閑話 ロイド・ベルガルド侯爵

「おのれ、ミルティアめ!絶対に許さんぞ!」


 中立派筆頭のロイド・ベルガルド侯爵は両腕を机に叩き付けて怒りをあらわにする。温厚な人物として知られる彼は今、強烈な怒りと深い悲しみの中にいた。深夜、ヘイル・オブレイン前辺境伯から届けられた王家と主戦派、そしてミルティア教会の悪事に関わる証拠の山。その中からを手に取ったのは果たして偶然なのか、或いは『精霊』の導きなのか。



 ベルガルド侯爵家は“『精霊』の加護を受けた家”として広く知られている。『精霊の愛し子』だった初代ベルガルドが『精霊』と盟約を結んだといわれ、一族からは【精霊感知】を持つ者が多く輩出されている。現当主である彼もその一人で、物心ついたころから『精霊』の存在を身近に感じて育った。


 ロイド・ベルガルド侯爵には正妻との間に四人の息子と一人の娘がいる。そのうち長男と三男には『精霊』を感知する力があり、侯爵家の次代は安泰。長女はすでに嫁ぎ、次男は領地の運営に携わっている。残る四男も槍術に長けた近衛騎士として将来を嘱望されていた。


 そんな彼にはもう一人、家族にも知らされていない男子がいた。学生時代に知り合った下位貴族の令嬢との間に産まれたフリークである。その令嬢はフリークを身籠った直後に実家の命令で商家に嫁いだため、彼がフリークのことを知ったのは彼女が病で亡くなる直前、フリークが六歳のときであった。フリークの存在を知ったロイドは信頼できる配下をその商家に複数送り込み、護衛と定期的な報告を命じた。

 それから二十数年、配下からの報告を通してフリークの成長を見守ってきた。育ての父から仕事を教わり、結婚し、子どもができた。かつて愛した女性と同じ銀色の髪をもつ可愛い女の子だそうだ。フリークとその家族についての報告に目を通すのが、ロイドにとって何よりの心の安らぎになっていた。



 ――その報告が途絶えたのは二月ほど前のことだ。育ての父が亡くなり、商家の主となっていたフリーク一家と送り込んだ配下を含む店の者が揃って行方不明になった。

 急ぎ侯爵家の持つ情報網を駆使して行方を捜すも、いくつかの断片的な情報しか得られなかった。侯爵家の情報網すら掻い潜る者たちによる犯行。それが可能な組織はごく限られている。それゆえに迂闊に手を出すこともできない。逸る気持ちを抑えつつ情報を収集・精査する毎日。

 そんなときに飛び込んできたのが今回の報せであった。彼にとってはまさに“『精霊』の導き”であった。




「ち、父上、その恰好は一体!?」

「これよりミルティア神殿に突入し、司教の首を取る!命の惜しくない者だけついて参れ!」

「司教を!?」

「どうされたのですか!?父上らしくもない」

「事が済めば理由は必ず話す。だが今は黙って行かせてほしい。頼む!」

「しかし父上――」

「俺も行こう。兄貴は残れ。万が一がある」

「ネビル!?」

「……すまん」

「父上がここまで怒るのは初めてですからね。奴らが何をしでかしたのか興味がある」

「はぁ……。分かりました。ですが司教の首はとらないように。腕の二、三本程度で我慢してください。それと、必ず後で話してもらいますからね?」

「……あぁ、約束しよう」

「……ネビル、父上がやり過ぎないように見ておいてくれ」

「あいよ」


 穏健派が王城に向かったとの情報を得たベルガルド侯爵は目標をミルティア神殿に定めた。派閥の貴族と配下へ穏健派の援護と主戦派への牽制を指示し、自ら先頭に立って数十名の兵とともに混乱のさなかにあった神殿を強襲。

 鬼の形相のベルガルド侯爵に率いられた部隊は、本人たちも驚くほどの強度の【身体強化】と強力な魔法を行使して神殿騎士たちを圧倒したという。

 一方、急襲された神殿の者たちは混乱のせいか普段通りに戦うこともできず、その多くが討ち取られた。ブルモルン司教と彼に付き従う『ミルティアの使徒』が粘りを見せるも、侯爵たちの猛攻の前に『使徒』は討たれ、司教も片腕を失った状態で捕らえられた。


 この戦いで“『精霊』の加護を受けた家”としてのベルガルド侯爵家の名声はさらに高まることになる。




「つまり我々にはもう一人兄がいて、その兄の一家が連中に殺害されたと?」

「あぁ……」

「そういうことだったのか。だったらもう一本の腕も落としとけば良かったぜ」

「黙っていてすまなかった」

「あー、俺は気にしないが、兄貴は?」

「私も特には。驚きはしましたが」

「そうか、ありがとう」

「……それで?母上には伝えたのですか?」

「……折を見て話すつも――」

「あなた、そのお話じっくり聞かせていただきましょうか?」

「――っ、ユリナ!?」


 『精霊』の加護があっても妻には逆らうな。この日、ベルガルド侯爵家に新たな家訓が誕生した。



「あー、実はだな……。その、私には――」

「私が怒っているのはそのことではありません」

「は?」

「あなたに嫁いで二十七年。これまで妾の一人も持たなかったあなたの愛情をいまさら疑ってなどおりません」

「う、うむ……」

「なぜ隠していたのですか?」

「そ、それは……」

「いいですか?あなたがフリーク殿のことを相談してくれていれば、当家に迎えることも侯爵家として後ろ盾になることもできたのです。そうすれば此度のようなことは起こらなかった。違いますか?」

「そ、それは……」

「このような仕儀となって、我が侯爵家はフリーク殿のお母上に対して面目が立ちますか?あなたは父親としての責任を果たしたと言えますか?」

「ぐぅ……」



「……うへぇ、母上があんなに怒ってるとこなんて久々に見たぜ」

「……あぁ、しかし何も今――」

「ニール、ネビル!あなた方もよく聞きなさい!」

「「――っ!?は、はいっ!?」」

「あなた方も外に女性や子がいるのであれば、その方たちへの責任をきっちりと果たすことです。それができないのであれば……。分かりますね?」

「「はいっ!!」」



[[[おぉ~、つよーい!]]]

[[[かっこいい!]]]

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