宇宙人以上、宇宙人未満

円間

カップラーメンを食す任務

 宇宙人には三分以内にやらなければならないことがあった。


 地球以外の星から来た生命体の事を我々の住む星、地球では宇宙人と呼ぶ。

 宇宙から来たから宇宙人。

 実に単純な呼び名だ。

 地球から遥か遠い星から、一人の宇宙人が地球にやって来ていた。

 宇宙人の目的はこの星、地球に暮し文明を築いている人間の調査だ。

 その調査の為に、宇宙人は人間に擬態している。

 性別は男。

 見た目は人間の二十代前半くらい。

 今、人間の世界では宇宙人の存在は公にされていない。

 一部の限られた人間のみ、彼ら地球外生命体の存在は認知されていたが……。

 そんな訳で目立たない為に、宇宙人はどうにも目立たない、ぼんやりとした容姿と体系にしている。

 その星には、名前という概念がない。

 故に、宇宙人には個人を示す名前が無かった。

 だが、人間世界に溶け込むためには名前が必用になる。

 なので、宇宙人には借りの名前が与えられていた。

 山田星(やまだせい)。

 それが宇宙人に与えられた名前だ。

 ここからは宇宙人の事を星、と呼ぶとしよう。

 さて、星は今、ある任務を遂行しようとしている。

 その任務とは、カップラーメンを食すことである。

 カップラーメンは、大体が、お湯を注いで三分で食せる便利な食べ物。

 近年ではカップラーメンのクオリティーは上がり、安くて早い素晴らしい食べ物だと、星は星の努める組織の上層部から聞いている。


 カップラーメンを食してその情報を報告せよ。


 この任務は星にとって難しい任務となる。

 星の住む星では時間という概念が存在しない。

 栄養を取るのに待たなければならないなんてこともない。

 しかし、カップラーメンは三分間待たなければ完成しない。

 星にとってはカップラーメンは食すのに時間が必用という未知の食べ物だった。

 星は目の前のカップラーメンに視線を注いだ。

 小さなテーブルの上に人間なら誰もがよく知るカップラーメンが置かれている。

 カップラーメンにはすでにお湯が注がれ、星はカップラーメンが出来上がるのを待っている状態だ。

 時間という概念を持たない星は組織の上層部から人間として生きていくのに必要不可欠、と言われているスマートフォンのアラーム機能で三分間経ったらアラーㇺが鳴るよう、設定していた。


 スマートフォンとは便利な機械だ。


 星はそんな事をぼんやりと思う。

 星の星には存在しない機械。

 通信や情報を得ることに、星の星では手間暇は掛からない。

 しかし、時間という概念が無いので時間が知れるスマートフォンは星には大変便利に感じたのだ。

 星は、ふっ、と一人笑う。

「時間が知れて便利だと考える何て、私もすっかり人間っぽくなって来たな」

 独り言を吐き、星は再びカップラーメンを見つめる。

 そのまま、じっとカップラーメンを眺め続ける星。

 そうしているうちに星に不安が過る。


 まだ、アラームが鳴らない。

 

 星はテーブルの上に置いたスマートフォンを手に取り、アラームを確認した。

 アラームの数字は今、二分になったことを数字で示していた。


 二分。

 三分のうちのほとんどの時間が過ぎている。

 アラームの数字はどんどん進んでいるのにこんなに長い間待たされている気持ちになるのは何故なんだ。

 三分。

 これほどまでに途方もない時間だなんて。

 人間は正気か?

 こんなに待たされてまで食べたい物って何なんだい?


 星の眉間に皺が寄った。

 星の星では待たされるなんて事はあり得なかった。

 全ての出来事が高速で進み、待つ暇など無かった。

 星は栄養を本来なら必用としない。

 あえて栄養を取らなくても星達は生きていけるのだ。


 地球の人間の世界には時間という概念があるばかりに、こんなもどかしい思いをしなくてはならないのか。

 それに、この緊張感はなんだ?

 私にこれから起こることは、ただアラームが鳴るということだというのに。


 星は天を仰ぎ、しみじみ思う。

 と、コンコン、と扉をノックする音が聞こえた。

 星は腰を捻らせ、扉の方を見る。

 扉の向こうから「山田さん、こんにちは!」と元気な声が聞こえた。

 星はシェアハウスで暮らしている。

 シェアハウスの方が、人間との関りが多く持てて、より、人間のことを知る機会が増える、と上層部が判断したためだ。

 星は扉に向かって、「はい」と返事をした。

「あの。山野ですけど。ちょっと相談したいことがあって」

 扉の向こうにいるのは山野、という人間。

 このシェアハウスの住人だ。

 性別は女。

 二十歳のキャバ嬢だ。

 源氏名はアイという。

 アイは恋バナが好きだ。

 今はホストをしている自分の彼氏の話に夢中だ。

 星は山野の良い聞き役であった。

 故に、山野はこうして星の部屋を良く訊ねて来る。

 いつもなら、任務も兼ねて山野の話に耳を傾ける星だが、今は任務中だ。

「山野、悪いけれども、今は忙しい。相談は後にしてくれ」

 星がそう言うと、山野は、「ええーっ」と残念そうな声を出した。

「忙しいって、何をしてるの?」

 山野がそう星に問い掛ける。

「カップラーメンが出来るのを待っている」

 正直に星は言った。

「ええ? カップラーメン? それが、どうして忙しいの? 兎に角、扉を開けてよ。カップラーメン食べながらでも良いから話を聞いてよ」

 山野に言われて星は眉を顰める。

 

 何だって?

 カップラーメンが出来上がる時間を待つ間に話しだって?

 クレイジーだ。

 こんな緊張感の中で話しが出来るのか?

 人間ってやつは一体どうなっているんだ!


「山野、残念だが、話しは今できない。とてもそれどころじゃないんだ」

「それどころじゃないって、ただラーメンが出来上がるのを待ってるだけでしょ? 何なのよ!」

 山野の台詞に星は驚く。

「な、何だって? 山野、君は本気か? 中々訪れない、三分間という時間を気にしながら、ただ待っていることしか出来ないことだぞ! それを、そんな……大したことじゃないみたいに言うなんて!」

「カップラーメンが出来上がる時間なんて手適当でいいじゃない。それよりも扉を開けて。私の話を聞いてよ」

「ばかな! 今、扉を開けに動いた瞬間、アラームが鳴るかも知れないんだぞ!」

「だから何だっていうの?」

「何だっていうのって……そんな……」

 星は眩暈を起こした。


 人間にとって時間は大切だと聞いている。

 三分という長い時間。

 それが山野にとってはまるでどうでもいい時間みたいじゃないか!


「ねぇ、山田さん、大丈夫? 何だか様子がおかしくない? ラーメン以外に、他になにかあるんじゃないの?」

「ラーメン以外の何かなんて存在しない!」

「え?」

「ラーメンは……ラーメンは……」

 もはや、星からは言葉が出なかった。

 

 ピピピピッ!


 アラームの鳴る音が不意に響く。


 な、なにぃ?

 もう、三分経っただと?

 さっきまであんなに時間が遅く感じていたのに、山野と話していたらあっという間に時間が過ぎたぞ!

 一体全体、どうなってるんだ!


 星はハッとして、そして慌ててアラームを止める。

 それから、急いでカップラーメンの蓋を開いた。

 開いた蓋から白い湯気と共に、濃厚な豚骨スープの匂いが漂う。

「こ、これは! で、出来上がっているのか?」

 星はごくりと喉を鳴らした。

「山田さん! 山田さんったら!」

 山野には構わず割り箸の封を開き、豪快に割り箸を割る星。

「頂きます」

 恐る恐るインスタントラーメンを口にする星。

 麺を良く噛み、ゆっくりと飲み込んだ。

「…………」

 星は次に、スープを飲み込む。

 熱々のスープを慎重に味わい、飲み込む。

「山田さん? 山田さんったら!」

 山野の声が星の耳には、遠く聞こえた。




 星のカップラーメンについてのレポート。


 カップラーメンとは不思議な物だ。

 説明するのには膨大な時間がかかるだろう。

 一度の体験では、計り知れない。

 故に、引き続きの調査する必要があると判断した。

 カップラーメンを食すにあたって、一つ思ったことがあるので追記しておく。

 これは大変に重要なことと私は考える。

 三分間とは長い様で短い。





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