ラブコメ展開になんてなるはずがないアパートの内見

Ab

第1話 案内役に不安しかない

「初めまして。わたくし、本日の内見の案内を担当させていただきます、麻布あざぶ那由多なゆたと申します」


「なんか高そうな名前の人来たな……」


 それは、とある年度末の晴天日。

 一件のアパートの前で、俺はスーツを若干ラフに着た小柄な女性と対面していた。


「よく言われます。うちの不動産屋にも、能力じゃなくて『お前がいればうちの物件が全部高級住宅地のソレになりそうだから』って理由で採用していただきまして……えへへ」


「聞きたくなかったんですけど!?」


 ここは東京郊外よりも少し外、言ってしまえば田舎の一角に過ぎないのでどう転んでも物件の価値が跳ね上がることなどないのだが、そんなことは不動産屋さんのみんなも承知するところだろう。


 見たところ、歳の頃は18かそこら……いや、さすがに20は超えてるか。

 でも、そのくらい若々しい。

 というか、正直に言って子供っぽい。


 セミロングの黒髪を後ろで縛ったポニーテール。

 それで顕になった首筋や顎のラインが幼いせいで余計に女子高生っぽさが出ている。


 住宅の内見には美人なお姉さんが来るとばかり思っていたが、こんな俺と歳が近そうな人が来るとは少し驚きだ。


「えぇと……メールでやり取りさせていただいてた目黒さんって方は……?」


「あぁ〜、あの人は昨日案内で行った事故物件で幽霊に取り憑かれたとかなんとか……今日はお祓いですね」


「どういうことなの!?」


 選ぶ不動産屋を間違えたか……。


「まあまあそんなことより、今日はお一人で内見ですか? 親御さんがいる方が望ましいんですけど」


「二人とも仕事が忙しいみたいで……。それに、俺も春からは大学生になるので、このくらいのことは一人でやれと言われて……」


 しばらく住む家を決めるのは『このくらいのこと』ではないと思うんだが、まあ、どうせ将来的には一人でやれるようにならないといけないことだと俺としては割り切っている。


「それは災難でしたね。ですが、ここでいいニュースが一つあります」


「おお……!」


 高校生にしか見えない童顔と体つきでもプロはプロ。

 その内に秘めた実力は、俺の軽率な判断をゆうに超えるということか。


 実際ちょっと不安なところもあったし、なにかしら励ましてくれるのだろうか。


「実は、私も一人で内見の案内をするのは今日が初めてなんです……っ。だから安心してください、緊張しているのはあなただけではありません!」


「そうだったんですか! 初めて同士、一緒に頑張っていきましょう!」


「はいっ!」


「んなわけあるかぁぁぁぁッ!!」


「!?」


 ビクッと肩を跳ねさせた彼女……麻布さんに俺は慌てて頭を下げた。


「あぁいや、ごめんなさい。ちょっと気持ちが荒ぶっちゃって」


「だ、大丈夫ですよ。そういうお年頃ですもんね」


「いや俺がおかしいみたいに言うな!」


「……え?」


「……いや、俺がおかしいみたいに言う……もういいです」


 この人もきっと普段はまともで、今は緊張でおかしいだけだと思いたい。望みは低い気もするけど。


 俺の言葉を受けて、麻布さんはニコっと大きな笑顔を見せた。


「それじゃあ早速ご案内いたしますね」


 きっとこの人の敬語が最初の挨拶だけ完璧だったのは、あらかじめ準備していたからだろう。

 そうとしか考えられないそれ以降の荒っぽさがある。


 ポケットから鍵を取り出した麻布さんに案内されて、俺はアパートのエントランスをくぐり希望した部屋の前まで通される。


「さあどうぞ」


「し、失礼します」


 案内役への不安や初めての内見への緊張がありつつも、ついに今日のメインイベントが始まる。




【あとがき】

少しでも楽しんでいただけたら、下のレビュー欄の⭐︎⭐︎⭐︎から評価をいただけると嬉しいです!

楽しんでもらえた……という実感が湧くので、何卒よろしくお願いします(*´︶`*)ノ

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