【KAC20241】飼い猫の決断

和泉歌夜(いづみ かや)

本編

 僕には三分以内にやらなければならないことがあった。

 だから、こうして路地裏や屋根の上を駆けて行っている。

 なぜそんなに急いでいるのか――それは僕の大好きなご主人様を助けに行くからだ。

 ご主人様は何も言わずに消えてしまった。

 だから、神様にお願いして、時を戻してもらう事にした。

 ただし、三分以内にご主人様を助けない、時は戻ってしまう。

 そして、一生野良猫で過ごす事になる。

 そんなのは嫌だ。

 ご主人様のいない世界なんて考えられない。

 僕には必要なんだ。

 たとえ世間から『死ね』や『消えろ』なんて言われても、僕はあなたがいないと駄目なんだ。

 生きててほしい。

 僕はあなたよりも寿命が短い。

 せめて、僕が消えるまで側にいてほしい。

 雨の中、震える僕を拾ってくれたあなた。

 この御恩をようやく返す時が来た。

 野良猫達に最短で駅に着く方法を教えてもらったおかげか、二分で着いた。

 ご主人様がよく使っている駅だ。

 僕はいつもご主人様が出かけた後、こっそりと付いて生きながら電車に乗るまで見守っている。

 僕は急いで改札を潜り抜け、猛ダッシュで駆け上がった。

「お? なんだ?!」

「見てー! ママ! 猫さんがいるよー!」

「おいおい、駅員さん! 猫が侵入してきているぞ!」

 人間達が次々と僕にあらゆる事を言っているが、気にしなかった。

『間もなく、二番線に電車が参ります。危ないので、黄色い線から離れて……』

 まずい。電車が来てしまう。

 電車が向かってきたらもうおしまいだ。

 今までにない力を出して、駆け上り、ホームに着いた。

 だが、時間帯もあってか、人でゴッタ返していた。

 僕は最前列を目指した。

 ご主人様はいつもそこで立っている。

 今日もそうだ。

 人間の足の間を潜り抜け、黄色い線まで出た。

 プォンと電車が来る音がした。

 すると、大勢の人間の列から一人の男が出てきた。

 あの顔は――ご主人様!

 僕は走った。

 頼む。間に合ってくれ。

 このまま飛び降りないで――僕は鳴いた。

 すると、ご主人様の足が止まった。

 僕は再び鳴いた。

 ゆっくり僕の方を見た。

「……キャメル?」

 不思議そうな顔で僕を見ていた。

 僕は鳴いて飛び上がった。

「わっ! おっ! とっ!」

 ご主人様が慌てて僕を抱きしめてくれた。

 その丁度に電車が通り過ぎた。

 よかった。間に合った。

 僕はゴロゴロ喉を鳴らしながらご主人様に甘えた。

 電車から降りてきた人間達は邪魔そうな顔で僕らを見ていたけど、気にしなかった。

「……帰ろう」

 ご主人様は僕を抱えてそう言った。

 僕はニャアと甘い声で鳴いた。

 

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【KAC20241】飼い猫の決断 和泉歌夜(いづみ かや) @mayonakanouta

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