっつ。





 一週間後、辺境伯からアルト君の試験結果とショーンさんの兄貴の件で報告があると呼び出しを受けた。


「――ということでアルトは無事に入学が決まった。首席合格だそうだ」

「へぇ~、それはすごいですね。おめでとうございます」

「あぁ。もっとも当人は今、ウェインにかなりしごかれているようだけどね」

「やっぱり……」


 アルト君はフェンフィール氏からは逃げられなかったか。一応フォローはしといたんだけどな。まぁ、頑張れアルト君。

 それにしても首席ってことは筆記の方も良かったってことか。剣の訓練をしてるイメージが強いけど、次期辺境伯だもんな。そりゃ相応の教育は受けてるわな。




「話は変わるが、マインが捕らえたあの男。奴は教国の商人だった。どうやら教会の指示で動いていたようだ」

「ミルティアかぁ……」


 またミルティアか。あいつら事あるごとにやってきて、俺とマイン君、セイラの平穏な人生を脅かしてくるな。誰かさっさと滅ぼしてくれ。俺たちのために。


「あぁ。マインが聞いていた通り、あの二人に直接指示を出していたのはゴルドールという人物だ」

「ゴルドール……」

「あぁ。歳は三十半ばで水色の髪に細目の男だそうだ。それと左の眉のあたりに傷跡があるらしい」

「……?」


 ん?それって原作に出てきたあいつじゃね?商業ギルドの幹部だったグラ……グラなんとか。さすがにそれだけの情報じゃあ確実にそうとは言い切れないけどさ。

 だけどもしあいつが教国の人間だったら、ミルティアの人間が商業ギルドの中枢にいたってことになる。原作の商業ギルドが反ハーテリアに付いたことを考えると、ミルティアを見限ったか、教国が倒れてもミルティア教が生き残れるように準備してたってところか?原作で商業ギルドとミルティアの繋がりが一切表に出なかったことを考えると後者っぽい気がする。

 てことは、原作をクリアしてもミルティアの残党が残ってるってことか。……あれ?やっぱそういうルートか続編の構想でもあったか?マジでそういうのやめてほしいんだけど。だからガチ勢を転生させ……いや、やっぱいいわ。なんだかんだ俺も楽しくやってるしな。でもヒントくらいは頂戴よ。




「それと、ショーン・フェブリスが捕らえた者もゴルドールの指示を受けていたことが分かった。その者の証言から拠点を一つ潰したが、他にもあるのはまず間違いないだろう。学園絡みで何かを企んでいるようだからね」

「うわぁ、めんどくさ……」

「奴らも詳細は知らされていないようだが、他にもミルティアの手の者が紛れ込もうとしているはずだ。そちらも注意してくれると助かる」

「分かりました」


 マジかよ。ミルティアこっちくんな。俺とマイン君のスクールライフ(用務員)の邪魔はしないでほしい。

 だけど学園絡みとなると貴族も関わってきてめんどくさそうだな。この国にもアルテリアの貴族派みたいに平民の入学に反対してる貴族がいるみたいだし。


「我々の調査ではミルティアの主だった者の中にゴルドールという名前はなかった。偽名なのか、或いはただの使い走りなのか。今は人相を元に調査を進めているところだが、そちらの調査も思わしくないようだ」

「もしかしたら……」

「ん?」

「あ、いや、他の国や商業ギルドに紛れ込んでるってことはないですかね?そっちともズブズブだったみたいですし」

「ふむ、たしかにその可能性もあるか。分かった。そちらも探らせてみよう」


 それとなく原作知識を提供してみた。まぁ、別人なら空振りになっちゃうけどね。だけど調査しておいて損はない。本人ならかなり前から商業ギルドで活動してたってことだからな。商業ギルドを使って何を企んでるかは知らないけどさ。

 まぁ、小難しいことは俺にはわからないから、辺境伯や頭のいい人たちに任せよう。暴力で解決できそうなときだけ声をかけてほしい。

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