第二話 防壁
「これお願いします」
「あ、マインさん。マインさんに受けていただきたい依頼があるのですが」
「……?俺Eランクですよ?」
ギルドで依頼を受けようとしたら、受付でそう声をかけられた。けど、指名依頼を受けられるのはCランク以上。登録してから一つしかランクが上がっていないEランクの俺にそんなものが来るはずがない。そう思ったんだけど。
「依頼人からの要望が地属性魔法に長けた者を、ということなので指名依頼ではないですね。ただ、依頼の内容を考えるとマインさんが適任なのは間違いないです。もちろん強制ではありませんが、ギルドとしては受けていただきたいと考えています」
「……内容は?」
「森林地帯の手前にある防壁の補修及び補強ですね。なにぶん長さがありますので、期間は移動も含めて三週間とのことです。移動に片道三日、現地での作業が二週間。移動に関しては先方が馬車を用意してくださるとのことです」
「……防壁の仕事って領軍の方がやるんじゃ?」
「本来は領軍の魔法使いの方がされる予定だったのですが、他に人手が必要になったようで冒険者ギルドに話が来たんです」
「……なるほど。防壁ってことは依頼人は?」
「ご領主様ですね。と言っても実際に対応されるのは現地に派遣される騎士の方になると思いますが」
「分かりました。受けます」
まぁ、本人が来るわけないわな。でもガルガインに繋がる情報を得られる可能性はあるか。報酬もなかなかいいしな。
「おー、相変わらず凄いな」
オブレイン領の北部には森林地帯から魔物が出てくるのを防ぐために防壁が備えられている。と言っても、森林地帯から魔物が大挙して押し寄せるようなことはまずないので割と簡素なものだ。とはいえ、広い森林地帯を覆うように作られてるから、相当な時間と金、労力がかかったんだろうけどな。おかげで何か異変があるとすぐに厳戒態勢がとれるようになっている。屋敷の裏の森に魔物がいるどこぞの侯爵家とは大違いだ。
「実際、あの時はめちゃくちゃ動きが早かったしな」
半年ほど前の話だ。森林地帯の深部から何かが木々を薙ぎ倒しながら高速で接近して来たことがあった。それに気づいた見張りの兵士が非常用の魔道具を起動し、周辺の領兵が集結。厳戒態勢が敷かれた。しかし、その何かは森の入り口から数百メートルの場所で忽然と姿を消す。
後日、高ランクの冒険者と騎士の精鋭たちにより調査隊が組織されるが、森の奥から一直線に続く破壊の跡が残っていただけで、それを成した何かの姿はついぞ発見されなかった。
「まぁ、俺なんだが」
あのときはとにかく最速でこっちに来ようとしてたんだ。森がどこまで続いてるか分からなかったしな。で、【魔力探査】で森の終わりが分かったから、徒歩に切り替えて森を出ようとしたら兵士が集結しつつあった。しかも後から後からどんどん集まってきてた。トンネルを掘ってなんとかやり過ごしたけど、あのときはめちゃくちゃビビった。
そのうえ調査隊まで組織したと聞いた時は心底申し訳ないと思った。機会があったら謝りたい。ないことを祈るが。だって怒られるの嫌だもん。
「ギルドの者だな?」
「はい,これが依頼書です」
「よし、隊長のところに案内する。ついてきてくれ」
「はい」
駐屯地の前で馬車を降りたところで見張りの兵士に声を掛けられる。依頼書を見せて駐屯地の中央にある大きなテントに案内してもらう。
「隊長、依頼を受けた冒険者が到着しました」
「入ってくれ」
「失礼します」
テントの中には、三十代半ばくらいの男が二人いた。一人は赤い髪の大男。もう一人は青い髪をした優男。こっちはきれいな身なりをしているから騎士かな。見た目はヒョロいけど、魔力の動きがスムーズ。この人、相当強そうだな。
「君が依頼を受けた冒険者だな?……たしかマインだったか?」
「……ご存じで?」
「街の外壁の補修をしているのを何度か見ているからね。私はここの責任者でダグラスという。こちらはウェイン・フェンフィール騎士爵様だ。作業の監督をされることになっている」
「ウェイン・フェンフィールだ。今日からよろしく頼むよ」
「よろしくお願いします」
今回の依頼では防壁の各所を点検しながら補修と補強をしていくことになる。遠くまで続く壁をすべてやるわけじゃないけど、それでも予定では二週間。その間の食事と寝床は領軍の方で用意してくれるので助かる。保存食はお世辞にもうまいとは言えないからな。どこぞの侯爵家の飯よりはマシだが。
「ほう、見事なものだね」
「ありがとうございます」
フェンフィール騎士爵からお褒めの言葉をいただきながら作業を進めていく。……この人ずっとついてくるのかな?今回の依頼は防壁に魔力を流して崩れてるところや脆くなってるところを補修していくだけのくっそ地味な作業なんだけど。たぶん見てても面白くないよ?
「マインといったね。君がEランクというのは本当かい?」
「……ホントです」
「これだけ魔法を使える者がEランクというのは信じがたいんだけど」
「あー、魔物を狩れないので」
「魔物を狩れない?それは攻撃魔法が苦手ということかい?」
「いえ、グロいのが……」
「あぁ…… 確かに僕も初めて魔物を狩った時は大変だったな。あれはたしか――」
この人、結構おしゃべりでいろいろと話を振ってくれるので助かる。壁の補修って単純作業だから飽きが来やすいんだよな。領兵の人たちとも気さくに話してるし、結構慕われるっぽい。
「ところで壁の強度を上げることはできるのかい?」
「できますけど……」
「けど?」
「この防壁全部となると……」
「アハハッ、確かに現実的ではないね」
「はい」
これ全部やるとなると年単位の時間がかかるだろうからね。できなくはないけどやりたくはない。メンタルが死にそうだし。俺もマイン君も楽しく生きたいんだ。
「君のおかげで作業がずいぶんと捗ったよ。ありがとう」
「いや、大したものだ。予定よりもこんなに早く終わったんだからな」
「いえ、ありがとうございました」
作業は予定より早い十日で終わり、これでフェンフィール騎士爵やダグラス隊長ともお別れだ。フェンフィール氏は俺の護衛と監視も兼ねていたようで、ほぼ毎日やってきておしゃべりしていたし、隊長にも毎日報告はしていたので名残惜しい。
「ところでマイン、例の件は考えてくれたかい?」
「ん?例の件というのは?」
「マインに領軍に入ってはどうかと誘っていてね」
「ほう…… それはうちとしても助かりますが」
「だろう?で、どうかな?」
「ありがたいお話ですが……」
「ふむ、やはり駄目か」
「すみません」
フェンフィール氏には作業の合間に何度か領軍に誘われていた。というか、そのための依頼でもあったらしい。俺としても評価してもらえるのは嬉しいけど、いざという時にすぐに動けないのは困る。いつガルガインが
「分かったよ。だけど、その気になったらいつでも言ってきてくれよ?」
「あぁ、歓迎するぞ」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
二人に礼を言って帰途につく。二人も領兵の人たちもいい人ばかりで、楽しい一週間だった。とはいえ、ずっと壁ばっか見てるのはしんどかったな。
「帰ったらゆっくりしよ」
今回の依頼で懐もだいぶ潤ったからな。しばらくはのんびりしよう。
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