閑話 アルテリア王立学園

 アルテリア王立学園の入学試験の五日後、学園ではある受験生の扱いについて議論が紛糾していた。


「シピン先生よぉ、やっぱりアーライトのガキを合格にするのは無理があるんじゃねぇか?」

「彼の実技の成績はクルト・テリノアを抑えての一位。それほどの者を不合格にするのは学園にとってもこの国にとっても損失ではありませんか?」

「つっても筆記は三割しか取れてねぇんだ。それで合格させるっつーのはなぁ」

「彼は、クルト・テリノアの【ストーンランス】を別の魔法でしたのです。それだけで彼のセンスと技術の高さが分かるはずです」

「そりゃ分かるが、あの成績じゃ授業についてこれねぇだろ」


 このやり取りもここ数日のうちに何度も繰り返されている。

 マイン・アーライトの技量はここにいる誰もが認めるところであった。世代最高ともいわれるクルト・テリノア子爵家子息、彼の魔法を全く同じ威力と発動速度で再現したのだ。それも別の魔法を使って。初見で同じ事ができる者がこの場に何人いるか。

 しかし、筆記試験の成績が足を引っ張っていた。合格者の中で筆記最下位の正答率がおよそ七割。マイン・アーライトはその半分以下の点数であった。これでは授業についてこれないのではないかという懸念が出るのは当然のことである。


「筆記試験を監督したフェルマル先生はどうお考えですか?」

「私は授業についてはさほど心配はいらないと考えています」

「あん?なんでだ?」

「彼が解答した問題の正答率は九割を超えています。全体の三割の問題を僅か二十分で終えたことと考え合わせると地頭は悪くないように思います」

「だがよぉ、馬鹿じゃねぇんなら暗記科目ももう少しとれたんじゃねぇか?歴史なんてほぼ白紙だったぜ?」

「彼が知識を得られる環境になかったとは考えられませんか?」

「庶子とはいえ、仮にも侯爵家の子息ですよ?それはないと思いますが?」

「……いや、あり得るな。アーライトは剣が全ての家だ。剣を使えねぇガキにまともな教育をしてねぇってことも十分考えられる」

「「「たしかに……」」」


 「剣以外に価値を見出さない家」。それがアルテリア王国におけるアーライト評である。それは今代に限ったことではなく、武の名門と呼ばれるよりも前から一貫して変わらない。かの家が剣の才能がない庶子に十分な教育を行わないことなど、容易に想像できることであった。


「それに……」

「どうしました、フェルマル先生?」

「彼は【魔纏】を使っていました。ごく薄くですが試験中ずっと」

「はぁ!?あの歳で【魔纏】だと!?しかもそんなに長時間かよ!」

「それが事実ならとんでもない逸材ですよ!?」


 教師たちが驚くのも無理はない。【魔纏】を扱える者など学生全体で見ても十人といないだろう。【魔纏】を扱うにはそれだけの技量と魔力量が必要とされる。それを試験中ずっと発動するとなると才能だけでなく人並外れた努力も必要になる。


「……これは不合格にするわけにはいかなくなりましたね」

「そんな化け物なら学力なんて関係ねぇ。すぐに合格にすべきだ」

「学力に関しては入学前に補習を行ってはいかがでしょうか。極めて異例なことではありますが、それである程度の学力が身につくのでは?」

「たしかにそれなら学力の方も何とかなるかもしれませんね」

「では異例ではありますが、マイン・アーライトは合格ということで宜しいですね?」

「「「異議なし」」」


 こうしてマイン・アーライトの合格が決定した。学力は合格水準に遠く及ばないものの、その圧倒的な技量を評価されての特例入学。アーライト家から魔法科の合格者が出るというアルテリア王立学園創立以来の珍事も重なり、教員たちのマインに対する関心は相当なものがあった。




 しかし合格発表の翌日、アーライト家から入学辞退の申し出があり、再びアルテリア王立学園はマイン・アーライトの扱いに頭を悩ませることになる。


「はぁ!?マイン・アーライトが入学辞退だとぉ!?」

「どうやら合格の判断にがあったと思われたようですね」

「たしかに特例だがあいつの技量を考えれば当然の判断だろうが!」

「ですが昨日のうちに侯爵家から除籍する手続きも完了し、今朝のうちに家を出されたようです」

「はぁ!?あれだけの才を手放すなんて正気か!?」

「もしかしたら『剣聖』は彼の魔法の実力を知らないのかもしれません。知っていれば剣の腕に関係なく手元に置いておくでしょうから」

「おいおい、万が一あいつが国を出たらコトだぞ!?」

「ですが打つ手がありません」


 世代最高の技量の持ち者が他国に流出するのは王国としても避けたい事態だが、すでに除籍の手続きは完了している。打つ手なしと諦めムードが漂いだしたそんな時、ある若い教員が口を開いた。


「あのぉ…… マイン・アーライトが除籍されたのは昨日ですよね?」

「そうですがそれが?」

「それならアーライト侯爵家が彼の入学を辞退させることはできないのでは?入学辞退の申し出があったのは今日なので……」

「「「それだっ!!!」」」

「今すぐマイン・アーライト、いや平民マインを探し出しましょう!」

「この際だ、馬鹿な真似をしやがったアーライトにも抗議しておけ!てめぇらの要求は王国法違反だとな!」


 侯爵家といえど他人の入学を辞退させることは許されない。例え家族であってもだ。これは優れた才能の持ち主を貴族が不当に囲い込むのを防ぐために王国法で固く禁じられた行為である。

 アーライト侯爵家はマインが試験を受けるにあたり、不合格になる前提で除籍の準備を進めていた。しかし結果はまさかの合格。そのため入学辞退の申請よりも前に除籍の手続きが完了してしまった。結果、侯爵家による平民マインの入学辞退の申請は即日却下、さらに学園は侯爵家に対して王国法を盾に厳重な抗議を行う。

 同日中に王都各所へ探索の手が伸ばされるが、広い王都で少年一人を見つけ出すのは困難を極めた。


「おい、見つかったか!?」

「駄目です」

「こっちも見つかりません」

「すでに王都を出たのかもしれませんね」

「クソッ!他の街にも知らせを送れ!何が何でも見つけ出すんだ!」


 三日と経たないうちに王国内の主要な街に連絡が行き大規模な捜索が行われた。懸命な捜索の結果、彼が西に向かったことは判明したが、ある時を境に目撃情報すら途絶えてしまった。その後も王国西部を中心に捜索は続けられたが、マインを見つけることはできず捜索は打ち切られることになる。

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