第2話 討伐者と探索者

 下町の子どもたちは、基本的に親から放置されている状態だ。

 何しろ両親も大人になった兄姉も忙しいからな。

 余裕のある家なら子守りを雇うんだが、下町の貧しい庶民にそんな余裕はない。


 学校みたいなものはあるんだが、基本午前中で終わってしまうので、午後は自由にそこらで遊んでいる。

 ただ、子どもは弱い存在だ。

 一人でふらふらしていると、悪い大人なんかの格好の餌食えじきとなってしまう。

 なので自衛のために集団を作る。

 地区の兄貴分、姉貴分みたいなのが、小さい子をまとめてめんどう見ているわけだ。


 そんな自由な子どもたちは、大人には考えつかないような行動を取って、さまざまなところに潜り込む。

 前世でいうところの野良猫みたいなものだな。

 言葉を話せる野良猫の集団がこいつらと考えればいい。


 だからだろう、下町で最初に事件の臭いを嗅ぎつけるのは、こいつらのことが多い。


「で? 何があったんだ?」


 俺は顔なじみの悪ガキどもの一人であるリキに問いかける。

 現在、まさに猫のようにするすると家と家との狭い隙間を抜けて道案内するリキの後を全力で追いかけているところだ。

 子どもの脚力とバカにしてはいけない。

 なぜだか子どもはやたらすばしっこく、なかなか追いつけないものなのだ。


「とにかく、はやく、来て!」


 一方のリキにしても、決して余裕があるわけではないようで、息が上がり気味に返事を返した。

 これは現場に到着する前に聞き取りは無理か。


 俺は事前情報収集を諦め、ひたすらリキの後を追いかけることにしたのだった。


 狭い路地を抜けると、少し広い通りに出る。

 それまで暗い場所ばかりだったので、突然明るくなった感じがして目がくらんだ。


「はぁ? いい加減にしろよ!」

「ナニ熱くなってんの? 弱いから弱いって言ってるだけでしょ。悔しいならアタシに勝ってみなよ」


 その場を認識すると同時に声が聞こえた。

 それだけ強い意志のこもった声だったのだ。


 そこにいたのは、武装した二つの集団。

 それぞれ目立つところに紋章エンブレムを装着していて、何かのチームだとわかる。

 それと共に、片方がものものしい武器を携行しているのに対して、もう片方は目立つ武器を装備していないのも印象的だ。


 っていうか、言い合いをしている二人に見覚えがあるぞ。


「おい、日の高いうちから往来でなにやってんだ?」


 俺が声を掛けると、そこにいる全員がこっちに注目した。

 視線の圧力がぐっとのしかかるが、平然と受け止めて見せる。

 てか、問題起こしそうな連中はともかく、野次馬が多いな。

 なんかあったら巻き込まれるのに、物見高いのもほどほどにしろや。 


「あ、ケイの兄貴」

「巡回さんだー」


 睨み合っていた二人が、気が抜けるような軽い挨拶をよこす。


「聞いてよー、ラルフったら、女のアタシにかなわないからって、言いがかりつけてくんのよ!」

「は? そういう話じゃねぇだろ! 話をすり替えんな!」

「はいはい、そこまで。話を聞いてやるから、喧嘩腰はやめろ。こんなところでお前らが暴れたら下手すりゃ死人が出るぞ? せっかく子ども等からも尊敬されるような立場になったのに、それを台無しにしたいのか?」


 俺がそう言うと、二人は、周囲の野次馬連中と共に事態をハラハラしながら見守っていた子どもたちに気づいた。

 無責任に囃し立てる野次馬には何の感情もないようだったが、自分たちの弟妹のような立場の子どもたちには、それなりに思うところがあるようで、一時的にだが、罵り合いをやめることにしたようだ。


「その人数じゃ集まれる場所は限られるだろ。例の場所へ行くぞ。いいよな? メイ」


 俺は子どもたちのリーダーであるメイに事後承諾を求めた。

 俺が行こうとしているのは、子どもたちの秘密の場所だ。

 本当は勝手に決めていいことじゃないんだが、現在一触即発の状態に陥っているのは、以前の子どもたちのリーダーたちなので、子どもたちも無関係ではないし、話を聞きたいだろうと思ったのである。


「うん。そうしてもらえると助かる」


 案の定、メイはそう答えた。

 メイの答えにうなずいた俺は、周囲の野次馬たちを散らし、関係者だけを残す。


「あ、あそこかぁ。大人になってから行くの初めてかも」

「大人になったらあそこに踏み入らないのは暗黙の了解だからな」


 騒ぎの中心となっていた二人も、納得したようだ。


 騒ぎを起こした二人は、片方が男、片方が女で、どちらも二十歳そこそこ。

 だが二人とも、腕一本で成り上がり、多くの人に認知されるようなチームのリーダーとなっている。


 つまり、下町のヒーロー的な存在なのだ。

 そりゃあ、子どもたちにとっては他人事ではないよな。


 争っていた二人も、それぞれのチームのメンバーを帰し、お互いが代表して話し合いに挑むようだ。

 仲間がいると張らなくていい見栄を張る必要も出てくるだろうし、いい判断だと思う。


「しかし、まぁ。とんでもない場所ではあるよな」


 子どもたちの秘密の場所は、家と家の間の中庭の壁を越え、どっかのお屋敷の庭にある生け垣の裏を通り(見つかったらヤバい)、長年放置されている倉庫を抜け、ぽっかりと開けた、瓦礫の広場だ。


 俺がここに連れてきてもらったのは十年ぐらい前だったか。

 それこそ、今問題を起こしているこの二人の代だったなぁ。

 なんか懐かしい。

 俺も年をとるはずだ。


 誰も住まなくなって老朽化した安い長屋の残骸が、そのまま周囲の家に押し込まれるような形で残っている場所。

 片付けるのも建て直すのも、場所柄無駄と判断されて放置された、忘れ去られた一角だ。


 入口となる道がどこにもないため、空から見下ろせる人間でもいない限り気づかれないだろう。


「それで、なにがどうしてお前らが争う羽目になってんだ? 昔はあんなに仲がよかったのになぁ」


 俺が、争いの中心だった二人にそう尋ねると、二人はバツが悪そうに頭を掻いたのだった。


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