第二話 アルテリア戦記

「やっぱこれ異世界転生だよなぁ」


 ――異世界転生。読んで字のごとく別の世界に生まれ変わり、そこで新しい人生を歩むというラノベなんかでよくあるアレ。まさか俺の身に降りかかるとは思ってなかった。他にいるだろ。


 ちなみに離れからの脱出は早々に諦めた。離れの中を一通り見て回ったけど、窓はすべて外側から板を打ち付けられているようでビクともしなかった。元々、何者かの幽閉を目的にした建物なんだろうな。流石お貴族様、怖い怖い。

 

 あれからしばらく経ってなんとか落ち着くことができたので、今は現状を確認しているところ。

 まず最初に気付いたのは自分のものとは別の記憶があること。記憶の主はマイン・アーライト。七歳でこの身体の主。俺がこの身体を乗っ取ってしまったのか、眠っていた前世の記憶と人格が蘇っただけなのかは不明だが、いずれにせよ今の俺には前世の俺とマイン君の二つの記憶が存在する。

 で、若干だけどマイン君の意識もあるのかなという気がする。母親のことを悪しざまに言われた時の感情は俺のものとは違ったからな。おそらくあれがマイン君の感情だったんだろう。


 さらにマイン君の記憶を振り返っていくつか分かったことがある。

 まずチョビ髭。名前はブレイド・アーライト。アーライト侯爵家の現当主で、マイン君の実の父親だが、メイドをしていたマイン君の母親を無理矢理手籠めにしたクズ。妾の子であるマイン君にはほとんど興味がないようで、いざというときのスペアくらいにしか思っていないようだ。まぁ、お貴族様らしいなって。

 あと、マイン君の髪の色が赤みがかった茶髪ってのが気に食わないみたい。アーライト家の男子はだいたい濃い赤色らしいからな。顔の雰囲気が似てるから実子なのは疑ってないみたいだけど。でもそれって運じゃね?マイン君のせいじゃなくね?弱々なてめぇの遺伝子を恨めよ。やーい、ざーこざーこ。


 ちなみにマイン君の母親はマイン君が生まれて間もなく亡くなっている。母親が平民出身だったせいで、息子のマイン君は騎士たちからも使用人からも軽んじられているらしい。まぁ、貴族出身の連中も多いから、平民の血が流れてる奴にへーこらするのは嫌なんだろう。尤もその平民に手を付けたのはどこぞの侯爵様なんですがね?


 次にさっきの生意気なガキ。カイン・アーライト、四歳。正妻の息子でアーライト侯爵家嫡男。乱暴な性格で事あるごとにマイン君に絡んでいたクソガキ。……なんだが、そんなクソガキことカインの名を聞いて気付いてしまった。


「うわぁ…… ここ、『アルテリア戦記』の世界じゃん」



 アルテリア戦記。アルテリア王国とその周辺の国々を舞台とした大作ロールプレイングゲームだ。学園編、戦乱編の二部構成で、アルテリア王立学園に入学した平民出身の主人公が、国家間の陰謀や戦争に巻き込まれながら仲間とともに活躍し、立身出世を成し遂げる王道ストーリー。

 有名なシナリオライターに豪華声優陣、人気アーティストによるテーマソング、美麗なグラフィック、膨大な資金と時間を投入して製作された本作は発売当初こそ話題になったものの売り上げは伸び悩み、なんとも中途半端な作品として時代の波に消えていった。

 というのも、周回前提の要素が多くてルート分岐もたくさんあるくせに一周がやたら長かったり、ランダムイベントがルート分岐に影響したりとなかなかに不親切なゲーム設計だったから。「思うようにいかないのが人生です」とは開発者の談。これゲームぞ?まぁ、コアなファンはそれなりにいたんだけどね。


 かくいう俺は二周目まではドはまりして、三周目に入ったあたりで徐々に飽きが来て別のゲームに浮気してそれっきりだ。つか、発売から三年経った今もSNSにプレイ動画をアップするやりこみ勢やRTA勢、縛りプレイ勢がそこそこいたんだから、俺よりもそいつら転生させてやれよ。


「……いや、実は転生してんのか?」


 一瞬そんな考えが頭に浮かぶが、違う気がする。まぁ、いたところで囚われの身の俺にはどうしようもないから今は考えないことにしよう。会ったらその時に考えればいい。


 話が逸れたが、そんなアルテリア戦記で学園編の終盤に主人公パーティーに加入し、戦乱編でも自軍の主力として活躍するのがカイン・アーライト。作中のカインは当初、平民を虐げる貴族主義者として登場する。平民出身の主人公とたびたび衝突するが、徐々に主人公の実力を認めていく。まぁ、ベタな展開だな。

 そんな中、隣国の奇襲で家族を失ったカインは復讐に燃える。家族の仇との決戦のあと、ボロボロになったカインが初めて主人公を友と呼ぶ場面は学園編屈指の名シーンだ。

 尤もこの数時間で俺の中のカイン評は「生意気なクソガキ」まで落ちたわけだが。いや、原作でも最初の頃は割とクソガキムーブしてたな。


 ちなみにチョビ髭の方は『剣聖』の称号を持つアルテリア王国の最大戦力の一角、なんだけど特に見せ場もないまま学園編の終盤で家臣諸共爆死する。まぁ、モブみたいなもんだな。ざまぁ。

 とはいえ、問題がひとつ。


「それをやったのがマイン君なんだよなぁ」


 ――マイン・アーライト。

 ゲームでは、剣聖死亡時に初めて名前が出てくる。武の名門、アーライト家に生まれながら、三歳下のカインに手も足もでない無能で、成人と同時に家を追われそのまま行方不明となっていた。しかし数年後、突如隣国ハーテリア王国の尖兵として現れ『剣聖』を殺害する。

 復讐に燃えるカインの前に、異形の姿となって現れたマインは、強力な魔法でカインを圧倒。あわやというところに主人公たちが加勢し、かろうじて撃退に成功する。その後何度かの戦いを経て学園編の最終盤で討ち取られるのだが、その戦いの中で彼の身に起こったことが明らかにされる。


 家を追われたマインは直後にハーテリアの間者に捕らえられ、人体実験の材料にされる。ハーテリア王国は王都の地下に巨大な研究施設を作り、ミルティア教国の支援を受けて人造魔獣の研究を進めている。その被験者のひとりとなったマインは数少ない成功体としてアルテリア王国との戦いに投入される。――というのが、ざっくりしたマイン君の設定。


「カインに手も足も出なかったってのがさっきのやつなんだろうな」


 この離れで成人まで幽閉されて、その後は拉致&改造されるのが原作マイン君の運命。


「ムリムリムリムリ、逃げなきゃ」

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