第八話 王都アルテリオンへ

「無能、貴様に最後の機会をやろう」


 十二歳まであと半年ほどになった今日、チョビ髭ことブレイド・アーライトの執務室に呼び出され、こう声をかけられた。「何言ってんだこいつ」というセリフを必死で飲み込んだ俺を褒めてほしい。ずっと一人だったせいか、つい思ったことが口に出ちゃうんだよなぁ。そして相変わらずチョビ髭が似合ってないね。


「貴様にはアルテリア王立学園の入学試験を受けてもらう。試験に合格し学園を卒業することができれば、成人した後もカインに仕えることを許してやろう」

「はぁ……」

「しかし、不合格ならば即座に貴様との縁を切る。名門アーライト家に無能は不要だからな」

「はぁ……」

「明朝、王都に向かう。準備しておけ。話は以上だ」

「……失礼します」


 よし、なんとか余計なことを言わずに済んだ。俺頑張った。で、話の方はそういうことらしい。


「ま、追放の口実作りだろうな」


 王都アルテリオンにあるアルテリア王立学園はこの大陸屈指の名門校だ。十二歳からの四年間で最高レベルの教育を受けられるこの学園には、王国内のみならず同盟国の王族や高位の貴族が留学生としてやってくる。そのため彼らと縁を結びたい貴族たちがこぞって自分の子どもを入学させようとしている。

 また、平民にも門戸を開いていて国中から優れた才能の持ち主が集められる。わけだけど、そんなところにまともな教育を受けてない俺が合格できるわけがないんだよなぁ。家の恥だとか何とか言って追い出そうというのが見え見えだ。

 が、今はそんなことはどうでもいい。


「これって聖地巡礼なのでは?」


 なんたって原作学園編の舞台だ。原作主人公たちが授業を受ける教室や訓練場、何かとイベントの舞台になる食堂。それを自分の五感で感じるチャンスが来るとは。

 舞台はもちろんだけど登場人物と遭遇する可能性もある。学園長や教師陣の顔ぶれも原作とそう変わらないだろうし、何より受験生の中にヒロインの一人がいるはずだしな。うん、楽しみだ。


「やっぱ脱走しなくて良かったな」


 正直、魔物を倒せるようになった時点で脱走しようと思えばいつでもできたんだよ。ただ、冒険者登録ができるのが十二歳からということと、脱走がバレたらお尋ね者にされるおそれがあることから、とりあえず成人するまでは離れに留まることにした。向こうから縁を切ってくれるならそれに越したことはないからね。


 最近はカインや使用人たちからの罵声もほとんどないしな。ずっと無視してたから興味がなくなったんだろう。一部のメイドは未だにブチブチ言っているようだけど特に何の感情も湧かない。人間、慣れるもんだな。グロは相変わらずダメだけど。


「おっと、地下室とトンネルは塞いどかないとな。今までお世話になりました」


 侯爵家の食事は最後まで変わらなかったけど、トンネルのおかげでそれなりに充実させることができた。それでも栄養バランス的にはかなり偏ってるだろうけど、結局一度も体調を崩さなかったのが不思議だ。転生特典的なものなのか、或いは魔力がなんかいい感じに働いてるのか。それにしても外に出られなかったであろう原作マイン君はよくこれに耐えられたな。やっぱ侯爵家ってクソだわ。


「それにしても『剣聖』ってやっぱ強いんだな」


 昔は何も感じられなかったけど、魔法の鍛錬を積んだ今なら分かる。身体に漲る魔力の密度と流れ方が護衛の騎士とは全く違う。滑らかで力強い。やっぱり敵対したらめんどくさそうだなぁ。




「ようやく出発か」


 出発の日、朝からチョビ髭たちが出発式を延々やって出発した。今回はカインも王都に行くからそのためみたいだな。俺は出発式をやってる間にこっそり馬車に乗せられた。まぁ、余計なトラブルは御免なのでこっちとしても助かる。

 それにしてもチョビ髭の奥さんって三人もいたのか。三人とも美人ぽかったけど仲はあんまり良くなさそう。実家の家格とか男子の有無とかで序列争いみたいなのがあるんだろうな。おー怖い怖い。

 それとカインに弟が一人と妹が二人できたみたい。一応マイン君にとっても弟と妹なんだが?初めて知ったわ。言えよ。たぶん弟が出来たから追放が決定したんだろうな。予備で俺を置いとく必要がなくなったから。

 そういえば原作でもカインが弟妹の話をする場面があったな。けど彼らはアーライト陥落のときに……って感じ。


 馬車に乗るときにちっこい方の女の子と目が合ったから、ちっちゃく手を振ってみたら笑顔で振り返してくれた。天使かな?……うーん、あの子たちがひどい目にあうのは嫌だな。

 チョロい自覚はある。けど、やっぱり子どもにはまっすぐ元気に育ってほしいわけよ。マイン君も含めてね。カインは……まぁどっちでもいいかな。




 王都に向かう車列は馬車が五台。護衛は騎兵が十数騎に歩兵が二十人ってところかな。チョビ髭とカインは一番前の紋章付きの豪華な馬車に乗っている。

 二台目と三台目は使用人たちだな。俺が乗っているのは最後尾の荷物用の馬車。荷物の山の中に一人分のスペースがある。何かあったら囮にされそうだな。まぁ、『剣聖』と護衛のいる車列を襲うやつがいるとは思えんが。

 ……うん、なんかフラグっぽくなりそうだからこれ以上はやめておこう。


「ケツが痛い」


 道が悪いのか馬車が悪いのかめちゃくちゃ揺れるからお尻の下だけ【魔纏】を発動する。揺れも軽減されたから乗り物酔いも大丈夫だろう。ここから王都まではおよそ二週間かかるらしい。


「それにしても気が利かない髭だな」


 追放される前にマイン君ママのお墓参りをさせてあげたかったんだけどなぁ。それくらいの気遣いはできないんだろうか。……できたらあんな死に方しないか。




 アーライト侯爵領はアルテリア王国の南部にあり、広大な森林地帯を挟んでハーテリア王国と隣接している。二つの国はたびたび戦争をしているが、魔物が闊歩するこの森のお陰でこれまでアーライト領が戦場になることはなかった。


「マイン君たちが攻め込むまではね」


 主人公やカインが学園の最上級生になった年、ハーテリア王国のガルガイン辺境伯麾下の精鋭部隊が森林地帯を突破し、アーライトの領都アラニアを強襲する。この部隊の一人がマイン君だ。

 当時、『剣聖』率いるアーライト侯爵軍は対ハーテリアの最前線、ヘルナイア辺境伯領に援軍として赴いていた。領都陥落の報を受け転進するが、その道中で街道に仕掛けられたマイン君の爆発魔法により壊滅する。

 また、ヘルナイア辺境伯もハーテリアの猛攻に耐えきれず領都の放棄を決断。この戦いで『剣聖』とアーライト領、ヘルナイア領の大半を失ったアルテリアは、ハーテリアに大きく攻め込まれる。そんな苦境の中、反攻軍に志願した原作主人公と家族の復讐に燃えるカインが立ち上がる、というのが原作の流れ。


「なんとかしてこの流れを変えないとな」


 そのためにはまずハーテリアの間者をどうにかして、無事にこの家を出る必要がある。あとはどっかの田舎に引っ込んだり他国に亡命したりして原作から遠ざかれば、マイン君に関してはなんとかなると思う。

 ただ弟妹たちを助けるとなるとかなり骨が折れそうなんだよな。確実なのは原作をぶっ壊すことだけど、正直彼らのためにそこまでのリスクを冒せるかと言われると……ね?助けられそうだったら助ける。それで許して欲しい。


 俺が目指すのは俺とマイン君が普通に、そして楽しく生きていくことだから。そこは譲れない。




「旦那様、若様、おかえりなさいませ」

「うむ、変わりはないな?」


 二週間後、予定通りに王都の侯爵邸に到着した。結局盗賊とかは来なかったな。異世界モノの定番なんだが。ちょっと残念。

 王都駐在の家臣と使用人たちの出迎えを受けたチョビ髭とカインが屋敷に入り、荷物の搬入が始まったところでいつもの中年メイドに部屋まで案内される。


「マイン様には試験の結果が出るまでこちらの部屋に滞在していただくことになっております。くれぐれも勝手に出歩くことのないようお願いいたします」

「……はい」


 中年メイドに案内された先は粗末な部屋。物置かなんかだった部屋に最低限の家具を持ち込んで体裁を整えたって感じ。まぁいいけどね。

 あと勝手に部屋を出ては駄目なようだ。トイレはどうすりゃいいのさ。


 夕食を持ってきた中年メイドに聞いたら近くのトイレに案内してくれた。部屋とトイレの行き来は許してくれるみたい。いちいち許可をとるのはお互い面倒だからな。

 ちなみに夕食は離れのときと大して変わらなかった。


「侯爵家せっこ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る