妹です。ちょっと落ち込んでいます。
屋敷を襲ってきたあの異能者は、複数の暴漢を連れてやって来ました。
そして、とりかえばやする前の私を、襲おうとしていたのです。私の部屋に入る前に、姉がボコボコにしていましたが、あれは姉の精神を私の体に移し替えた後、孕ませる予定だったのかもしれません。
鍛えられた姉の体ならともかく、引きこもりがちの妹の身体なら無力化できる、と、考えたのではないでしょうか。
「なるほど。説得力のある仮説です」
三代さんに相談すると、三代さんは深くうなずいた。
「大佐へ来る執拗なお見合いには、我々も辟易していましたが……今回の事件と繋がる可能性は、思いつきませんでした」
多分大佐も気づいてないです、と三代さん。
確かに、と私は思いました。姉は自分が強姦の対象にされるなんて、絶対に考えません。
そしてそれは、三代さん含む他の部下の方々も同じだったようです。
「大佐を無理やり手篭めに?」「身体入れ替えただけでできると思ってるのか?」「大佐の恐ろしさを知らないやつらだな……」と、震えながら呟いていました。
「それで、平先生の話を聞いて、もう一つ疑問に思ったことがあります。――異能が身体ではなく魂の方に依存しているなら、私の身体で出産しても、姉の異能を引き継ぐことは可能でしょうか?」
私がそう尋ねると、わかりません、と三代さんが答えました。
「そもそも我々は、精神を取り替える異能者そのものを聞いたことがありません。実験を行っているとしても、我々に開示されていない研究も多いでしょう。……その異能者の存在を知っていた平先生なら、ご存知かもしれませんが」
そう言って、三代さんは口をつぐみました。
どれほどの秘匿性があるのかはわかりませんが、入れ替える異能そのものを、普通の軍人は知らないのに、平先生は詳細を知っている。つまりそれは、平先生が敵と繋がっている可能性がある、ということです。
「私、下手を打ってしまったでしょうか」
「いえ。我々も平先生に事情を話すか思案しておりました。とわ様がこの可能性に気づかなければ、我々は無防備に情報を敵側に流していたでしょう」
三代さんにそう言ってもらえて、私は安心しました。安心して、ふら、と立ちくらみが起きてしまいました。
三代さんが、「大丈夫ですか」と言って、
「少しおやすみになってください。大佐曰く、『その身体を扱うには少々コツがいる』だそうです」
三代さんの言葉に、私はうなずきました。
仮眠室で横になると、少し楽になりました。
姉の身体になって、姉がどれほど張り詰めて生きてきたか、少しだけわかる気がします。
姉の身体は鍛えられていますが、それでもこの身体は思い通りに動かないのです。ただ息をするだけで苦しい。
得るものがあるとしたら、花開院の虚弱体質は異能のせいではない、ということがわかったことでしょうか。
ふと、仮眠室の向こうから、姉の部下の方々の声が聞こえました。
「……にしても、大佐にあんな妹君がいたとはな。女らしい大佐なんて、見れる日がくるとは思わなかったぞ」
「そう言えば、彼女はまだ未婚なのか?」
「らしいぞ。大佐の妹君なら、きっと美人だろうになー」
……その言葉を聞きたくなくて、私は布団を頭から被りました。
花開院家の正当なる継承者は姉ただ一人。けれど、姉は結婚をして子どもを産むよりは、軍で出世したいと思っています。何より、花開院家の女は、出産してすぐに死ぬことが多いのです。
肉体が入れ替わったのであれば、異能も入れ替えられたらよかったのに。そうしたら、私が代わりに産めたのです。
――この見た目であれば、きっと私にも、それなりの縁談が来たのでしょうか。
『岩姫』と、嘲られた日を思い出します。
とわ、と岩、を掛けた言葉。そして、姉と私はその見た目から、神話に登場するコノハナノサクヤビメと、イワナガヒメの伝承に掛けられました。
その声に傷ついて、私は長いこと引き篭もりました。私を蔑んだ人は過去にしか存在しないのに、「他の人もそう思っているのだろう」という考えが頭から離れません。
三代さんたちも、あれだけ優しくしてくれるのに、「この外見でなければ、酷く扱われただろう」と、ひねくれた思いを持ってしまうのです。
岩の異能が魂に依存するなら、なんて脆弱な魂なのでしょうか。姉のように何を言われても強くありたいと思うのに、悪意無き言葉でなくても、私の心は簡単に傷つくのでした。
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