第九話 聖地巡礼

「これがリアル王立学園……!これが聖地……!」


 待ちに待った聖地巡礼当日。馬車の窓から見るアルテリア王立学園はゲームで見たそれよりも遥かに大きく、そして美しかった。王国のシンボルであるペガサスをモチーフにした荘厳な正門に、白を基調とした美しい校舎、一定の間隔で聳え立つ尖塔。かつてゲームで見た光景がリアルなものとして俺の前に存在する。それを見上げる俺はきっとひどく間抜けな顔をしているだろう。それくらいインパクトがある。


「はあぁぁぁ…… すっげぇ……!」

「……」


 斜め前に座る中年メイドからは冷めた視線を、マイン君からは若干の呆れを感じるが今はそれどころじゃない。これから正門をくぐるんだ。いざ聖地へ!


「おおぉぉぉ、ここが……!」

「……」


 正面玄関前で馬車を降りる。原作ではここで入学試験を受けに来た主人公がかませ貴族に絡まれる。

 貴族の中には平民を見下す者も少なくない。所謂貴族派と呼ばれる連中がその筆頭だな。もちろん我らが侯爵家もその一つだ。見下す癖に手は付けるという矛盾。さすが色ボケ侯爵ですわ。

 おっと話がそれた。彼らからしたら名門アルテリア王立学園に平民が通うのが面白くないんだろう。あの手この手で嫌がらせをする。主人公もしょうもない理由で絡まれるが、ある貴族令嬢のとりなしで事なきを得る。そんな定番のイベントの舞台がこの場所だ。受験生が大勢いるせいで全体が見えないのが惜しい。

 ちなみに試験は王国各地の試験場で行われている。まぁ、辺境の農村の子どもとかは王都に来ることすらできないだろうからね。一方で貴族の令息令嬢は全員ここで受験することになってるらしい。なんでだろね。やっぱストーリーの都合かな?


「マイン様、試験が終わる頃に迎えに参ります」

「あ、はい」


 中年メイドが乗った馬車を見送ったあと、エントランスで手続きをして受験票を受け取る。まずは筆記試験だな。そのあと食堂で昼食をとり、午後から騎士科と魔法科に別れて実技試験を行う。


 案内に従って試験会場に向かいながら辺りを見回す。この廊下も原作で何度も出てきたなぁ……。

 ふと見かける教員の中に見覚えのある顔がチラホラあることに気付く。原作でも登場した先生たちだな。残念ながら名前までは覚えてないけど。


「そういや、ゲームのキャラがリアルになったのにあんまり違和感ねーな」


 ゲームのキャラクターはみんなアニメ系のビジュアルだった。顔のパーツや造形がデフォルメされた感じ。そんなキャラクターたちがリアルになったのに、「あー、あのキャラだ」ってすぐに分かるのは不思議な感じ。


「おっと、ここが試験会場か。――ッ!?」


 試験会場となる教室に入った直後、巨大な魔力を感知する。気配の主はこのクラスの試験監督官の女性。パッと見は普通のおばちゃんに見えるけど、今まで会った誰よりも多くの魔力を持っている。

 けど、こんな人原作にいたかな?この魔力量だからモブということはないと思うけど、見た目が普通のおばちゃんなせいで判断がつかない。まぁ、『剣聖』だって原作ではモブみたいなもんだったし考えてもしょうがないか。


 そうそう。この数ヶ月ほど前に新たな索敵能力を手に入れた。それまでは【魔力探査】を使ってたけど、ずっとやっているうちに魔力を広げなくても周囲の魔力を感知できるようになった。原作でごく一部のキャラが習得できた【魔力感知】だな。今の有効範囲は五メートル程度だけど、それでも【魔装】の燃費が向上したのはありがたい。状況に応じて使い分けられるしな。これを覚えられるマイン君って実はめちゃくちゃすごいのでは?『剣聖』さぁ……


 監督官の脇を通って自分の受験番号の席につく。ガン見されていたから俺の魔力量も感知されたかもしれない。……その可能性は考えてなかったな。一人であれこれ考えてるせいで、ちょいちょい穴があるんだよなぁ。今後は自分の魔力を隠す方法も考えたほうがいいかもしれない。


「間もなく開始時間になりますので、試験を受ける上での注意事項をお知らせします」


 監督官から簡単な説明があって筆記試験が始まる。この辺は前世の受験とほとんど変わらない。強いて違いを挙げるならすべての科目を一度にやるところと魔法でのカンニング対策がされているくらいか。おっと俺もやっていこう。




「オワタ」


 案の定、筆記試験はボッロボロだった。前世の知識や原作知識でカバー出来るものもあったけど圧倒的に空欄が多い。歴史とか分かるわけないじゃん。何の教育も受けてないんだから。なんなら羽ペン触ったのだって初めてだわ。ホントに羽なのな。

 ちなみに文字の読み書きができるのは書斎の本を読んだときに確認済みだ。俺が転生する前にマイン君が勉強してたらしい。サンキューマイン君。

 まぁ、そういうわけで試験時間の大半は寝ていた。めちゃくちゃ監督官の視線を感じながら。まぁ開始二、三十分で寝始めたら「こいつ何しに来たんだ」って思うのは当然だろう。俺だって思うもん。


「そこまで。ペンを置いてください」


 監督官の声で筆記試験が終わる。このあとは昼食の時間だ。他の受験生とともに食堂に向かう。彼らの表情はいろいろだ。自信のありそうな顔、なさそうな顔、何も考えてなさそうな顔、死にそうな顔。……んん?


「ちょっ、大丈夫?水でも飲みな?」

「あ、ありがとうございます……」


 近くにいた女の子の顔色があまりにもヤバかったから思わず声をかけてしまった。とはいえ特にしてあげられることもないんだよね。というわけで近くにいた教員に丸投げしちゃう。すまんな。


「すみません、この子具合が悪いみたいで」

「おや、顔色が悪いな。医務室に行こう。歩けるか?」

「は、はい……」


 女の子はこちらに会釈をして教員の付き添いで医務室に向かった。創作モノだと入学後に再会してお近づきになるんだろうけど……。残念、俺は不合格だ。なんなら亡命しようかとも思ってる。もう会うこともないだろう。


「おっと、そんなことよりメシだ、メシ」




 この学園には食堂が七つある。高位の貴族用のものが二つと、下位貴族や平民向けのものが三つ。あとの二つは教員やスタッフ用だな。

 近くを歩く受験生たちの話では、受験生は受験した教室ごとに下位貴族用の食堂に割り振られているらしい。高位の貴族の令息令嬢は下位貴族用の食堂でいいのか?と思ったけど、彼らは特別扱いで別室で試験を受けて、高位貴族用の食堂で食事するらしい。……俺、侯爵家なんだが?


「こ、ここは……」


 案内されたのは一番広い食堂だった。入学直後、この場所で原作主人公と平民ヒロインが貴族の令嬢たちに絡まれる。平民臭くて食事が不味くなるとかなんとか、こちらもしょうもない理由だった気がする。で、また令嬢ヒロインに助けられ、その後親交を深めていく。うーん、かませ令嬢たちの舞台装置感がすごい。

 他にもいろんなイベントの舞台になったこの食堂に来ることができたのはラッキーだな。


「……これ、肉か?肉なんか?」


 俺が転生して初めて口にする肉である。危うく涙が溢れるところだった。だって念願の肉だぞ?


「あ、味がある……だと?」


 味もめちゃくちゃ美味しかった。ちょっと泣いた。周りの受験生とマイン君が軽く引いてるけど今はそれどころじゃないんだ。さらに驚いたことにおかわりも自由だった。


「侯爵家せっこ」


 思わず口にしたら周りの受験生たちに「こいつ正気かよ」って目で見られた。どの侯爵家かは言ってないからセーフ。




「いよいよ実技か」


 午後からの実技試験は魔法と武器戦闘の選択制だ。魔法で受験すれば魔法科、武器戦闘なら騎士科に入学することになる。事前の申請は不要で、受けたい方を受ければいいし、なんなら両方受けることも可能だ。まぁ、平民とか一部の受験生はまともに武器を持ったことがなかったりするからな。ごく稀に初めて手にした武器で上位に食い込んだりする受験生もいるらしい。たぶん武器適性がSとかAだったんだろうな。そういう本人も気づいていない才能を掬い上げるのも広く受験生を募る理由なんだろう。

 ちなみに俺は魔法科だけ受験する。今更、弓に適性があったとか言われても困るしな。そんなことを考えつつ魔法科の試験会場のすぐ隣の訓練場を覗いてみる。

 騎士科の試験会場になっているこの訓練場では急激に実力を伸ばす原作主人公がカインに絡まれて決闘するイベントが起こる。こいついっつも絡まれてんな。このイベントで勝てば友情ルートに進み、負ければカインの婚約者絡みのイベントが進行していくんだったか。そういや、あいつもう婚約してんのかな?どうでもいいか。


「っと、並ばないとな」


 魔法の実技試験は三十メートルほど先にある二つの的を破壊するという至ってシンプルなもの。魔法の発動は三度だけ許可されている。的を破壊できるだけの魔法をいかに速く正確に発動できるかを試験官が評価するわけだ。

 五つある列のうちの一つに並んで順番を待つ。隣の訓練場を覗いていたせいで、すでにかなりの行列になっていた。


「次」

「お願いします」

「――ッ!?……失礼。はじめ!」

「【バレット】」


 ようやく順番が来たので試験官に受験票を手渡し位置につく。名前を見て一瞬驚いた顔をしたが、特に何も言わず開始の合図をしてくれた。なんだろね?

 【バレット】を二発撃って終了。俺の三つ前にいた少年が【ストーンランス】を使ってたから、同じくらいの威力と発動速度に抑えておいた。どうせ筆記で落ちるからな。変に目立つのは御免だ。


「とりあえず聖地巡礼はこれで終わりかな」


 別の会場で試験を受けているらしい先輩ヒロインの顔を見れなかったのは残念だが、彼女は侯爵家のご令嬢だからな。俺達とは扱いが違うのは仕方ない。……俺、侯爵家なんだが?


 ――なんてことを考えていると、不意に視線を感じた。


「えぇ…… なんでここにいんのさ」


 視線の主はここにいるはずのない男。髪と長い顎髭は白く染まり、顔には深い皺がいくつも刻まれているが、碧色の瞳はギラギラした光を宿している。そして、ヒトより長く伸びた耳。

 これらの情報で『アルテリア戦記』をプレイしたほぼすべての人間が同じ人物を思い浮かべるだろう。


 ――『賢者』エルク・マルククル。千年を超える時を生きるエルフで、膨大な魔力とあらゆる属性の魔法を扱う公式公認の『最強』。

 とにかく魔法の研究が大好きな魔法オタクで、オリジナルの魔法すら見ただけでコピーしパクってしまう化け物。

 原作では序盤から頻繁に名前が出てくるものの、実際に登場するのは学園編のラストと戦乱編の終盤だけだった。たしか、国同士の争いには関わらないって設定だったんだよな。まぁ、特定の国に所属してるわけでもないし、下手に戦争に参加されたらそこら中が更地になるからな。『歩くマップ兵器』とか言われてたし、ゲームバランスとかも考えてのことなんだろうな。


 ちなみに『賢者』の過去に迫るルートもあったらしいけど、俺はその前に脱落したからそのルートの詳細は不明。けど、どう考えてもめんどくさいやつ厄ネタだろ。

 そんな誰かさんは尖塔の上からこっちを見てるわけだが。目があってしまっているので軽く頭を下げたらニヤリと笑って姿を消した。【転移】かな?原作でも使ってたし。便利そうだから俺も使いたい。適性があればなぁ。


 本当なら『原作最強』との遭遇は元プレイヤーとしては嬉しいイベントなんだけどね。相手が相手だしどうしてもめんどくさい匂いを感じてしまう。俺の考え過ぎだといいけどね。


「まぁいいや、帰ろ」


 ここで考えててもしょうがないしな。なるようにしかならん。


「はぁ…… 聖地巡礼楽しかったなー」


 アルテリア王立学園もこれで見納めなので最後にしっかり目に焼き付けておく。合格発表は一週間後らしいけど結果は見えてるしなぁ。「この無能がぁ!!」って言う誰かさんの顔が目に浮かぶ。

 あとはハーテリアの間者か。動かないでくれると嬉しいけどそうはいかないんだろうなぁ。めんどくさ。

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