黒光りのアモール

おーるぼん

黒光りのアモール

カエデには三分以内にやらなければならないことがあった。


三分。


その限られた時間の中で、突如としてキッチンに舞い降りた黒光りする高速移動物体を何としても排除せねばならないのだ。


そうしなければ今キッチンにある、カエデがつい先程湯を注ぎ込んだばかりのカップラーメンが見るも無惨な姿と成り果ててしまうのだから。


しかし、カエデの家にはウエポンが無かった。


殺虫剤どころかスプレーの類も。洗剤は丁度切らしている。

というか、そのせいで使える皿の無かったカエデは朝食をカップラーメンと決めたのだが。


使えるのは……スリッパくらいだろうか。

そう思い、カエデはそれを手に取る。


だが問題は残っていた。

それは、カエデが高速移動物体と交戦する勇気を持ち合わせていない事だ。


事実、奴との距離は50〜60センチ程、するりとそれを振り下ろせば容易に討伐出来る事であろう……


というにも関わらず、カエデはスリッパを手にしたまま悩み、狼狽え、困惑しており……その姿はまるで、それが武器である事を知らぬまま履物として扱い、今まで生きてきた事に対して戸惑いを隠し切れずにいる兵士のようであった。


しかし、残酷にも時が行進をやめる事は無く、こうしている間にも刻一刻とそれは過ぎ、その先ではタイムリミットが手招きしている。


カエデは悩んだ挙句、隣に住むカイトという人物を頼る事にした。


以前、カイトがゴキ……高速移動物体を撃退したと言う話をカエデは直接その口から聞いていたのだ。


そんなあの人ならばきっと奴を倒してくれるはず。

カエデは一度外に出、カイトの部屋の扉を叩いた。


カイトはすぐに出て来た。


「あれ、カエデさ……え何!?」


「お願いします助けて下さい!!」


カエデはすぐにカイトの手を握り事情を話した。

話を聞いたカイトは高速移動物体の討伐を快諾し、カエデの部屋へと殺虫剤を持参してやって来てくれた。


カイトは高速移動物体の姿を確認すると、すぐにスプレーの一撃を奴にお見舞いした。


そうして、いとも簡単に高速移動物体は討伐されたのであった。


「死は避けられぬもの。

だがしかしそれを他者に、それも無理矢理にくれてやるというのは道理に合わぬ。


それ程君達は高尚な存在だとでも言うのかね?

しかも私は、一度君達の前に姿を見せただけだと言うのに……」


〝非〟高速移動物体と成り果てたものの、最期の嘆きはさておき……




カイトは討伐に成功した。だがしかし。


カップラーメンは付近で行われた毒霧の噴射により、最早口にしてはならないものと化していた。


「あ……すみません。

これじゃ食べられないですよね……?」


「良いんです。カイトさんは悪くないですから」


「……ええと、鶏冠井雅春かえでまさはるさん。でしたよね?


その、良かったら。

今から私の部屋で朝ごはんにしません……か?」


謝罪した後で、海渡陽奈かいとひなは言う。

鶏冠手は顔を赤くしながらも、どうにか彼女に頷いて見せた。




タイムリミットの先にあったもの。

それは、二人の歴史が刻まれる最初の瞬間であった。

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