平凡な転生者のはずの俺が、なぜか英雄たちの中心に!?
蒼衣 翼
第1話 偉大な帝国の一般警備兵
俺の名前はケイ、帝国のしがない一般警備兵だ。
とはいえ、警備兵というのはいわゆる公務員なので、平民としては成功しているうちに入るとは思う。
しかしまぁ、年はもう三十二で、これ以上出世することもないだろうし、そこそこの給金であることもあり、気持ちは安定志向傾向で、無茶して手柄を立てたりするつもりもない。
「おはよう。今日もいい匂いがするな。朝はこの匂いから始まるみたいな感じがするよ」
「お、嬉しいこと言ってくれるじゃないか、巡回さん。これ、試食用だけど、どうぞ」
「おう。ありがとさん」
詰め所から近いパン屋の主人に様子伺いがてら挨拶をしたら、手のひらに乗る小さなパンをもらった。
この程度なら賄賂のうちには入らないため、ありがたくいただく。
お硬い奴ならこういうちょっとした付け届けも断ったりするんだが、もらっておいたほうが民も安心するのだ。
変に厳しすぎると、気軽に相談の一つもできないからな。
何かが起こる前に対処するのが俺たちの役目なので、事件になる前の段階で相談して貰えないと困る。
警備兵のメインの仕事は担当地区の巡回であるため、一般的には巡回さんと呼ばれることが多い。
前世の世界では、警官のことをお巡りさんと呼んでいたりしたが、あれも同じような発祥なのだろうな。
そうそう、俺には前世がある。
まぁこの世界では前世がある人間は珍しくもないが、別の世界からの転生というのはわりと珍しいとのことだ。
我が国では、子どもが転生者であることに気づいた親は、子どもをまず神殿に連れて行くという習慣がある。
神殿で前世についての詳しい聞き取りと、転生についての説明が行われるのだ。
転生者からの聞き取りは、歴史の調査の意味合いもあるっぽい。
詳しいことは知らんけどな。
調査の理由はともかく、ものごころ付いたか付かないかの子どもを神殿に連れて行く理由は教えてもらった。
転生の記憶というものは成長するにつれて薄れていくらしく、なるべく小さい頃に聞き取りを行うのが好ましいとされているとのこと。
なので普通は三歳くらいで行くものらしい。
その点、俺は転生に気づいて神殿に行ったのは遅めで、確か五歳か六歳ぐらいだった。
おかげで前世の記憶もだいぶ薄れていて、順を追って説明とか、学問的なこととか、具体的なことはほぼ忘れ果てていて、あまり役に立たなかったんじゃないかな?
今でもそうだが、前世の記憶って、何かの拍子にふいに思い出したりするんだよな。
寝てる間に見た夢の内容みたいな感じだろうか。
とはいえ、幼い頃はだいぶ前世に影響されていたのは確かだ。
なにしろ、下手に前世の記憶があるせいで、言語の習得に苦労して、それで結果的に神殿に行くのも遅れたんだしな。
この世界の言語は、息の使い方に重きを置いているため、同じ音で意味が違う単語も多くて、理解するのがほんと、大変だった。
なかなか言葉を覚えない子どもを育てた両親の苦労を思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
そんなこんなで、俺がちょっと変わったものの考え方をするのは、異世界からの転生者だから、なのだ。
こんな問題を抱えた俺でも公務員になれるのだから、我が帝国は偉大である。
「あら、巡回さん、今日もご苦労さん!」
「おう。最近、何か問題はないか?」
「そうさね、うちの旦那の稼ぎが悪い、ってのが問題かねぇ」
「ははは、そりゃあ元からだろうが」
「あはは、そうだったねぇ」
「おい。かぁちゃん、巡回さんよぉ、俺、ここにいるんだけど……」
長屋暮らしの顔見知りの奥さんと玄関前で立ち話をしていると、引き戸を押し開けて玄関先に現れた旦那が情けなさそうな顔で抗議した。
まぁこの長屋の玄関なんてうすっぺらい板一枚あるだけだからな。
玄関先の話なんて丸聞こえだ。
だが、旦那さんよ、その抗議は悪手だぜ。
「まだ仕事にも出ずに家でぐずぐずしてる男だから稼ぎが悪いんだろ!」
ほら、怒られた。
「はい。……ごめんなさい」
俺がいると、どっちもひっこみがつかなくなるだろうからさっさと次に行こう。
「まぁ夫婦喧嘩はほどほどに、な?」
「こんなの喧嘩のうちに入りませんよ!」
「愛……の表現? って感じ、かなぁ」
「あんたは調子に乗らない!」
「ごめんよ、かぁちゃん」
どんなに偉大な国であっても、下町の居住区の雰囲気はこんなもんだ。
この辺りには日雇いの労働者が多く、生活は厳しい。
乱暴すぎる夫婦喧嘩なんかもちょくちょく発生するため、俺の仕事も尽きないのである。
その分顔なじみも多かったりするんだよな。
それに、この辺の住人は、貧しいからこそ情報の大事さを知っていて、住人同士横のつながりが強い。
つまりそれだけ情報の伝播が早い場所だってことだ。
何か異常が発生しているようなときにはすぐに噂が広がるんで、頼もしい情報源になってくれる。
そして、そういう情報を仕入れるためには、こまめなコミュニケーションが必要になるってわけだ。
だからこそ、俺みたいな警備兵の意味がある。
「あ、巡回さん! 大変だよ!」
そうやって日課の見廻りを続けていた俺に、大きな声を上げながら駆け寄って来たのは、下町の悪ガキ共の一人だった。
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