第四話 オブレイン辺境伯家

「なんで?」

「……」

「ねぇ、なんで?」

「……」


 俺はギルドで必死に目を逸らす主任さんを詰めていた。俺宛に指名依頼無茶振りが来たのだ。ご領主様から。


 なぜDランクの俺に指名依頼が来るのか。冒険者ギルドが国の管理下にあるからだ。まぁ、大勢の荒くれ者を抱え込んだ組織を国が野放しにするわけがないわな。冒険者ギルドにある程度の自主性を認める代わりに、お願い無茶振り聞いてくれるよね?ってことだ。だからある程度力のある貴族なら今回のように指名依頼をねじ込むこともできるってわけ。

 ちなみに商業ギルドは国から独立した組織だったりする。多分歴代のトップたちがうまいことやったんだろうね。国であっても迂闊に手が出せない存在になってしまった。まぁ、原作では主人公サイドについてたから特に問題はなかったけど、国からしたらめんどくさいだろうな。


 話を戻すが、事の発端はまたしてもフェンフィール氏だ。ありがたいことに彼は俺のことをとても評価してくれている。そんな彼が先日のDランク昇格の一件を聞いたらしい。というかギルドが報告したんだって。例の書簡への返事として。「うちにとっても大事な戦力だからあげられないよ」みたいな感じで。うん、そこまでは良かったんだ。

 だけどその話がなぜかご領主様まで届いた。いやまぁ、フェンフィール氏のことだ。ご領主様ご本人かその近くの人に話したんだろう。「面白いやつがいたんですよ」的なノリで。

 そして俺に指名依頼無茶振りが来た。なんで?


「とりあえず落ち着け。指名依頼ってのはあくまで形式上のものだ」

「……?」

「ご領主さまがお前をご子息に引き合わせたいとおっしゃってな。だが、客人として招くと大仰になるだろ?作法とかも求められるしな。そうなったらお前、絶対来ないだろ?」

「はい」

「……即答かよ。まぁいい。だが冒険者への依頼なら礼儀もさほど気にしなくていいだろ?ちゃんとできるヤツのほうが少ないからな。そういう配慮だよ。もちろん断ってもいいと言われてる」

「じゃあそう言ってくれれば……」

「お前、指名依頼って聞いた途端めちゃくちゃ不機嫌になったじゃねぇか」

「……」


 今度は俺が目を逸らす番だった。いや、だって俺の顔を見るなり「ご領主様から指名依頼が来てるぞ」とか言われたら、ねぇ?……ごめんなさい。


「……ご子息というのは?」

「ご長男のアルト様だ。たしか十歳だったはずだ。剣が得意なんだが魔法の方が伸び悩んでるらしくてな。歳の近いお前の魔法を見ればいい刺激になるんじゃないかとさ。もちろん見せられる範囲の魔法でいい」

「……なるほど」

「で、どうする?さっきも言ったが、断わっても大丈夫だが」

「いえ、受けます」

「お、受けてくれるか。助かるよ」


 少し悩んだが依頼を受けることにした。主任さんにはお世話になってるしな。それに一介のDランク冒険者相手にもちゃんと配慮してくれる辺り、噂通りの人物なんだろう。そんな人物がなぜ原作では消えているのか。その辺りのことを知るためにもやはり辺境伯には会っておきたい。それに辺境伯の周辺にガルガインがいる可能性もあるしな。




「はぇー、辺境伯家すっごい」


 三日後、ギルドに迎えに来た馬車で領主邸を訪ねると応接室に案内された。室内にはおしゃれな調度品が並んでいる。どれもお高いんだろうけど、圧迫感みたいなのは感じない。やたらゴテゴテしてたどこぞの侯爵家とは大違いだ。これができる貴族か。

 メイドさんが出してくれた紅茶を飲みながら待つこと数分。遂に謎の人物、オブレイン辺境伯とのご対面だ。


「君がマインか。よく来てくれた。私はルクス・オブレイン。このオブレイン領の領主だ」

「……はじめまして。マインと申します」

「あぁ、そう固くならなくていい。ウェインから君のことを聞いてね。興味が湧いたんだ」

「……恐れ入ります」


 にこやかに自己紹介したオブレイン辺境伯は三十歳前後のイケメンだった。顔にも見覚えはないな。でもこの人、金髪碧眼のザ・貴族みたいな見た目なのにかなり魔力の流れが洗練されてるな。相当強そう。というか、魔力の密度と流れ方だけで言えば『剣聖』クラスじゃね?

 その辺境伯の斜め後ろにはフェンフィール氏。護衛も兼ねてるんだろうな。目が合うとウインクしてくる。やっぱりお前だったか。


「ギルドを通して伝えたように、今日は息子のアルトに魔法を披露してもらいたい。もちろん冒険者の君の手札をすべて晒せとは言わない。見せられる範囲で構わないよ」

「承知しました」

「ありがとう。それじゃあ訓練場に行こうか」

「はい」


 冒険者の俺に対して高圧的に来るわけでもなく、話しやすい雰囲気を作ってくれてる。どこぞの侯爵様とは大違いだな。

 ……そういえば侯爵家の訓練場をボッコボコのガッチガチにするのをすっかり忘れてたわ。森林地帯に入る前にやってくれば良かった。大失敗だ。



「おとーさま!」

「おぉ、リエラ。どうしたんだい?」

「おにーさまのくんれんをみにいくの!」


 訓練場に向かう途中で女の子が辺境伯に駆け寄ってきた。辺境伯と同じ金髪碧眼の可愛らしい子だ。五歳くらいかな?成長したら絶対に美人になるだろうなってのが容易に想像できるレベル。

 ……うわぁ、辺境伯の顔が緩み切ってるよ。てかこの子、魔力多いな。冒険者ギルドで見た誰よりも。これは将来有望だな。


「あ、おきゃくさま?」

「あぁ、アルトに魔法を見せてくれるマインだ。マイン、娘のリエラだ」

「はじめまして!りえらです!」

「初めまして、マインです」

「おとーさま、りえらもまほうみたい!」

「マイン、構わないかな?」

「大丈夫です」

「やったー!」


 この流れで断れる者がいるのだろうか。いや、別に断る気はないけどさ。

 それにしてもこの子、なんとなーく見覚えがあるんだよな。どこで出てきたかさっぱり思い出せないけど。ヒロインっぽい容姿だけどヒロインなら覚えてるだろうしなぁ。あーもう、こういうの一番嫌なんだけど。

 ただ、オブレイン辺境伯家が原作に存在しなかったことを考えると注意しておいた方がいい気がする。マイン君の弟妹たちもそうだけど、子どもが酷い目に合うのは嫌だからね。


「あそこが訓練場だよ」

「……広いですね」

「ははは、これでも国境を任されてるからね。いつ何が起こってもいいように備えておくのが役目なのさ。もちろん何もないに越したことはないがね」


 あー、アルテリアのヘルナイア辺境伯と似たようなタイプか。「こっちからは仕掛けないけど、そっち来るならこっちも全力でやるよ?」ってタイプ。そんな人たちのおかげで国境が落ち着いてるんだろうな。その分、戦争やりたいマンの現ハーテリア国王や主戦派の連中とは反りが合わなそう。その辺に原作でオブレイン家が存在しない理由がありそうだな。


「あそこで訓練しているのがアルトだ」


 訓練場の一角で騎士っぽい人と打ち合う少年が見える。……なんか俺よりデカくね?あれで十歳?ずるくない?


「アルト」

「おにーさま!」

「父上!リエラ!」

「――ッ!?」

「息子のアルトだ。アルト、魔法を披露してくれるマインだ。」

「アルトです。よろしくお願いします!」

「……マインです。よろしくお願いします」


 アルト君の顔を見て驚きに声が出そうになった。目の前にいた少年が原作の登場人物だったからだ。

 原作マイン君と同じく改造された被験者の一人で、原作マイン君と主にアーライト領を強襲した部隊の一員。最期はオルティアに攻め込んだ主人公たちを相手にたった一人で奮戦し討ち取られた剣士。原作では名前が出なかったけど、めちゃくちゃ強かったから印象に残ってる。まだ若いけど間違いない。

 そんな彼がオブレイン辺境伯家の子息だったとなると……。やっぱりこの先この一家に何かが起こる。それもクソみたいな何かが。

 やっぱこの国、ロクでもねぇわ。

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