第18話 夜のデート
ネイビス達は今馬車に揺られている。昨日三人が馬車に寄せていた期待は無惨にも裏切られていた。
「ビエラ、『プチキュア』ちょうだい。私もう無理」
顔面蒼白のイリスがビエラにお願いする。一方ネイビスは自身に『リカバリー』を使った。ネイビスは『リカバリー』も役に立つことはあるんだなと思った。そう、彼らは酔いに酔っていたのだ。
「ありがとう、ビエラ。ビエラは酔わないの?」
「私は平気だよー」
ビエラはRESが二人に比べて高い。RESは魔法攻撃や状態異常に対する耐久力なので、RESの高いビエラはあまり酔わないのだ。
「まったく、あとどのくらいこの地獄が続くのよ?」
「御者に聞いてみるか?」
ネイビスが御者にどのくらいで次の町ハルオンに着くか訊きに行った。そして絶望の表情で帰ってくる。
「あと半日だって」
「ええー! 嘘でしょ!」
この馬車には他の客は乗っていない。一人一枚ずつ金貨を出すと言ったら御者が満面の笑みで貸切にしてくれたのだ。貸切なら少しは快適になるだろうとその時は考えていたが、今となってはこの醜態を他の人に見せなくて済んだので貸切は大正解だった。
結局、馬車地獄はきっちり半日続き、日が沈む頃三人はハルオンにたどり着いた。
「もう今日は寝る。流石に疲れたわ」
いくらVITの高いイリスでも酔い疲れには敵わなかったようだ。ネイビスは頻繁に『リカバリー』を使っていたから酔い疲れはない。ビエラはそもそも酔っていない。三人がハルオンの町の宿に入り、三人部屋に着くとイリスはドアに一番近いベッドにダイブしてそのまま眠ってしまった。
「イリスちゃん寝ちゃったね」
「そうだな。俺らも寝るか?」
時刻は夜の7時。寝るには少し早い。ネイビスの問いにビエラは首を振って応える。
「ねぇ、ネイビス君。二人でデートしませんか?」
「お、おう」
そう言って薄らと頬を紅く染めるビエラを見て、やはりビエラは可愛いなとネイビスは思う。
「そう言えばまだ一度もデートしたことなかったな。どこに行きたい?」
「あのね。ハルオンの有名スポットなんだけど、ハルオン中央公園に行きたいな。そこにある恋人の鐘をカップルが一緒に鳴らすとね、ずっと一緒にいられるんだって」
「それはいいな。そこに行くか」
ネイビスとビエラは夜の町を歩く。魔道具による照明で夜の町はキラキラと輝き絵画のような美しさがあった。二人はハルオン中央公園に着くと、ライトアップされた噴水の側のベンチに座って話をすることに。
「綺麗だね……」
ビエラが夜景を眺めながらそう呟いた。
「そうだな。流石世界一の技術を誇る町だよな」
「もう。ネイビス君! そこは「お前の方が綺麗だ」でしょ?」
「そ、そうだな。ビエラの方が綺麗だぞ」
「うふふ。そうかなぁ」
二人は腕を組んで座っていた。ビエラは意図的なのか無意識なのかネイビスの腕を自身の胸に当てている。ネイビスは会話よりも夜景よりも左腕に当たる柔らかい感触の方が気になって仕方がなかった。
「ねぇネイビス君。私のこと好き?」
ネイビスの目を見てビエラが尋ねる。
「ああ好きだ。世界一好き」
「イリスちゃんは?」
「イリスも世界一好きだな」
「よかった。私はイリスちゃんと私を同時に愛してくれるネイビス君が好き」
ビエラの言葉にネイビスは少し引っかかる。
「そうか? ならいいけど、てっきり嫉妬でもするのかと思った」
「嫉妬なんてしないよ。これから話すことはイリスちゃんには内緒にしてて欲しいんだけどいい?」
「うん」
改まって確認するビエラにネイビスは頷く。
「私とイリスちゃんはね、幼馴染なの。それで子どもの頃からよく一緒に遊んでたんだけどね、子どもの頃、私達にはある夢があったの。それはね、私達二人が好きになった男の人と結婚して三人で世界を旅することだったの。御伽噺の勇者が二人の女性と添い遂げたみたいにね」
「そうだったのか。俺でよかったのか? ノービスだぞ?」
「ネイビス君はこれまで私達に楽しい冒険をさせてくれたじゃない。優しくて色んなこと知ってて、カッコよくて……。それに直ぐ転職して最強になるんでしょ?」
「それはそうだな。いずれ俺は世界で一番強くなるぞ」
「うんうん。やっぱり私の好きな人はカッコいいな」
「俺の好きな女も可愛いぞ」
二人は見つめ合う。しばし沈黙を経てビエラが言う。
「ねぇ、キスしていい?」
「あ、ああ」
ネイビスとビエラはキスをした。それは唇と唇が軽く触れ合うだけのキスだったが、ネイビスはそのキスに底知れない感情を抱く。ああ、これが愛なんだとネイビスは思うのだった。
「鐘鳴らしに行きましょう」
「そうだな」
二人は手を繋いで公園の中央にある恋人の鐘まで歩く。繋いだ手の温もりにその一歩一歩がネイビスには愛おしく思えた。
恋人の鐘まで辿り着くと二人は繋いでいない方の手で鐘を鳴らす紐を握り、せーので鳴らす。カランカランとなる鐘の音は二人の未来を祝福するかのように美しい夜に鳴り響いた。
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