第十二話 『賢者』

「なんとか食料は持ちそうだな」


 あれから人目に付かないところを通って四日でアーライト南部の森林地帯に到着した。ここから南下して国境を越える。そしてガルガインを殺れそうなら殺って、なんとか公国に向かう。


「ってことでこっからは全速力で行きますか。【魔装】」


 ここからは文字通り真っ直ぐ進む。全速力だと木を避けれないからな。【魔装】ならぶつかっても問題ない。とりあえずこれで行けるところまで行こう。




『――ッ!?』


 木をなぎ倒しつつ二時間ほど走ったところで突如前方に魔力を感知する。どうやら何者かの【魔力探査】圏内に入ったらしい。その場で【魔力探査】を発動するが反応はない。どうやら相手の方が索敵範囲が広いらしい。魔力に威圧感というか圧迫感のようなものがないから敵意はないようだけど。


「その魔法はお前さんのオリジナルかの?」

『――なっ!?』


 唐突に背後から声をかけられる。【魔力探査】にも【魔力感知】にも反応はなかった。咄嗟に距離を取るがやはり魔力も敵意も感じない。というか相手がその気なら今のタイミングで殺されてただろうな。


「ふむ…… 視界を塞いで【魔力感知】の精度を上げておるのか。それでは儂の姿は見えんじゃろうな」

『……ッ』

「そう警戒せずとも、お前さんをどうこうしようとは思っとらんよ」


 前世で聞いたことのある声にいろいろと察してしまった。完全に声が前世の大御所声優なんだよなぁ。諦めて【魔装】を解除すると案の定、目の前に『賢者』がいた。目の前にいるのにやはり【魔力感知】に反応がない。そういう技術があるのは確定か。


「あー、なんでここに?」

「その歳で【魔纏】や【魔力感知】をそこまで使いこなせる者はほとんどおらんから興味が湧いての。まさかその上があるとは思わんかったが。今のはお前さんのオリジナルかの?」

「そうですね。あー、パク――っ」

「……ん?」

「いえ……」


 あっぶねー。思わずパクらないでねって言いそうになってしまった。マイン君もちょっと焦ってる。でもこの人、原作で主人公や他のキャラのオリジナル魔法パクりまくってたからな。おもしろいとか言って。しかも初見の魔法を本人より数段上の完成度で使いこなすからタチが悪い。そのせいで一部のプレイヤーからは『コピー賢者』なんて呼ばれてたしな。

 てか鍛錬も兼ねて常時発動してる【魔纏】はともかく、なんで【魔力感知】がバレたんだよ。やっぱ俺が知らない技術がたくさんあるんだろうな。もしくは【魔眼】を持ってるか。


「ところでお前さん、ハーテリアに行くんかの?」

「あー、その西の公国に行こうかなーと」

「……ふむ。あそこに行っても得るものはなーんもないと思うがのぅ……。まぁお前さんの人生じゃしな」


 公国の扱いよ。まぁ俺も同感だが。原作でも全く存在感のない国だったしな。でもそれでいい。俺もマイン君も普通に生きたいだけだから。

 おっと、それよりもせっかく『賢者』と会えたんだ。


「あのー、いくつかお聞きしても?」

「儂に答えられることならの」

「【魔力感知】にかからないのはなぜでしょう?」

「なぜじゃと思う?」

「……」

「……」

「……あー、『精霊』みたいに自分の魔力を周りの魔力と同化させてるとか?」

「……なんで分かったんじゃ。お前さん、頭がおかしいんじゃないか?」

「えぇ……」

「思いついたとしても実際にやっとるとは思わんじゃろ」

「……『賢者』なんで」


 実際、“『賢者』だから”でだいたい解決するんだよなぁ。それが『アルテリア戦記』で『公式最強』と呼ばれる所以。魔法に関することならできないことはないとまで言われてたしな。


 それはさておき、魔力を隠す方法は入学試験の時から考えてたんだ。最初に思いついたのは魔力を完全に遮断すること。だけどその方法だと自分のいるところに魔力の空白ができて逆に目立ってしまう。他のやり方も似たり寄ったりだ。

 そんな中で思いついたのが魔力を同化するという方法。原作にあった“『精霊』は自然そのもの”って言葉をヒントに思いついたけど秒で諦めた。不可能だからだ。

 魔力は風や地形、人の動きなどで常に動いてる。それに自分の魔力を同化するためには周囲の魔力の動きを常に把握し、それに合わせて自分の魔力を変化させ動かし続ける必要がある。それも他人に違和感を与えることなく。そんなことできる訳が無い。たとえ【魔眼】を持っていても、だ。

 だけどこの『賢者』はそれを行いながら【転移】までやっている。


「えぇ…… 頭おかしい」

「……」

「……あ、すみません」

「まぁよい。せっかく当てたんじゃ。もう一つ答えてやろうかの」

「あー、じゃあ、視界を塞ぐと【魔力感知】の精度が上がるってのは……?」

「ん?分かってやっておったんじゃないのか?」

「あー、あれは死体とかグロいの見たくなくて」

「えぇ…… それはそれでどうなんじゃ」


 『賢者』の答えは目からの情報を遮断することで、より【魔力感知】に使えるリソースが増えるという至ってシンプルなものだった。尤もさっきの『賢者』みたいに魔力を隠すことに長けた相手には意味がないようだけど。あんなのができるのは『賢者』だけだろ。とは思うが、実際にそういう相手がいる以上、なにかしら対策は考えておいたほうがいいだろうな。


「それでは儂は行くとしようかの」

「ありがとうございました」

「うむ、達者での」


 そう言って『賢者』は【転移】で姿を消した。『公式最強』が想像以上にヤバいのがよく分かった。あれが相手じゃ勝つことはおろか逃げることすらできないだろうな。


「……さて俺たちも行こうか」


 サクッとやることやって、さっさとなんとか公国に行ってしまおう。

 その前に……。


「マイン君。アルテリア王国とはここでお別れだ」


 マイン君の感情が少しだけ伝わってくる。寂しいような悲しいような、でも前を向こうとしてるそんな感情。

 俺がもっとうまく立ち回れてたら穏便に国を出ることもできただろうから、そこは申し訳ないと思ってる。せめてどこかのタイミングでお母さんのお墓参りくらいはさせてあげたい。


「じゃ、行こうか。【魔装】」


 グッバイアルテリア。

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