第十話 グッバイアーライト

「これはどういうことだ?」

「???」

「これはどういうことかと聞いているっ!」

「え?合格?なんで?」


 激怒するチョビ髭が取り出した一枚の書類。それを見て俺は混乱していた。なぜか合格していたからだ。なんで?筆記ボロボロだったんだが?


「そこではないわ!」

「えぇ……」

「なぜ魔法科を受けたと聞いている!」

「???」

「我がアーライト家は剣を持って名を成した武の名門。庶子とはいえ、アーライトの人間が魔法科を受験しただと!?貴様には名門の誇りがないのかっ!」

「……」


 知らんがな。そんなん初めて聞いたわ。だったら最初から言えよ。あーでも、実技の試験官が驚いてたのはそのせいか。剣ヲタの一族が魔法科を受験してるんだもんな。

 そんなことを考えていると、思いがけないところから援護射撃が飛んできた。


「父上、その無能には何を言っても無駄ですよ。なにせまともな教育も受けていないのですから。名門たる我が侯爵家の誇りなど理解できるわけがない」

「「……」」


 いや、カインは援護するつもりはないんだろうけどね。単純に俺をディスったつもりなんだろうけどさ。でもそれ、「だれもそいつに魔法科受けるなとは言ってないよ」って言ってるようなもんなんだよなぁ。現にチョビ髭もぐぬぅ……しちゃってるし。どうすんのこれ。


「……とにかくだ!アーライト家の人間が魔法科を受験した挙げ句、忖度で合格するなどあってはならないことだ!」

「……忖度?」

「当たり前だろう!貴様のような無能が王立学園に合格できるはずがないだろう!それがたとえ魔法科であったとしてもな。大方、アーライトの名を見たものが気を回して合格にしたのだろう。まったく余計なことをしてくれたものだ!」

「なるほど」


 たしかにその線はありそうだな。筆記試験は七割近くが空欄。仮に全部合ってたとしても正答は三割程度。そのうえ実技は他の受験生に合わせたレベルの魔法しか使っていない。それで合格できるわけがない。それこそ何かしらの力が働かない限り。

 一瞬『賢者』の顔が脳裏に浮かんだけど、わざわざ俺を学園に入学させようとはしないだろう。そんなことする理由がないしな。仮にあったとしても『賢者』は余程のことがない限り力や権力を行使しないし、特定の勢力に肩入れもしない。『賢者』が動くことがどういうことか理解している人だからな。

 そう考えるとやっぱり忖度説が有力か。あの感じだと騎士科の方には「忖度無用」と伝えてたんだろうな。『剣聖』だからそっち方面には顔が利きそうだし。


 てか、こいつ合格するわけないの分かってて受験させたの自白しゲロっちゃったじゃん。めちゃくちゃテンパっててウケる。


「忖度での合格など当家の恥。学園の方には私から入学を辞退すると伝えておこう。また、アーライトの人間でありながら魔法科を受験するなど言語道断!貴様は当家に相応しくない人間だ。よって今この時をもって貴様との縁を切る。こちらは先ほど王城に届けを出しておいた。本日中に受理されるはずだ。……おいっ、あれを」

「はっ」

「……?」

「これは餞別だ。無能な庶子とはいえ、手ぶらで放り出したなどと吹聴されても面倒だからな。せめてもの情けだと思え」

「……ありがとうございます」

「明朝、速やかにこの屋敷を出ていけ。そして二度と当家に顔を出さんことだ!」

「……はい」


 執事のおっさんが持ってきた財布を受け取って自室に戻る。まさかの合格という想定外はあったが、特に揉めることなく追放が決まって良かった。「土下座したら許してやってもいいぞ?チラッチラッ」とかやられたらめんどくさいからな。マイン君はちょっと落ち込んでるけど。


「うわ、侯爵家せっこ」


 餞別に渡された財布の中には小銀貨が十枚しか入ってなかった。思わず素になったわ。原作だと小銀貨一枚で一万円くらいの感覚だった気がする。前世とは物の価値が違うから実際のところは分かんないけど、十万円だと一カ月か二カ月しか生活できないんじゃないの?侯爵家せっこ。


「さて、この後どうするかなぁ」


 ギルドに登録できるのは十二歳から。そこまでどうやって食い繋ぐかだけど、まずは王都を出て西のメルニエ王国を目指そう。あそこは原作でハーテリアに侵攻されたけど、国境周辺で食い止めてたからな。少なからず被害はあったらしいけど、王都やその周辺にはほとんど被害が出なかったはずだ。

 それに国内に留まってるとチョビ髭がちょっかい出してくるかもしれないしな。「家の恥を生かしておくわけにはいかん!」とかなんとか言って。今のところは追放だけで済みそうだけど、今後もそうとは限らない。


 あとはハーテリアの間者がいつ動くかだな。流石に屋敷から出るまでは動かないはず。動かないよね?

 ちなみに侯爵家での最後の晩餐はいつもと同じメニューだった。


「侯爵家せっこ」


 ま、毒が入ってないだけマシか。




「マイン様、お元気で」

「お世話になりました」


 翌朝、屋敷を出る。見送りはいつもの中年メイドだけ。結局動かなかったな。このまま何事もなく王都を出られたらいいんだけどね。


「まずは食料と野営に必要な物を揃えなきゃな」


 貴族街の近くの商店は店構えが立派で値段も高そうだから、まずは冒険者ギルドを目指す。まだ登録はできないけどあの辺りの店は冒険者相手の商売をしてるから旅に必要なものは一通り揃うはずだしな。


「おぉー、ここが冒険者ギルドか」


 王都の冒険者ギルドは王国の総本部に相応しい立派なものだった。ここでも主人公は先輩冒険者に絡まれるテンプレイベントに遭遇していた。このときは普通に暴力で黙らせてたかな。それで冒険者ヒロインの目に留まる。……主人公って生き物は絡まれないと生きていけないんだろうか。そしてその度にヒロインが湧いてくる。羨まし……、いやそうでもないな。うん、そんな人生めちゃくちゃめんどくさそうだ。




「とりあえずこんなもんか」


 ギルドの近くの店を何軒か回ってパンや干し肉、ドライフルーツといった保存食と雨具としても寝具としても使える厚手のマント、火や水を出す魔道具なんかを購入した。どの店の人も親切でいろいろと教えてもらえた。

 屋台の串焼きとかスープとか異世界名物っぽいものもたくさんあったんだけどな。せっこいせっこい侯爵家のせいで財布の中身はカツカツ。とはいえ、これで準備は完了かな。


「さて、これであとは王都から出るだけなんだけど。……やっぱり来ちゃったかー」


 屋敷を出た直後から知らない奴がつけてきてたんだよね。距離をとってるつもりだろうけど【魔力探査】でバレバレ。最初は一人だけだったのが今では五人。しかも今さっき合流した一人は知ってるやつ。ハーテリアの間者で確定だな。


「はぁ…… 気が重い……」


 とりあえず人気のない方に誘導しないとな。

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