第十一話 グッバイアルテリア

 原作知識ってやっぱチートだわ。知らなきゃ防げない悪意がそこら中にあるからな。

 目の前にいる女もそう。食事を一品増やしてくれたり、学園に送ってくれたり、一人だけ見送りに来てくれたり。悪意に晒され続けてきた原作マイン君はそんな優しさにコロッと騙されただろう。この人は味方かもしれないって。その裏に隠された悪意に気付かずに。そして囚われ、改造され、利用され、殺された。

 『剣聖』の動向をハーテリアに流したのもこいつ。原作マイン君たちハーテリアの部隊を領都に招き入れたのもこいつ。そりゃ見覚えあるよな。原作で敵だったんだから。カインに追い詰められて自慢気に語ってたよな。

 原作マイン君にとってもカインにとってもこいつこそが本当の敵だったんだ。

 とはいえ、ちょっかい出してこなけりゃ見逃すつもりだったんだよ?世話になったのは事実だからさ。だから残念だよ。


『【バレット】』

「な、なにをっ」


 俺を取り囲もうとしていた連中を撃ち抜く。目の前にいる女には何がなんだかわからないだろう。

 簡単に騙せる世間知らずのガキ、ゴネられても脅せば黙るか弱いガキ、暴れても二、三発殴れば大人しくなる貧弱なガキ。そう思ってたガキが全身に鎧を纏い、明確な殺意を向けてくるんだから。


「ま、待っ――」

『【バレット】』


 中年メイドの上半身が吹き飛ぶ。後ろの民家ごと。


『あ、やべっ』


 人が近付けないように【土壁】で路地を封鎖して魔法で死体を地中に隠す。ついでに壊れたものも直して、っと。そうこうやってるうちに【土壁】の向こうが騒がしくなってきた。人の気配の少ない場所を選んだとはいえ、誰もいないわけじゃないしな。

 とりあえず用事は全部済んだし、このままトンネルで王都から出ちゃおう。グッバイ王都。




 メルニエ王国との国境を目指し、徒歩で街道を西に向かう。侯爵家からの餞別の残りじゃ馬車に乗れなかったんだ。侯爵家せっこ。【身体強化】を使って全力で走ればかなり時間を短縮できそうだけど、王都の西は平原が広がっているせいで目立つんだよな。


 夜は魔法で小屋を作れば魔物も賊も心配いらない。地属性魔法様々だな。野営地で一緒になった人にお願いされて何度か魔法の小屋を提供した。きちんと対価を頂いて、四日で侯爵家からの餞別の半分にあたる小銀貨五枚分の小遣い稼ぎができた。やったぜ。初めての稼ぎにマイン君も嬉しそう。




「???」


 王都を出て今日で五日目。なんだが、さっきからすれ違う人がやたらとこっちを見てくる。最初は子どもの一人旅だからかとも思ったけど、昨日まではそんなことなかった。というか、同世代っぽい旅人もいたしな。俺の方が十センチほど小さかったが。


「……もしかして中年メイド殺ったのバレたか?」


 死体も含めて証拠になりそうなものは地中に隠したつもりだけど、俺が家を出た日と中年メイドが行方不明になった日が同じなのは不味かったかもしれない。とはいえ、あいつらを撒いたら撒いたで不自然だったろうしな。こっちは「無能」であっちは一応プロだし。

 とりあえず次の街には慎重に近付こう。手配書が回ってるかもしれん。




「あっ、これ駄目だ」


 しばらく遠目から街の出入りを見ていたが、明らかに誰かを捜している様子。しかも俺と似たような背恰好のやつを。

 下手打ったな。ここまでの目撃情報はいくつも出るだろうから、メルニエ王国を目指してるのがバレるのは時間の問題。いや、すでにバレてると思ったほうがいいか。


「あれ?これ詰んでね?」


 メルニエはアルテリアと同盟国だからあっちにも手配書が回る可能性がある。同じ理由で東のミシネラ連邦も駄目。南のハーテリアとその東のミルティア教国が何かとめんどくさいせいで北の三国の関係は良好なんだよなぁ。ちなみに北は海なのでそっちはそもそも選択肢に入っていない。密航しても行き先は西か東のどっちかだからな。田舎でこっそり暮らすという手もあるけど、いつバレるかと怯えながら暮らすのはまっぴらごめんだ。


「残る南はハーテリアなんだよなぁ……」


 原作ではマイン君をはじめ多くの人を人体実験に使った畜生国家ハーテリア。中年メイド撃退でハーテリアルートは消えたと思ったんだけどなぁ。


「ハーテリアを西に抜けるのは…… あーダメだ」


 ハーテリアの西にはなんとか公国ってのがあるはず。なんだが、学園編の途中で滅ぶんだよなぁ。『なんとか公国が滅んだらしい』みたいな雑な感じで。やったのはもちろんハーテリア。ほんとあいつらロクなことしねぇな。

 ちなみにハーテリアの南も海。この大陸にはこれだけしか国がないんだ。


「いっそのことガルガイン殺っとくか?」


 ――ガルガイン辺境伯。ハーテリアきっての主戦派貴族で、こいつの工作によって穏健派の貴族が影響力を失い、主戦派に押し切られる形で開戦に至った。まぁ、国王も戦争やりたいマンだから時間稼ぎにしかならないかもしれないけど、原作の流れを変えるという意味では悪くはないか?原作マイン君はこいつのところにいたわけだしな。……うん、アリな気がしてきた。ダメもとでやってみよう。無理そうならそのまま公国に行って田舎でのんびりスローライフを送ればいいわけだし。


「よし、とりあえずハーテリアに行こう」


 暗殺用、というか遠距離から攻撃する魔法も作ってあるしな。あれをガルガイン目掛けてぶっ放して、さっさとトンズラするって感じで。しくじってもバレなきゃセーフなのだ。遂に俺の爆発魔法が火を吹くぜ。


「そういえばルミナって今ハーテリアにいるのかな?」


 原作のヒロインの一人でミルティア教会に在籍している聖女候補。たしかハーテリアの孤児院出身だったはず。特殊属性である光属性魔法を高いレベルで使いこなすヒーラー兼バッファーでビルド次第で壁役タンクもできる便利キャラだった。恩人を探してるときに、ミルティア教会が行っている非道な実験のことを知って主人公サイドに寝返るんだっけ。

 ハーテリアに長居する気はないから会うことはないだろうけどね。とはいえ、せっかく『アルテリア戦記』の世界に転生したんだ。一人くらいはヒロインの顔見ておきたいじゃん?入学試験の時は見れなかったしさ。あ、主人公は結構です。


 とりあえずの方針が決まったからまずはアーライト領へ向かう。いや、俺だって行きたくねぇよ。でも王国南西部のヘルナイア領とハーテリアの国境は広い平原で砦もある。手配中の身でそこを通るわけにはいかない。となると、アーライト領から森林地帯を抜けるしかないんだよな。森の中なら全力で走っても誰にもバレないし。

 というか、そうしないと食料が尽きる。アルテリア王国内では補給できそうにないからあまり余裕がないんだ。向こうにつくまではまた採集生活かな。


「それじゃあ行きますかね」

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