第48話 鷹の目

満月に照らされた浜辺には、取り残された三人と、その後ろでは焚き火が静かに燃え続けている。


無表情な仙女の姿をしていた妖が姜文に、徐福の遺言の意味を伝えようとしていた。


しかしその前に妖は、一旦口を閉じ、姜文の抱きしめていた徐福の身体に手を触れたと思うと、ユックリと姜文の身体から引き離した。


まるで、催眠術にかかった様に、姜文の身体は動けなくなり、抵抗する事ができないでいた。


妖は、徐福の身体を海水の届かないところに丁重に置き、徐福の両手を徐福の身体の上で組ませ、寝かせた。徐福の目はつぶっており、月の光で照らされる彼の姿はまるで眠っている様であった。


徐福の身体を姜文から離した妖は、再び姜文の傍に近寄り、そして静かに姜文へ語り始めた。


『凛凛は、徐福様の命と引き換えに、普通の人間として暫くの間生きる事が出来る様になりました。』


『人間にとって、20年は長い年月だと思いますが、私から言わせれば、たったの20年です。』


『時が経てば、凛凛の身体はもとの不老不死の身体に戻ります。』


『20年の間に、その過酷な運命を彼女に伝え、いや伝えるだけでは駄目です。』


『伝え、その後に続く永遠の孤独に耐えれる様に彼女を育てなければなりません。』


『しかし、そんな事ができるか徐福様は、その事に胸を痛めておりました。』


『自分が禁呪を行い死ぬ事よりも、自分が亡くなった後、自分の代わりに責任を取らされる貴方様と凛凛の事が気がかりだと言っておられました。』


『そして、私に二つの事を頼みました。一つは、貴方様の事。もう一つは凛凛の事です。』


『最初に言われた事が、永遠近い命を持つ私が、貴方様が亡くなってからは、凛凛の事を遠くから見守って欲しいとの事でした。』


『貴方様が死ぬまでは、自分じょふくの代わりに貴方様の相談相手になって欲しいとの事でした。』


『しかし、それは徐福様の我儘であり、貴方様にはそれを断る自由があるとも仰っておりました。』


『貴方が凛凛を手放すのであれば、凛凛が独りになった時、迎えにいき、私の元で生きる事を提案します。』


『直ぐに結論を出せとは申しません。良くお考えになり、お決め下さい。』


姜文は、妖のいう事を理解したが、その重い現実、一人の人間の運命を自分が背負える自信が無かった。


姜文は、ただ沈黙し、徐福の身体が寝ている方向を見つめるばかりであった。


妖も、そのまま口を閉じ、その場で顔を上げ、ただ上空の満月を見つめる。


二人の間に静寂が訪れ、波の音だけが静かに聞こえる様になった。


どれくらい時がたっただろうか、その静寂の世界に、人の息遣いと、言葉が迷い込んできた。


『姜文様、姜文様はおられますか!。』


『人が刺され、お亡くなりに、その方の娘さんが連れて行かれたそうです。』


『姜文様、姜文様、助けて下さい!』


聞き覚えのある蘭華の声だと、姜文は直ぐ分かったが、彼女の叫ぶ内容、人が刺され亡くなったという事実、連れて行かれた娘さんとは、誰なのかは、直ぐに分らなかった。


先ずは、頭と心を整理しようとする姜文とは、裏腹に状況を理解し直ぐに行動をとろうとした者がいる。


仙女の姿をした妖である、その顔は変わらず美しかったが、その目は自分の雛鳥をさらわれた鷹の様に、殺気がみなぎっていた。


『Ō。』と大きな叫びの様な呪文を唱える。


その後、直ぐに海の方向を見る。姜文も、妖の動きに驚きながらも、妖の眺める方向を見つめる。


一瞬、青く光った気がした。


『あ其処そこか!』と殺気のこもった言葉を呟く妖。


『其処まで、逃げたか・・・愚かな人間が、私から逃げられると思うなよ!』と言うと、空中に飛んだ気がした。


恐ろしい速さで、仙女の後ろ姿が海に入っていく。


姜文と、蘭華は唯、茫然と見送る事しか出来なかったのである。


声が聞こえた気がした。 大漁の食糧をいれた小船を漕ぐ飽桀は、ただならぬ気配を感じ、後ろを向こうとした。


しかし、地獄の底から聞こえてくる様な声に、恐怖を覚え振り向く事が出来ない。

『許さん、許さんぞ・・。』と、聞こえる筈の無い声が聞こえる。


何かが恐ろしい速度で近づいてくる。飽桀は、握っている櫓に力をこめる。


その手には、汗をかいている。本人はきづいていないが、それは危険を知らせる汗だった。

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