第46話 徐福の遺言と二つの願い

徐福じょふくを失った姜文きょうぶんの心は、怒りと悲しみのあまり抜け出せない音の無い世界にいた。


有るのは後悔の念のみ、自分をとりまく現実が直視できず、何か言い訳を探したいのだが、その言い訳も考える事が出来ない。


最後の手段として、姜文は無意識に己の思考を止め、徐福の亡骸を抱き続ける事が自分の存在意義であるかのように力の限り抱きしめ、正にすがりついていた。


それはまるで、幼い子供達が自分の両耳の耳穴を両手のてのひらで強く押さえ、意図的に外界の音を遮断する行為と似ていた。


そんな姜文の耳に、いや皮膚に、触覚器官に、か細いか細い、振動の様な音が、いやリズムが伝わっていく。


コポコポコ・・フォホ・・・コポコポ、リㇽㇽ…

コポコポコ・・フォホ・・・コポコポ、リㇽㇽ…

コポコポ リㇽㇽ コポコポコ・・フォホ


何処か懐かしいその音は、姜文の耳から入り、彼の頭の中を徐々に浸食する様に、ユックリと少しづつ姜文の身体全体に侵入してくるようであった。


その音が、徐々に姜文の心の奥底に潜っていき、彼が外界を拒絶すべく力を込めていた両手の力を少しづつユックリとさする様にほぐしていく。


コポコポコ・・フォホ・・・コポコポリㇽㇽ…

コポコポ リㇽㇽ コポコポコ・・フォホ


気がつけば、姜文の精神は徐福の亡骸にすがりついていた自身の体を離れ、深海の一番深い場所の様な暗闇の中にいた。


身体の重さから解放された彼は、無重力の世界を体験しているような錯覚の中にいた。


懐かしい声が聞こえてくる。


『ワシは、徐福という。少年、お主の名前は何という?』

『姜の姓の者とは、お主、もしや姜斉と縁のある一族の者か・・・。』

『お主の出自等関係ないか?お主、帰る場所があるのか?無ければ、ワシの元で、ワシを手伝ってくれぬか?』


(徐福様の声だ。出会った日の・・・。)


『姜文、何を泣いておる。お主、男のクセに情けないのう・・、どうした腹でも空いたか?。』


(これは、ついさっき見たあの夢の言葉だ・・・。)


『姜文よ、ワシの死を悲しんでくれるのは嬉しい、しかしワシを想うのであれば、どうか苦しまないでくれ。』


(終わらない・・、この徐福様の言葉は初めてだ。)

(何時の言葉だ、いや、これは俺の心の何処かで望んでいる言葉か?)


自問自答する姜文を無視するかのように、耳に届く言葉は終わりなく続く。


『もし今日ワシではなく、お主が禁呪の法を行えば、ワシとお主の立場は逆になり、今お主がうけている苦しみは、ワシが受ける筈じゃった。』


『ワシがもし今のお主じゃったら、お主を失った苦しみに耐えられず、今のお主より酷い状態の筈じゃ。』


『ワシの代わりに、地獄のような苦しみを受けてくれて有難う・・・。いやスマン。許してくれ。』


『都合の良い事じゃとはわかっている、ワシの代わりにその苦しみを受けていると思って、耐えてくれ、克服し、幸せに生きてくれ。凛凛を頼む。お主の幸せを誰よりも願っとるぞ。最後まで難題を押し付けてしまってスマン。』


驚き、声の主を探そうと目を開け、声が聞こえる方を振り向くと、其処には仙女の姿の妖が徐福の声そのままに語りかけていた


『お主、私を謀りおって!愚弄するか!』と、罵声と共に立ち上がろうとする姜文に妖は無表情のまま、声を自分の声に戻し、返答する。


『今、伝えた言葉は、私が受けた徐福様から貴方様への遺言でございます。』


『遺言の他に、徐福様は私に二つの願い事をされました。』


『貴方には、その願い事の内容を聞き、徐福様の遺言を守るか、無視するかを決断しなければなりません。』


『徐福様の遺言、それは何だ?。』


『凛凛の事です。』と妖は声の高さを変えず、冷静に姜文へ伝えたのであった。


二人がそんな話をしている中、陸信は浜辺から集落へ続く道を急いで帰っていた。


もうじき、集落が見えるというところまできて、陸信は人影に気づく。


『おう、陸信じゃねえか?今日は、外出禁止だろ、何規則破ってるんだよ。』


『子供まで連れて、親がそんなじゃ子供に示しがつかねぇじゃねえか?』と人影の主が話かけて来た。


陸信が、声の方向に目を凝らすと、ニヤニヤしながら出て来たのが飽桀ほうけつである。


『おお飽桀か?丁度、良い所であった。』


『私は、今日、徐福様と、姜文様と行動を共にしていてな、問題無いのじゃ。』


『しかし、徐福様が大けがをされて、今、姜文様と知らない女人が徐福様についておられるのだが、姜文様が取り乱されており、至急仲間達を連れて浜辺に戻るつもりじゃ。』


『お主、先に浜辺に向ってくれないか?私も、娘を女房に渡したら直ぐに行く!。』


『オオゥ、分かった。浜辺だな。』と飽桀は元気のいい声で了承する。


『有難い、頼んだぞ!』と陸信が飽桀を見送ろうと振り向いた瞬間、陸信の腹に激痛が走る。


『な、何を、するのじゃ‥お主。』


『お前の娘は俺が預かるから、悪いがお前が浜辺に行けよ・・・。』と言った飽桀の右手には漁で使われる槍の様なもりが握られており、その先端が陸信の腹に刺さっていた。


『・・・気でも狂ったか?』と言って、凛凛を落とさない様に踏ん張っていた陸信は、踏ん張りがきかなく倒れ込む。


父親と一緒に凛凛も地面に倒れ込むと思われた時、飽桀が陸信の手から凛凛を奪った。


『危ないな、それでも父親かよ。まあ、刺した俺が言う事じゃないけど・・フフッ。』


『俺はいたって冷静だよ。』という飽桀の顔には、罪悪感の一欠けらも無かったのであった。

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