第19話 修羅場

「ねぇネイビス、ビエラ。あなた達昨夜どこに行ってたの?」


 ここはハルオンの南門近くにある由緒正しき宿屋『春眠亭』のとある部屋。そこには床に正座する一人の男と彼を見下ろす二人の少女がいた。二人の少女のうち一人は申し訳なさそうに俯いている。


「ええ、実はですね、イリスが寝た後ビエラとアクセサリーを見に町に出かけてたんですよ。はい」

「本当なの?」


 イリスがビエラの方を向いて確認すると、コクリとビエラが頷く。


「じゃあ買ったアクセサリー見せなさいよ」

「そ、それは……良いのがなかったから買わなかったんです。はい」

「何か怪しいわね」


 イリスは昨夜、夜遅くに部屋に戻る二人を見ていたのだ。その時は眠気が勝ち、そのまま再び眠りに就いた。だが、いざ朝起きてみると自分だけが一人で寝ていて、ネイビスとビエラが仲良く二人で眠っていたのだ。それを見て昨夜のことを思い出し、今こうしてネイビスを問い詰めていたところだった。


「まぁ、良いわ。それより、今度からはやめてよね! その……。二人だけで寝たりだとか、二人だけで出かけるのだとか」


 イリスは先ほどまでの毅然とした態度とは打って変わって、急にしおらしくなる。


「ああ、約束する」


 ネイビスが誓うとイリスは再確認する。


「絶対よ! 絶対だからね!」


 ビエラとキスしましただなんて口が裂けても言えないなと思うネイビスであった。






 三人は活気溢れるハルオンの町を歩いていた。


「アクセサリーは良いのなかったんでしょ?なら今日は剣を買いましょう!」


 機嫌を取り戻したイリスは新しい剣のことで頭がいっぱいで、気分が浮かれている。一方イリスに嘘をついているネイビスとビエラはどこか気まずい。


「そ、そうだな。どのみちいずれ最強のアクセサリーを手に入れることになるんだから、今新調する必要はないな」

「ネイビス君。最強のアクセサリーって?」


 ネイビスの語った「最強のアクセサリー」という文言がビエラは気になった。


「イリスと俺がつけてる、あの隠しエリアの宝箱でゲットしたアクセサリーあるだろ? それを作った大昔の偉大なる錬金術士は他にも3つアクセサリーを残しているんだ。それにその錬金術士は雷鳴剣の製作にも携わっている」


 ネイビスは『ランダム勇者』の細かな歴史まで隈なく調べ尽くしていた。『ランダム勇者』では時に、世界設定が攻略のヒントとなる。例えば大昔の偉大なる錬金術士の話がその良い例だ。


「へー。そんなに凄い錬金術士がいただなんてね。会ってみたかったわ」

「うんうん!」

「そうだな。俺も会えるなら会ってみたいよ」


 ゲーム『ランダム勇者』ではその錬金術士は御伽噺の勇者の親友で、勇者が魔王を倒した後行方が分からなくなったという設定になっている。

 もしかしたら秘薬でも作って不老不死にでもなっているのではないかなんて、ネイビスは考えてみる。


「あ! あれじゃない? 鍛冶屋『月下の剣』」

「そうみたいだな。行くか」


 鍛冶屋『月下の剣』はこの町一番、いや、世界一の鍛冶屋だと評判である。予め掲示板で情報を得ていた三人はここで剣を新調しようと決めていた。

『月下の剣』はとても大きな建物で、中に入ると沢山の剣がずらりと並んでいた。


「ねぇ、ネイビス。私と一緒に選びましょう?」

「ああ、いいぞ」


 イリスは昨日のことを根に持っている。今だけはネイビスを独り占めしたかったのだ。


「ねぇ、ネイビス! ミスリルソードあるわよ」


 イリスが手に取ったのは青白色のミスリルソードだった。


「ATKは?」

「えーっとね。50だって!」

「ほう。それはなかなかいいな」

「うわ! 高っ! 白金貨5枚だって!」

「まぁ、ミスリルスライムから手に入れたミスリルの塊が白金貨二枚だったからな」


 ミスリルで作る武器やアクセサリーはとても高価なのだ。ミスリルの加工には超一流の技術が必要になる。素材のミスリル自体高価なので値段が上がるのは必然だ。


「出直しましょう。私のインベントリにある羊を売ったら足りるかもしれないわ」


 三人は一度『月下の剣』を後にし、ハルオンの商業ギルドに来ていた。


「次のお客様どうぞ」

「はい」

「素材売却でお間違いないでしょうか?」

「はい。ただ、そのー。とても量が多くてですね。羊なんですけど」

「まぁ! 羊ですか。それは珍しいですね。聞くところによると限られた地域にしか生息していないのだとか! その毛は衣類に使われるので大変高価ですし、肉も嗜好品として人気です! 私はこの商業ギルドに五年間勤めていますが、羊は初めてです!」


 饒舌に語る職員の女性にネイビスは少しだけ引いた。


「あぁ、失礼しました! つい興奮してしまって!」

「いや、平気ですよ」

「で、では買取に移りますね。このテーブルに出してください」

「あのー。確実に乗り切らないと思うんですが」

「では一匹ずつ出してください。私がカウントしながらインベントリにしまっていくので」


 それから約一万匹全ての羊を売却するのに六時間かかった。


「1000ギルの白羊が3784匹。2000ギルの火炎羊、氷結羊、大風羊がそれぞれ1892匹ずつ。10000ギルの電気羊が172匹。計で16,856,000ギルになります!」


 白金貨16枚、金貨85枚、銀貨60枚が支払われた。


「この商業ギルドでの取引額の最高額を更新しましたよ! 凄いです!」


 職員の女性はとても嬉しそうにしている。デートの一件でイリスに引け目を感じているネイビスとビエラは白金貨5枚ずつ取り、イリスが6枚取ることになった。


「私が6枚でいいの?」

「うん! それでミスリルソード買うんでしょ?」

「いいと思うぞ。投資費用だな」


 上手く誤魔化す二人であった。

 その後商業ギルドを後にした三人は『月下の剣』に再び入った。ミスリルソードは店に3本しか置いていなかった。そのうちの一つをイリスは真剣に選んで買った。イリスは新しい武器を得てとても嬉しそうだった。

 ちなみにネイビスは白金貨1枚でATK30(+毒)の剣、毒牙を買った。この世界だと間違って毒牙で肌を切ると人間も毒になるらしいので、慎重に扱おうと決めるネイビスであった。

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