妹です。医療室に行きました。

 窓が開かれたその部屋は、風はよく通るけれど、なんとなく薄暗い部屋でした。

 けれど、そばにある木々の木漏れ日と梢の音が気持ちよくて、緊張がほぐれていくようです。

 そこに、男性が座っていました。

 その方は、ゆっくりと顔を上げ、こちらに笑みを浮かべます。


 その笑みを見た時、私はどこか既視感を覚えました。


「あ、大佐。お疲れ様です」


 敬礼するその方に、私は反応が遅れてしまいました。


「……大佐?」


 その方が、顔を覗き込みます。

 しまった、この方は事情をご存知ない方なんだわ。姉と親しそうな関係ではありそうですが、秘密を知る人間は少ない方がいいでしょう。


「保湿剤が切れたのだが、貰えるだろうか」

「ああ! ありますよ」


 ……これで良かったのでしょうか。

 とりあえず、怪しむ様子はないようです。


「はい、こちらです」


 そう言ってその方は、引き出しに入っていた容器と同じものを渡してくれました。


「ありがとう」

「いえ、いつもうちの商品をご愛用くださり、ありがとうございます」


 その方は、高身長の姉より背の高い方でした。ですが三代さんと比べて細く、白衣を着ているのも相まって、軍人というより研究者のようです。

 姉を装う以上、姉とどんな関係なのか知りたいところでしたが、あまり長居するとボロが出てしまうかもしれません。

 色々考えた上で、私は彼に尋ねることにしました。


「ところで、菓子は好きか?」

「え? ああ、はい。甘いものは好きですけど」


 その言葉に、そうか、と私は答えました。


「実は、貰った菓子が溜まっていて、困っている。消費を手伝って貰いたいのだが」








 それから私は、お菓子を持って彼の元を訪れました。

 彼の名前はたいらさん。医者をするかたわら、異能の研究者として働いている人だと、三代さんから聞きました。異能については分からないことが多いので、軍の医療機関に異能の研究者がいるのは当然です。


「いやー、なんかすみません。こんなに沢山もらって。あっし、羊羹好きなんで、嬉しいです」


 ホクホクと、平先生が笑いました。平先生の人懐っこい態度に、私も思わず顔が緩みます。

 三代さんに聞くと、平先生は現在の事情をご存知ないのだそうです。ただ、多少バレても誰かに吹聴することは無いだろう、信頼していい、とも言っていました。

 なら、やはりある程度聞いておくのがいいのでしょう。


「先生、少し異能についてお聞きしていいだろうか」

「お、なんです?」

「精神に干渉する異能……例えば、入れ替わりさせる異能、というのは、あるのだろうか」


 その言葉に、ふむ、と平先生がうなずいた。


「あっしは本人を見たことはないんですが、研究対象としてはよく挙げられる異能ですね。誰かと誰かの体を入れ替える異能っつーのは、例えば死にかけた異能者が別の身体に移し替えて生き延びることに使えますから。

 けど、それは軍が極秘で抱えている人物だと思います」


 ……つまり、姉を蹴落としたい黒幕は、やはり軍の中にいるということでしょう。

 ただ、と平先生は言いました。


「この異能、例えば異能者の異能を交換することはできません。異能は魂の方に依存するので」


 申し訳なく言う平先生に、そうか、と私は思いました。

 平先生が言う通り、私の異能も岩の異能のままです。

 私の異能は、「身体を岩のように固くさせること」。最高の防御を持って、自らの身体を盾とし、また武器として使う、ありふれた異能です。

 それに対し、姉の異能は、「植物に干渉する」異能でした。特に姉はケシの花を生み出す能力に長け、味方には鎮痛効果や興奮作用、運動能力・筋力の向上を、敵には幻覚作用をもたらして攻撃します。そんな異能のため、軍からは厳重に監視されており、また希少な異能であることから、「異能の継承」、つまり子を産むことを期待されています。

 ところが、姉は独身の上、出産の意思がありません。姉は私より一回り年上なので、そろそろ出産の適年齢を過ぎる事になります。そのことで、上層部からは散々脅されていると父から聞きました。

 平先生は、姉の意思を知っているからこそ、「異能は取り替えられない」事実を申し訳なく伝えたのでしょうか。


 ……と、ここまで考えて、私にはある考えが浮かびました。

 もしかしたらこの事件、姉に出産をさせたい上層部の仕業なのではないのでしょうか。

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