第6話 勇者パーティ

 三人はスライムの森を抜けて次の町ロコルに向かっていた。ネイビスはノービスLv.24。イリスは剣士見習いLv.22。ビエラは僧侶見習いLv.21になっていた。ミスリルバングルの効果の分ネイビスとイリス達のレベルに開きが出始めたがまだその差は少ない。


 属性スライムが現れても三人は避けることなく戦うことにした。魔法は厄介でネイビスやイリスは被弾してしまったが、すぐさまビエラがプチヒールで回復する。応急処置はお払い箱だなと思うネイビスであった。


 日が完全に暮れた頃なんとか三人はロコルに着くことができた。門の前に列ができていたので並んで待っていると不意に声をかけられた。


「もしかしてお前ノービスか?」


 ネイビスが振り返るとそこには男二人女一人の三人組がいた。


「確かに俺の職業はノービスだけど、名前みたいに言うのはやめてくれ。俺の名前はネイビスだ」

「あぁ、悪い。ネイビス。俺は勇者ゼノン。こっちは剣聖のダエルと賢者のノルだ」

「チーッス」

「よろしくね」


 ゼノンの態度は紳士的だったが、ダエルの態度はあからさまに失礼なものだった。ネイビスは少し不快になるが、気にせず会話を進める。


「こっちは剣士見習いのイリスでこっちは僧侶見習いのビエラだ。俺達に何か用か?」

「いや、ただ心配でね。聞いたよ。北の森を抜けてきたんだって?」

「そうだけど、それがどうかしたのか?」

「どんな手を使ったのかって聞いてんだよ。最弱のノービスパーティーが北の森を通って無事なはずがない」


 ネイビスが尋ねるとダエルが語気を強めて答える。その眉間には皺が寄っていた。


「何よ! 私たちは普通に北の森を抜けて来ただけだわ。属性スライムだって倒せるんだから」


 ダエルの物言いに腹が立ったイリスが言い返す。


「は? 初級職のお前らが倒せるわけないだろ」


 ダエルは手をひらひらとさせてイリスの言葉を否定する。


「私はもうレベル22よ! 属性スライム相手でも余裕なんだから」

「レベル22? 俺らでさえまだレベル12だぞ。一体どうやったんだ?」

「そ、それは……」


 ゼノンの問いにイリスはしどろもどろになる。イリスはネイビスに「どう答えればいい?」と視線を送る。


「それはだな、ただ魔物を倒して地道にレベルを上げたとしか言いようがないな」


 ネイビスは嘘はついていない。ただ倒した魔物がもつ経験値が多かっただけなのだ。だが、ネイビスの回答に勇者パーティーの三人は納得しない。


「だとしても普通一日でレベル22までは上がらないはず」


 賢者のノルが首を傾げながらそう呟く。


「まぁ、それは普通にレベルを上げたらの話だろ?」

「じゃあやっぱり、普通じゃない何かがあるのね?」

「さぁ、どうでしょう」


 ネイビスは別に隠しエリアのことを話しても構わなかったが、宝箱の中身のない洞窟をわざわざ探索させるのも申し訳ないのでしらばっくれることにした。あの洞窟は一度クリアすると敵が湧かなくなるからもうレベル上げにも使えないので、ますます教える意味がない。


「どうして教えてくれないの? 情報共有はすべきだと私は思うけど」


 ノルがネイビスを攻める。


「な、なら! 私が教えます。いいよね、二人とも」


 重い空気に耐えきれなかったビエラがそんなことを口走った。


「俺はどっちでもいいかなー」

「私は反対よ! 何でこいつらに教えなくちゃならないの」


 ネイビスはもうあの洞窟に何の旨みもないことを知っていたが、まだシルバースライムやゴールデンスライム、ミスリルスライムが湧くと勘違いしているイリスは断固拒否した。そのことに気づいたネイビスが耳打ちでその事実を伝えるとイリスはしぶしぶ了承した。


「ならいいわ。ビエラ、教えてあげなさい」

「うん! あのね、北の森には隠しエリアがあったの。滝の裏側にある洞窟なんだけど、そこには経験値をたくさん持ったスライムが何匹もいてね、倒したらいっぱいレベルが上がったの」

「へぇー。そうなんだ」

「その話は興味深いね」

「まぁ、行くのはお勧めしないがな」


 ビエラの解説に興味を示す勇者パーティーの面々にネイビスが釘を刺す。


「どうしてよ。独り占めにする気?」


 ノルがすかさず聞き返す。


「違うな。もうその隠しエリアにいる全ての魔物は倒したから今行っても意味がないってことだよ」

「そうなのか?」

「うんうん」

「そうよ」


 ゼノンが正しいか他の二人にも確認するが、ビエラもイリスも頷く。


「なんか隠してんじゃね? さっき耳打ちでこしょこしょ話してたし」


 ここでダエルがネイビス達を疑った。ネイビスはやれやれと思い告げる。


「まぁ、お好きにどうぞ。北の森にある大きな湖が目印だから。せいぜい頑張んな」


 その時「次の方」と門番から声がかかりネイビス達は勇者パーティーと別れた。


「なんか上から目線なのよね」

「まぁ、上級職なのは事実だからね」


 勇者パーティーの態度にイリスは不満をこぼす。そんなイリスをビエラがまぁまぁと宥める。三人は門番にマギカードを見せてロコルの街へと入っていった。マギカードは身分証にもなるのだ。


「先ずは宿を探すか」

「その前にマギカードの更新でしょ?」


 イリスの言葉に「マギカードの更新?」とネイビスは聞き返す。


「そうよ! 私たちもうレベル20を越えたからDランクなのよ」


 嬉しそうにそう語るイリスを見てネイビスは今世でそんな説明されてたかもと思い返していた。『ランダム勇者』の中ではランクと言う概念はなかった。そもそもマギカード自体がなかったのだ。

 ランクはレベルによって定まっていた。


 0〜9:F

 10〜19:E

 20〜29:D

 30〜39:C

 40〜49:B

 50〜59:A

 60〜69:S


 最高到達レベルが67なのでランクはSまでしかない。


「どこで更新するんだ?」

「そんなの冒険者ギルドに決まってるじゃない」


 そんなこんなで冒険者ギルド:ロコル支部に三人は向かった。


「ここが冒険者ギルドかぁ」

「あなたもしかして冒険者ギルド初めて?」

「そうだけど」

「呆れた。あなたって人はいつもそうなんだから」

「実は私も初めてなんだよね」

「味方がいたぞ」


 冒険者ギルドの前で喋り合う三人の姿は周りから見て明らかに浮いていた。


「よう! もしかしてお前ら勇者学院の卒業生か?」


 一人の大男が三人に声をかける。ネイビスが代表して応えた。


「はい。そうです。あなたは?」

「俺か? 俺はBランク冒険者のダルフィスだ。俺も勇者学院の卒業生なんだぜ」

「へぇー。そうなんですか。俺はネイビスです。今年卒業したばかりです」

「なんだ。ノービスみたいな名前だな!」

「ネイビス君はノービスですよ?」

「え?」


 ビエラがネイビスの職業を明かすとダルフィスは驚愕した。


「お前ノービスなのか?」

「そうですけど何か」

「悪い事は言わない。魔王討伐は諦めろ。冒険者になるのも諦めた方がいいな」

「どうして人に自分の人生を決められなくちゃならないんですか?」

「そうよ。ネイビスはね、ノービスでも強いノービスなのよ」


 イリスが助け舟を出すが、ダルフィスは哀れなものを見る目になった。


「君の職業は?」

「私は剣士……見習いよ」

「そっちは?」

「僧侶見習いです」

「こりゃダメだな」


 ダルフィスは手で顔を覆うと天を仰いでそう呟いた。


「何がダメなのよ!」


 不服に思ったイリスが聞き返す。


「俺はな、こう見えて魔法使い見習いなんだ」

「そうなんですか」


 三人は目を見開いて驚く。ダルフィスの見た目は屈強な戦士といった感じだったからだ。


「俺が今使えるのは『プチマジックアロー』と『プチマジックウォール』だけだ。『プチマジックウォール』は防御魔法だから、実質攻撃スキルは『プチマジックアロー』だけになる。それも魔法使いの『マジックアロー』の下位互換だ。初級職っていうのはな、何においても下級職に劣るんだ。レベルアップ時のステータス上昇値だって少ない。そもそものゴールが上のランクの職業の奴らと違うんだ。だから俺はBランクなのにこんな序盤の町にいるんだ」


 ダルフィスの真剣な語りを聞き、ネイビスは確かにそうだなと納得した。転職という概念を知らない人にとってみれば初級職なんて地獄だろう。例えばノービスがレベル99になったとしても同じレベルの勇者のステータスはノービスの三倍にもなる。そもそもゴールが違う。だが、実際はノービスにはその先がある。転職すればスキルとステータスを引き継ぐことができるのだ。


「ダルフィスさん。忠告ありがとうございます。ですが俺は諦めません」

「私も諦めたりしないわ」

「私も……」


 イリスもビエラも転職について知っている。だからこそ諦めずに希望が持てるのだ。


「そうかい。なら俺には止められねぇな。頑張れよ」


 ダルフィスはそう言い残して去っていった。その後ろ姿を見てネイビスは少し悲しくなった。


「ダルフィスさんに転職のこと教えなくてよかったの?」


 ビエラがネイビスの顔を覗き込みながら尋ねる。


「あぁ。転職に関してはこのパーティーだけの秘密にしたいからな」

「理由を聞いても?」


 そう言われてネイビスはどうして隠そうとしているんだっけと考える。もちろん情報を独り占めにしたい気持ちはあるし、世間を混乱させたくない気持ちもある。さらには言っても信じてくれないんじゃないかとも思っていた。


「いつか俺たちが最強になった時に教えればいいさ。その方が説得力あるでしょ?」

「それもそうね」


 三人は小さくなっていくダフィルスの背中を見届けるのだった。


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