第九話 王都の地下で
『……夜もだいぶ更けてきたし、そろそろ行きましょうか』
「ねぇ、ホントに行くの?他の人たちも呼んだ方がいいんじゃない?」
『ダメです。足手まといです』
「だからって二人だけで行くのは」
『サーシャさんが信用してる人が俺にとって信用できる人とは限りませんから』
「そんな……いえ、分かったわ。行きましょう」
言い方がアレな自覚はあるが仕方ない。コミュ障にそういうのを期待しないでほしい。だけど、実際に原作サーシャさんは失敗してる可能性が高いわけで。それが裏切り者のせいなのか戦力差のせいなのかは分かんないけどね。
それに不安要素は少ない方がいい。サーシャさんのことだって完全に信用したわけじゃないしな。国や教会が関与していることは伝えたけど、さすがにすべては伝えようがなかった。だから、例えば王子や司教のような大物と出くわした時に彼女がどう動くかが分からない。まぁ、全部話してないことはバレてるだろうけどね。その辺はお互い様だ。
そういうわけで最初は一人で来る気だったんだけどね。サーシャさんもついてくると言ってきかなかった。まぁ、俺としても捕まってる人の保護を考えると一人じゃ厳しいかなと思ってたから受け入れた。というか、捕まってる人がいるとか全く考えてなかったわ。勢い任せで動くもんじゃないね。
「あのアルディナ商会の倉庫が地下への入口よ」
『【土中探査】。……アルディナ商会?』
「王都の有名な商会よ。いろんな貴族と繋がりがあるみたい。……見張りは十五人いるわ」
『【土槍】。……終わりました』
「えっ?」
サーシャさんの【魔眼】で見つけた地下通路の入り口にあったのは大きな倉庫だった。アルディナ商会という名に聞き覚えはないけど、サーシャさん曰くこの国では割と名の通った商会だそうだ。まぁ、大きな商会の倉庫なら馬車の出入りが多くても不自然じゃないからな。それに城壁の外にあるスラムなら衛兵に荷台を検められることもないし、いくら用心棒を雇っても防犯と言い張れるわけだ。隠れ蓑にはうってつけだな。
入口の場所が特定できたので【土中探査】で用心棒の人数と位置を探って、壁や床から槍を生やして仕留める。二人ほど反応してたけど二本目の槍でおしまい。この倉庫を含めスラムの建物はそのほとんどが土壁造りだから、地属性魔法を使う俺にはやりやすくていい。
『まず捕まった人たちを保護しましょう』
「わかったわ」
『彼らの保護が済んだら出入口を封鎖します。援軍を呼ばれたら厄介ですから』
「私は証拠を抑えるわ。関係者のリストでもあればいいんだけど」
この後の段取りを話し合いながら、馬車が通れるように整備された長い地下通路を進む。背後から敵が来ないように倉庫からの入り口は厳重に塞いでおいた。
証拠というのは王家と距離のある穏健派の貴族たちにばら撒くためのものだな。少しでも王家を牽制してくれればと思って。まぁ、原作開始時点でほぼ無力化されてた彼らに多くは期待できそうにないけどね。
「――視えたわ。この通路を出て左に少し行ったところに牢があるみたい」
『捕まってる人と見張りの数は?』
「捕まってるのは二、三十人ってところかしら。何人か魔力の濃い人がいてはっきりとは分からないわね。見張りは七人。こっちは特別魔力が多い人はいないわ」
『結構多い、いや行方不明者の数を考えると少ないのか』
だいぶ進んだところでサーシャさんの眼には地下施設の内部の様子が見えてきたらしい。やっぱ【魔眼】ってチートだな。俺の【土中探査】じゃまだ通路の先にも届いてないのに。
それにしてもそれだけの人数の安全をどう確保するかだな。他の場所にもいるだろうし、潜入したばかりで騒ぎにはしたくない。
『それじゃ行きますよ?討ち漏らしがいたらお願いします』
「えぇ、任せて頂戴」
地下通路の終点に近づき、いよいよ実験施設に突入する。
『【土壁】』
「「うわっ!?」」
「な、なんだこの壁!?」
『【バレット】』
「「「ぐあっ!!!」」」
施設内に入ってすぐに牢と見張りの間に【土壁】を発動する。急な事態に慌てる見張りたちに【バレット】を撃ち込み制圧は完了。うん、討ち漏らしはなさそうだ。事前の相談通り、捕まってる人たちの解放と状況説明はサーシャさんに任せて、俺は彼らが隠れられる地下空間を作ろうと思ったんだけど……
「そんな……」
死んだ見張りの中にミルティアの神殿騎士の姿があったことにショックを受けているみたいだな。まぁ、事前に教会の関与は伝えてたとはいえ、話で聞くのと自分の目で見るのとでは違うんだろうね。でもこんな入口でショック受けてたらこの先もたないよ?
「ごめんなさい。もう大丈夫よ」
『……じゃあ、あっちお願いします』
とりあえず復活したっぽいね。こっちの作業はもう済んでるからこの辺の書類を漁っとくかな。ってことで目の部分だけ【魔装】を解除する。大丈夫、ちゃんと死体が視界に入らない位置をキープしてる。
『書類めっちゃあるじゃん』
……こんなことなら辺境伯からマジックバッグ借りればよかったな。辺境伯のあのでかい大刀、どこにあったんだと思ったらマジックバッグに入れてたらしい。いいよね、マジックバッグ。実用性もさることながら異世界ロマンを感じる。さすがに容量は無限じゃないみたいだけどね。だいたい馬車一個分だって。かなり高価らしいけど俺も欲しいな。
それはさておき、書類をざっと見たところ、何かのリストのようなものがたくさんあった。名前や日付に地名なんかが書いてあるからたぶん捕まった人のリストだな。あとは地下の見取り図なんかもあれば完璧なんだけど。まぁ、さすがにないか。
「説明は済んだわ。彼らの話ではもうひとつ出入り口があって、その傍にもう一つの牢があるみたいね。人数までは分からないそうだけど」
『……牢はもう一か所、ですか。少ないですね』
「えぇ…… あ、それと何人か一緒に行きたいって人がいるんだけど」
『気持ちは分かるけど却下で』
「まぁ、そうよね」
気持ちは分かるんだ。家族や大事な人を殺された人もいるだろうから。だけど怒りに任せて大暴れされても困る。せめて捕まってる人たちを全員確保してからじゃないと。そのあとは状況次第かな。ひと暴れお願いすることもあるかもしれない。
「暗いので気を付けてくださいね」
サーシャさんの指示に従って全員がおそるおそる地下空間に入っていく。地下施設は通路も含め魔道具で明るくしてあったけど、この地下空間は真っ暗だからね。怖いのはしゃーない。それにしても貴族っぽい人から冒険者風の人に子どもまでいるな。性別も年齢もバラバラ。これ、どういう基準で攫ってきたんだろうな。
ちなみに一緒に行きたいって言ったのは貴族っぽい人と冒険者風の人が三人。彼らには見張りが持っていた武器を渡してここの人たちの護衛を頼んだ。見つからないに越したことはないけど、何が起こるか分からないからね。
『証拠品も隠したんで次に行きましょう』
「そうね。時間もないもの」
証拠になりそうな書類は地下空間の壁の中にしまっておいた。持ち歩くわけにはいかないからね。ってことで次の牢に急ごう。
「……話は済んだわ」
『……大丈夫ですか?』
「……なんとか、ね。いつまでもショックを受けてられないもの。今は急がないと」
『じゃあ、彼らを避難させて出入口を潰しに行きましょうか』
無事に二か所目の牢も解放し、書類も回収した。こっちにはさっきのところよりも多い五十人ほどがいた。こちらも先ほどと同様、冒険者という者たちに護衛役を任せて地下空間に避難させればいい。トラブルがないと楽だね。
ただサーシャさんの様子が心配なので、ここからは予定を変更して一緒に行動することにした。ここに来るまでに魔物の飼育場があったんだけど、彼女はその一角に山積みになっていたそいつらの餌を見てしまったようだ。どうやらそこで失敗作を処分していたらしい。うん、そりゃキツいわ。俺なら吐く。自信を持って言える。
まぁ、それ以前に別行動は無理そうだなとは思ってた。サーシャさんの強さはあくまでそこそこでしかない。大変なのはここからだからな。深夜だから人の出入りは少ないだろうけど見回りはいるだろうし、すでに倉庫の異変が発覚している可能性だってある。いつ騒ぎになってもおかしくない。
『急がないとな』
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