第八話 闘技大会に向けて

 おばちゃん教頭の指揮のもと、今日から闘技大会の設営作業が始まる。騎士科と魔法科の訓練場を仕切る壁を取っ払い、舞台を三つとそれを取り囲む観客席を設置するんだって。結構な大仕事だから、俺たち以外に教員も作業に参加している。


「マインさん、中央の舞台をお願いできますか?」

「了解です」


 学園はこの作業のために十日間の休みに入っている。出場する学生たちはこの期間でコンディションを整えたり、“切り札”に磨きをかけたりするんだって。

 舞台の設置予定箇所には土が山盛りにしてあるから、あとは形を整えて固めるんだけど、俺が任されたのは中央のひときわ大きな舞台。ここで決勝をやるみたいだから、とくに頑丈にする必要があるらしい。……これ絶対手抜きしてるのバレてるな。




「ドラスティン教頭、なぜあの者が決勝の舞台を?地属性魔法の腕ならこの私の方が優れていると思いますが?」

「彼の方が仕事が丁寧だからです」

「――っ!この私があのような子どもに劣っていると仰るか!?」


 なんか騒がしいと思ったら、初対面で嫌味を言ってきた……あー、イヤミー君(仮)がおばちゃんに噛みついていた。たしか伯爵家の三男だか四男だかなんだっけ?あの人、ことあるごとにウォルスさんに絡んでくるから嫌いなんだよなぁ……。どっかの元次男といい、伯爵家の子息ってみんなあんな感じなのかね?……いや、どこぞのせっこい侯爵家の嫡男もあんなんだったわ。

 というか、そういう話は本人のいないところでやれ。


「たしかにあなたは仕事が早いとは聞いています」

「では――」

「ですが、それ以上に仕事に不備があったという報告や苦情が届いています。そのような方に大事な舞台を任せるわけにはいきません」

「し、しかし――」

「配置を変えるつもりはありません。ご自分の作業に戻ってください」

「くっ!」


 イヤミー君はこっちをひと睨みして肩を怒らせて作業に戻っていった。いや、俺のせいじゃなくね?


「またあいつか……」

「みたいですね」

「あいつは変わらねぇなぁ……」


 身分を気にする割に身分が上のウォルスさんに絡むのは意味不明だけどね。まぁ、平民上がりにペコペコするのが嫌なんだろうけどさ。それに辺境伯家っていう後ろ盾がある俺よりも、後ろ盾のないウォルスさんの方が絡みやすいってのもあるんだろうな。

 でも闘技大会が終わればすぐに入学試験があるし、そこで平民の受け入れが始まるから今後平民出身の貴族が増えていくんだけどね。早めに価値観をアップデートしといたほうがいいよ?いや、煽りとか抜きでね。今ならショーンさんみたいに叙爵のチャンスがあるんだからさ。

 とはいえ、学園内にもこういうやつが一定数いるのも事実なんだよね。だからミルティアもその辺をつついてきてるわけだし。




 舞台の形成が済んだのでおばちゃんに確認してもらう。


「舞台のサイズも形状もこれで大丈夫です。あとは強度ですね」

「どれくらいあればいいですかね?」

「そうですね。とりあえずやってみていただけますか?」


 まずは舞台全体にゆっくりと魔力を流して密度を一定にしていく。あとは少しずつ表面を固めていけばおしまい。強度の加減が分からないからストップはおばちゃんに任せよう。


「これくらいで大丈夫でしょう」

「了解です」


 全力の七割から八割くらいのところでストップがかかった。これ、いつぞや地下通路を塞いだ【土壁】と同じくらいの硬さなんだけど、こんなに硬くする必要ある?いや、別にいいけどさ。

 ……それにしても石や鉄よりも固い土の舞台って割と謎だよな。まぁ、剣と魔法の世界でそういうの気にしちゃダメなんだろうけど。




 日が陰りだしたころ学園長が作業の様子を見に来た。そういえば姿を見るのは入学式以来だな。まぁ、訓練場には来ないからな。学園長はたしか公爵家の出身で学園長になるのに合わせて伯爵に叙されたんだっけ?まだ三十代に見えるけど学園長を任せられるってことは相当優秀なんだろうね。


「教頭先生、作業は順調ですか?」

「舞台の方は二つ完成しました。残る一つも明日の午前中には完成すると思います。観客席の方の作業も始まっており、こちらも予定通りといったところですね」

「なるほど」


 観客席の設置も結構大変なんだよなぁ。広さもさることながら、保護者や軍の関係者が大勢来るから頑丈にしなきゃいけないし、今年は国王も観戦に来る。そのための特別な席も用意しなくちゃいけないんだって。


「作業の方は問題なさそうですね。皆さん、引き続きよろしくお願いします」

「「「はいっ!!」」」


 学園長はおばちゃんから作業の進捗状況を聞いて仕事に戻っていった。イヤミー君たちは今の激励でめちゃくちゃやる気になってるな。最初からその調子でやってほしいもんだ。




 翌朝、訓練場に行くとちょっとした違和感を感じる。


「……」

「ん?どうした?」

「はぁ……、めんどくさ」

「あん?」

「いや、どこにでもバカはいるんだなって」

「???」


 昨日俺が任された中央の舞台の一角に何者かの魔力がベットリと付いていた。たぶん誰かが細工しようとしたんだろうな。まぁ、無理だったみたいだけど。おばちゃんがあんなに硬くさせた意味が分かったわ。それにしてもこういうとき【魔力感知】があると便利だな。

 それにしてもめんどくさいなぁ。俺の評価を落とすためなのか、本番で何かやらかすためなのか分からないけど。……一応おばちゃんに相談して保険をかけとくか?何もないならそれでいいわけだしな。






 その晩、辺境伯から呼び出しがあった。こういう急な呼び出しは大抵嬉しくないお知らせなんだよなぁ。


「国境がきな臭くなっている」

「どっちですか?」

「両方だ」

「うわ、めんどくさ」


 あいつらマジで教国と組んだの?正気とは思えないんだけど。

 とはいえ、何となくそんな気がしてたのも事実なんだよなぁ。ずっと闘技大会を意識させようとしてたもんね。行くならどっちかな……。近いのは西の公国、遠慮なく殴れるのは東の教国。


「じゃあ西に行ってきます」

「……頼めるか?」

「えぇ、闘技大会見たいんで」

「ふふっ、私もだ」


 闘技大会は今のところ開催する方針らしい。さすがに大会中に侵攻があれば中止せざるを得ないだろうけどね。それは困る。

 ここで公国の動きを何とかすれば教国も動けないと思うんだよね。ただでさえ何とか連邦とバチバチなのに単独でハーテリアを攻めるとは思えないからね。……というのは名目で、教国まで行ってたら闘技大会に間に合わないから。




 辺境伯の執務室を出たところで、リエラ嬢とセイラに遭遇した。話が終わるのを待ってくれていたみたい。


「にーさま!」

「おにーちゃん!」

「ふたりとも待っててくれたの?」


 この二人はいつも一緒だね。仲良きことは美しきかな。いつも一緒に魔法の練習をしてるからね。二人ともだいぶ上達してきて、今は二人とも【光槍】の魔法を練習中。練習する魔法を絞ればそれだけ早く上達するからね。それに俺が【バレット】から【ショット】や【キャノン】を作ったように、使っていく中で弱点や足りないところが見えてくる。オリジナル魔法のアイデアが湧いてきやすいってわけ。

 ちなみに二人が【光槍】を選んだのはサーシャさんのアドバイスがあってのこと。数を増やして雨の様に降らせたり、形を変えて檻のようにしたりと他の魔法に派生させやすいんだって。

 そうそう、『精霊』たちには練習のときには大人しくするようにお願いしている。自分の実力がどの程度か把握しておくのも大事だからね。


「闘技大会楽しみだね!」

「アルトおにーちゃん、優勝するかな?」

「二人が一生懸命応援すればきっと優勝してくれるよ」

「じゃあ応援頑張る!」

「わたしも!」


 アルト君はシスコンだから二人が応援するとめちゃくちゃパワーアップしそう。


 ……さて、二人も闘技大会を楽しみにしてるんだ。厄介事はチャチャッと片付けてきますかね。すまんな公国、お前らより闘技大会の方が大事なんだ。

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