第47話 最期の足掻き

『恨むなら自分の不運を恨みな、人魚の角を食べてしまったお前の娘を・・・。』


『俺は、お前の娘を大王様に献上し、国を一つもらうのさ。ありがとよ、父上殿。』と飽桀は笑う様に言う。


その後、陸信を蔑むように、憎しみを込め呟く。


『・・・・俺を恨むなよ、憎むなら無力な自分を恨んで死にな。』


飽桀は、そう言うと2度と振り返らず、凛凛を連れて浜辺の方へ小走りに歩いて行った。


陸信は、飽桀を追って、娘を取り戻さなければいけないと、立ち上がろうとした。


しかし、身体に力が入らない、自分の身体が自分のモノではないかのように重い。


それでも、気力を振り絞り、飽桀が捨てていった銛を杖代わりにして、何とか立ち上がった。


腹を触ると、濡れを感じる。しかし、手を濡らしたモノは手に付着し、皮膚からは吸収されず、外気に触れてく急速に乾く。それを肌で感じ、それが自分の血である事を理解し、陸信は諦めた。


身体に力が入らない。それだけではない、今ある力が急速に奪われているのが五感で分かる。


(・・・もうじき死んでしまう。)


(伝えなければ・・・・誰かに・・・伝える。凛凛を・・)


陸信は、自分を刺した銛を杖に、身体を支える杖に代用し、その重い自分の身体を杖にひきづらせる様に集落を目指して歩き始めた。


健常な体であれば、500歩も歩けば集落が見える。しかし、今の陸信にはその500歩が途方もない距離に感じられるのである。


一歩、一歩、重い体を引きずる陸信。


(凛凛)


(陸強)


(風鈴)


陸信は、自分の身体の中から、力を絞り出す呪文のように家族の名前を心の中で呼ぶ。


そうしなければ、腹の痛みが感じなくなり、凍える様な寒さに、意識ではなく、気力が持っていかれる様な気がして、近づいてくる確実な死を振り払う様に、自分を励ます様にそれを繰り返す。


何十歩進んだだろうか、いや、弱った自分の足ではそれほど進めていないだろうと、陸信は自分の限界を悲観し、諦める様に目を閉じようとした。


その時である。


『諦めるな、陸信、諦めてはならん。ワシも力を貸すぞ、もう少しじゃ、もう少しじゃ、凛凛の為に、頑張るのじゃ・・。』


陸信に浜辺で大ケガをしている筈の徐福の声が、聞こえてきたのである。


(徐福様、御無事でしたか・・・良かった・・・。)


徐福の言葉で、気力が少し戻り、重い瞼を必死で開かせる陸信。


『そうじゃ、歩くのじゃ、止まるな。止まるな。止まってはならぬ。お主ならいける・・必ず助けを呼べる筈じゃ。』と徐福の声が満身創痍の陸信を励まし、無くなりかけた気力を蘇らせる。


徐福の声は、遠くから聞こえる、しかし心に届くような、通る声であった。


再び足を引きずり始めた陸信であるが、一歩一歩足を引きず度に、徐福の声はだんだんと低くなり、そして最後には消えてしまった。


もう、陸信の身体の中に残っていた気力、いや命のほとんどがだしきられていた。


(風鈴、俺に力を貸してくれ・・・俺本当に頑張ったんだけど、もうダメみたいだ、風鈴、陸橋、凛凛ごめん。ごめん、ごめんよ・・・)


陸信が力なく前から倒れる瞬間、その体を支える者がいた。


『どうされました?・・・貴方お名前は・・。』


瀕死の陸信を抱きとめ、声をかけたのは蘭華であった。


『娘が連れ去られた。娘が、浜辺に姜文様達がいる。助けてくれ、娘を・・・。』


陸信は、薄れゆく意識の中でうわ言のように呟く。


それが彼の最期の言葉であった。


『娘さんが、どうされました。浜辺に、浜辺に姜文様が・・浜辺に姜文様がいらっしゃるのですか?』と、今わの際で呟いた陸信の言葉を確認する様に陸信に投げかけた。


応答がない、そして自分が抱き留めた身体から、生気が無くなる事を感じた彼女はただならぬ状況を理解した。


誰にも知られる事の無い、陸信の最期の必死の足掻きで、凛凛の命、運命がバトンの様に他の者に渡されたのである。


悲しきことは、バトンを渡す代償は父の命であった。


『娘さんが連れ去られた・・。姜文様にお伝えすればいい・・。』


機転が利く蘭華は、先ず目と鼻の先にある家の門を叩き、陸信の事を頼み、子供が連れ去られたみたいなので漁師の長の元へ至急伝える様に言い残し、自分は直ぐに浜辺に向かう。


(姜文様にお伝えできれば、何とかして下さる筈・・。)


蘭華は希望を持って自分が信頼し、慕う男の元へ全力で走った。

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